喫茶店に女二人(要審議)
セカンディル某所、街角の喫茶店にて。
「ありがとうございました、輝來さん」
「ぜんぜ~ん!気にしないで!」
窓から射しこむ陽光を受け、晴れやかに笑う輝來に対して僅かに笑い返す。
何故だか二人で喫茶店の席を囲うことが決まった時点で、感謝だけは伝えようと決めていた。
「ほんとに何から何まで……」
今回のデミアルトラのクエストが成功したのは大部分が『攻征隊』の三人が関わってくれた部分が大きい。
後から聞くには輝來さんが指示を出してくれていたからこそ二人は動けたらしく、バジさんが同行してくれなければボス戦まで辿り着けていなかったことを考えると、感謝の言葉じゃ足りないほどお世話になった。
「私たちは好きなようにやっただけだけなんだけどね~。じゃあさ、お礼ってことで一個お願いしていい?」
「私に出来る事なら」
「やった~!じゃあ敬語止めて~、呼び捨てにしよ?」
「え?……それでいいんですか?」
「勿論!」
余りに簡潔で、簡単な要求にぽかんとしたまま質問を返すが、無邪気な中に策略と、心遣いの見える彼女の瞳を見つめてようやくその真意にたどり着いた。
受けた恩を、俺がずるずると引きずってしまわないように、命令と言う形で「借り」を消費させようとしているのだ。
抜かりない人だな、と自然に表情が笑みの形をかたどった。
「じゃあ……これでいい?輝來」
「うん!よろしくね、スタラ!」
唐突に、ダンジョンの中で結ばれた縁は、かくしてもう一度つながった。堅く、解けないほどに。
◇
「それ辛いヤツだよ?」
ぱくり、と俺がお菓子を口に放り込んだのを見計らって、輝來は愉快そうにそう指摘した。
「!?」
爆発的に口内に広がった刺激に思わず口を押える。何!?なんだこれ!?
辛いというか、痛い!?VRで痛み表現するのは駄目じゃなかったのかよっ……!辛みだからセーフなのか!?絶対ダメだって!
いろんな文句が脳内を駆け巡るが、それら全ては口の中で暴れまわる痛みに抑え込まれ、口を抑えつつも何とか紅茶に手を伸ばし、流し込んだ。
「何でっ……!お菓子の山に辛いのがあるのっ……」
「まぁ「お楽しみセット」って書いてあるしねぇ。何が入ってるかは乱数次第だよ」
「こんなところでゲーム要素ぉ……」
乱数なんて日常生活で気にさせるんじゃないよ……。いやここはゲーム内だから日常生活じゃないのか。
なんだなんだそれならよく、無いな。良くは無い。
そんなこんななんやかんやありつつも、輝來が頼んだお菓子の盛り合わせが無くなり始めた時の事だった。
「ところでスタラ」
「ん、なんですか?」
「敬語!」
「何?」
「よし!」
妙にタメ語に対する執着を見せた後、輝來は何もなかったかのように話し始める。
「さっきさ、私に対しての借りは無くしたわけでしょ?」
「いやまだ返しきれて」
「無くした。うん、無くしたんだよ」
食い気味に納得させに来る輝來に、流石にいじるのを止めた。
辛いやつの仕返しであったが、どうやら真面目な話っぽいので控える事とする。
「だから、これは命令じゃなくてお誘いなの。友達同士のね」
その言葉と同時に、愉快なシステム音が響く。確認してみれば、予想通り輝來からのメッセージの通知だった。
内容を読めばそれはメッセージと言うよりURLの添付であるらしい。
それをタップしてみると、L2FOの公式サイト、その一頁へとつながった。
「『第三回 月光武闘会』?」
「うん、まぁ簡単に言えば公式のPvP大会みたいな感じだね~」
第三回、と書いてある通り今まで計二回開催されているらしく、前大会のハイライトであろう動画なんかもそのページには掲載されていた。
ページや公式動画のサムネイルだけでも力が入っている事が伝わってくるし、運営としても力を入れているイベントである、っぽい。
「これに出てみないか、ってこと?」
「うん。スタラが出たら面白そうだなって」
「う~ん……そっかぁ、う~ん」
「駄目?」
「いやぁ、駄目って言うより……」
自分が放った言葉の通り駄目ではないし、輝來からのお願いを拒否する理由も特にない。
元々が俺はPvPを楽しんできたプレイヤーであるし、このゲームの対戦に触れてみるのも悪いことではない。
やってみたい、と言う気持ちも正直なところある。
けれど、俺がスタラ・シルリリアで在るということが足枷になっていた。
「目立ちすぎちゃったから、また目立つのはどうかな……」
「あー、それもそうだよね」
今の俺を燻ぶらせている理由として、デミアルトラでの一件がある。
輝來さんたちがどうにかして俺へのヘイトが集まらないようにしてくれているらしいが、そうであっても拠点の一つを開放し、多くのプレイヤーの前であんなヘイトスピーチをしたというのは一プレイヤーにしては十分目立ちすぎている。
拠点の解放が俺単体の力でないのは確かだが、それは当事者しか知らず、それを訴えたところで焼け石に水ってものだ。
「これ以上注目を集めると面倒なことになりそうっていうか」
「危機管理は大事だしね~」
そう共感する輝來の言葉には、大きな実感が籠められていた。多分面倒なことになったんだろうなぁ……。
「だからまぁ、今回は見送らせてもらおうかなと」
「うんうん、いいよ~。定期的に開催してるからやりたいときにやればいいし」
自分からの願いを却下されたというのに、表情にも声色にも一つも負の感情を匂わせない当たりつくづくいい人である。
「あと普通に質問なんだけど、これって何人ぐらい参加するの?」
「あ~、どうなんだろ。ゲーム内のお知らせから確認できたんじゃないかな」
「なるほど」
手元にウィンドウを呼び出し、ゲームのお知らせ画面に移行する。
一番上に表示された「血と月光の里!デミアルトラ!」という見出しを何とも言えない感情で眺めた後、画面をスクロールする。
えーっと、これかな?「月光武闘会参加ページ」っと……。
「え?」
「ん、どうかした?」
「……あーくっそ。そうだったな、ホントに付きまとってくるなぁこの因子……」
「ホントにどしたの?」
輝來の心配に言葉を返すような気力も無く、力なく額に手を当てながら表示された文字列を眺める。
「『星ヲ望ム者』因子効果により、「スタラ・シルリリア」様は強制参加となります」
これを視認した最初の数秒は思考が一気にフリーズしたものの、よく考えれば一つの記憶に行き当たる。
このゲームの初めの記憶、キャラクリエイト時に見た一つの表記。「一部イベントに強制参加」という効果が俺の因子、『星ヲ望ム者』にはあったことを。
「あー……輝來さん。大会、参加します」
「ほんとに!?」
ゆっくりと机に顔を叩きつけて項垂れる。いや駄目でしょ、こんな大きなイベントに強制参加は駄目でしょ……。
というか用事とかで参加できなかったらどうするつもりだったんだ運営!俺が暇なゲーマーでよかったな!!
そんなやけくそ気味な俺に対して、輝來は嬉しそうに紅茶を啜っていた。
◇
「じゃあ、ルールについて振り返るよ~」
「はーい」
ややあって、喫茶店の一室では臨時の大会説明教室が開かれていた。
大会のルールに関しては自分で確認しようと思っていたのだが、輝來さんの方から「優勝者がここに居るんだから私が説明した方が早い。何より楽しそう」という提案が飛び出し、それを有難く承諾した。
「この大会は予選と本戦でできていて、予選はタイマンの勝ち上がり、本戦はバトロワだね」
「何か逆のイメージあったんですけど予選が勝ち上がりなんですね先生」
「良い質問だね生徒ちゃん、これは大会によって変わるよ。第二回は逆だった」
「なるほど、組み分けの方法は?」
「ランダムに数十人のグループに分けられて、そこでトーナメントが勝手に決められるよ。これはほんとに乱数らしいから、祈るしかないね」
「じゃあ一回戦で先生と当たることも?」
「無くはない」
「うへぇ」
それは嫌だ。
レベルが上がってスキルが強くなった今でも、輝來さんと一対一で戦って勝てる未来が見えない。
何ならデミアルトラの時の影の魔物達と一人でやりあった方が戦績は良い気がする。
量と質だから比べるものが根本的に違うけど。
「まぁ心配しないでも大丈夫だよ。レベルや装備の差は殆ど無いように調整されるからね」
「調整?」
「参加者全員を平等にするんだよ。レベルも、ステータスも、武器の攻撃力も」
成程、競技性を高める方の調整になってるのか。
VRのFPSなんかではプレイヤー間の差が無いなんてことは珍しくなく、と言うかそっちの方が今は多いだろう。
プレイヤーの腕前だけで結果が決まる、なんて調整は珍しくない。
MMOでそれが行われているのは中々珍しいとは思うが、こんなに人口が多いゲームなら、カジュアル層が参加しやすいようにライトな調整が行われても不思議ではない。
「ステータス込みの殴り合いがしたいなら戦争すればいいからね~」
「戦争って言うのは?」
「装備とか土地とかをかけてのPvP。そこではステータスなんかは今のままで戦えるの」
「棲み分け、って感じかぁ……」
「他に質問はある?」
「いや、無いですかね」
「じゃあ細かいところの説明始めるね~」
そんなこんなで、説明会は進んでいく。月光武闘会まで、後二日。