紅を覆う叢雲 四
「……うまい」
デミアルトラ外壁近くが戦場と化し、有象無象の魔物達と一騎当千の戦士たちがぶつかり合う決戦の場所と化した地上から少し離れ、ここはデミアルトラを囲う外壁の上。
そこで、何処から取り出したのか一人で茶を啜るカウボーイの姿があった。
しかし、勘違いしないで欲しい。彼のこの行動は怠惰と言うより、諦めと思考の先に在ったのだ。まぁだらけてはいるのだが。
先ず、彼は外壁の上から戦士たちを見渡した。
スタラ・シルリリアの外見的特徴であるその銀髪は中々他のプレイヤーと被るものでは無く、上から見れば簡単に見つかるものであると彼は踏んだのだ。
しかし、そこでイレギュラーの一つ目が発生する。
見つからない。どれだけ探しても、どれだけ見回してもスタラ・シルリリアの姿が見当たらないのだ。
ちなみに今の彼が知りえることはないが、その理由にはスタラが「影纏・衣」のフードを被っていたことと、比較的身長が低いので人混みに紛れていたことが挙げられる。
その次、また連続的にイレギュラーが発生した。
プレイヤーやNPCを集めた理由を彼は勘違いしたのだ。前衛後衛の振り分けであるとか、戦術面の確認であるとか、そんな基礎的な話が最初に行われると思っていたのだ。
少なくとも、今までのクエストがそうだったように。
けれど、ここはデミアルトラ。
月光と血が支配する、簡単に言えば戦闘狂だらけの場所である。
戦術を訊いたり、待機するようなことは彼らはしない、その事実をバジトーフは知らなかった。
「ふぅ……」
そして今、彼は溜息を吐き出した。
連続的なアクシデントと自分の想定が外れることが積み重なり、彼はある行動に出た。
(そうだ、茶を飲もう)
戦線が動き出し、戦場が安定すれば幾分かスタラ・シルリリアを見つける難易度も下がるであろうと考え、彼はそう行動する。
一切茶である必要性はないのだが、心の休養と言う意味でもそれは称賛されるべき一手であった。
そんなこんなで茶を啜りながら戦況を見渡していた彼は、ふとあるものに気が付く。
「跳んでる?」
人の波と化した吸血鬼陣営のその上を、文字通り飛んで通る影が一つ在ると。
うむ、確かに跳躍系のスキルを使えばその行為自体は可能だろう。でも、この人混みの中を、少しのぶれも無く進んでいるということが彼にとっての違和感となった。
インベントリから取り出したるは双眼鏡、この魔法の世界で双眼鏡と言うのもテクノロジー的に遅いかと思われるかもしれないが、案外重要アイテムである。
「……」
後ろ姿しか視認はできない、それでも手に持った刀のような何か、そして華奢な体躯は確認できる。
その上少し経った後前線で暴れ出したのを確認し、彼は口角を引き上げた。
「随分早かったな」
もっと待機するつもりではあったモノの、予定が早まるに越したことはない。
意気揚々と茶をインベントリに戻し、外壁から降りようとした……そこで、彼は気づいた。自分の真下、そこでは人の大群が未だ前線へと走り出そうとしていることを。
「だぁー!!クソ!!」
このまま走っているプレイヤーやらNPCが無造作に戦いだせばそれこそ終わり、スタラ・シルリリアが飲み込まれてしまうだろう。
上位プレイヤーとしてその事実を一瞬で察知した彼は、先ほどまでと目的を変えて走り出した。
そこからさまざまな場所で話を聞く気のある者達に指示を飛ばし、戦線へと上がっていくバジトーフと最前線で戦い続けるスタラ・シルリリアが出会うまで、十分と少し。
◇
切り下げ、切り上げ、袈裟斬り、雨割発動、刹那発動、攻撃を逸らし、反撃を叩き込む……
「多い!」
いくら何でも数が多すぎる!
どれだけ倒してもこちらに向かってくる魔物の数は変わらないし、向かってくる魔物の質も変わらない。
まだ集中力は保っているので問題はないのだが、どれだけ倒しても終わりが見えないというのは中々メンタルに来る。
ぐっ……無限沸きで強敵が現れるだけのクエストをエンドコンテンツだとか言いやがったゲームの事が思い起こされる……。
良くないよほんと、無限沸きはほんとによくない。
「朱月!」
思考が引っ張られかけた、駄目だ!
あれは使うのを頑なに拒んでいた無限弾数のロケットランチャーを解禁してクリアしただろ!あれ使わないとクリアが限りなく不可能に近くなるの駄目だと思う。
今やったらクリアできるものなのかぁ。
人型の魔物から乱暴に放たれたキックを刀で受け止め、空いた左腕で顔面に当たる部分をぶん殴ってみる。
うん、わかってはいたけど全く喰らってないな。そりゃこの刀が異常なだけで魔力の塊みたいなモンスターだもんね。
「縮地」
人型の魔物をすれ違いざまに切り伏せ、小型の牛の突進をいなし、両断し、跳んできた蛙のようなモンスターの腹を突き上げ、ポリゴンとして爆散させる。
それでも休む暇は与えられず、次々に現れる魔物の処理に追われる。
思考に余白をつくれ、魔物の対処と別枠で考える場所をつくるんだ。
俺はあの本を読んだことで知っている、このまま戦っていたところでこのクエストが終了することはなく、リソースを削られ続けた俺達が敗北となるだろう。
じゃあどうすればいいのか?
これはあの本には載っていない。つまりは、俺が導き出さなければいけないんだ。英雄の辿り着けなかった、その答えに。
正直見当はついているんだけど。
蛙飛を発動させる度、遠くに一際影の濃い塊が視認できるからだ。
どうすればあそこまでたどり着ける?馬鹿正直にここで戦っていれば一人で負ける。
後ろからの増援を待つという手もあった……のだが、この状況では無い。《《できない》》んだ、俺は一人で最前線へと辿り着き、元凶と戦わなければいけない。
これは確定、俺達の目的を果たすための決定事項だ。
どうすればいい。俺の持ってる手札、相手が叩きつけてくる手札。考えろ考えろ、考えっ
「やばっ……!?」
油断していた訳では無かった、けれど、思考に余白を造るという無茶な行動。
斬っても斬っても尽きない敵への不安。自分がやることの重大さへの緊張、その全てが重なり、この結果を生み出したんだろう。
足をくじいた、倒れる。このままは倒れられない、手を、付いて……
バラバラの思考の端で目に映ったのは俺へと迫る攻撃。防御、回避、駄目だ、この体制からじゃどう足掻いたって間に合わない!
一発じゃHP全損まではいかないとしても、ここから攻撃を喰らって手をついて立ち上がっている時間と隙を考えれば、良くて大ダメージ、最悪死亡だろう。
大ダメージであったとしてもここじゃ回復もままならない。敵がいない後ろまで下がらなければ……でも、そうすれば目的は大きく遠のく。
あぁ、ミスった。加速していく思考が、俺を捉える攻撃を見据える。
迫る、迫る、迫る……そしてそれは唐突に
「減速」した。
「『地蛇打』」
響いた轟音と共に、周囲の魔物が吹き飛ぶ。聞き覚えのある声色は、信用に足る増援が背後からここにたどり着いたことを察するには十分であった。
落ち着いて着地し、立ち上がる。緩慢な動きで振り向いてみれば、にやりと笑みを浮かべたカウボーイがそこに立っていた。
「随分ピンチだったみたいだな?嬢ちゃん」
「生憎、初心者なもので」
「嘘つけ」
そうやって冗談を飛ばしながらも俺は刀を振り、バジトーフさんは鞭を打つ。
「目標は?」
淡々とした問いかけに、見えていないとしてもとびっきりの笑みを浮かべて返答する。
「この大群の、一番奥です」
「マジで言ってるのか?……いいや、愚問だったな」
彼は諦めたかのように呟いた後、スキルを発動して今まで横に薙いでいた鞭を地面に打ち付ける形で上から振り下ろす。
そこに立っていた魔物達は一気に爆散し、現れたのは一つの道だった。
「長からの命令だ。道は作る、だから」
「わかってます。もう、ミスはしません」
なら良い、と笑みと共に零し、顔を見ずとも笑っているとわかる声色でバジトーフは叫ぶ。
「案内してやるよ嬢ちゃん!地獄の果てまで」
そこまでされちゃあ俺も普通に返すわけには行かない、楽しむと決めたんだ。これくらいはできなきゃな?
さ、戦場でタップダンスでもしようか!
「エスコート、よろしくお願いしますね?」




