紅を覆う叢雲 三
情熱と策略が渦巻くこの広場に、どこからともなく一匹の蝙蝠が現れた。
蝙蝠と言う生物自体この里では珍しいものでは無いのだが、集まった戦士たちがその瞬間に静まったのは蝙蝠の持つ色彩にこそあった。
血液のように、深く、鮮やかな紅。
息を呑むほど異様で、美しいその色彩にある者は感激を覚え、知りえる者はこれから現れるであろう女の顔を思い描いた。
「集まり戴き有難う、誉れ高き戦士たちよ」
一匹の蝙蝠から、鈴を転がしたかのような美しい声色が響く。
それが火種となったのか周囲から同じような色の蝙蝠たちが飛び、一点に集まりだす。はじめは僅かだった羽音は、集まった者達すべての耳に届くほどの大音量と化していた。
「全員知っては居るじゃろうが……儂がこの里の長、カリア・キルミリアスじゃ」
大量の蝙蝠によって生まれた帳が降りた時、そこから一人の女が現れた。
深紅の瞳を腰まで伸ばし、同じく紅の瞳を光らせるその女。外見こそ二十台ほどに見える者の、彼女が放つ雰囲気は只ものでは無い。
「集まってもらったのは他でもない、決戦が近づいているからじゃ」
その言葉を皮切りに、あらゆる場所から咆哮が響き渡る。
一人が放った怒号は他の一人へと伝染し、波紋のように広がっていったその熱狂がピークへと至る……その瞬間、カリアが口を開いた。
「しかし」
小さく呟かれた筈のその言葉は、怒号を突き抜け全員の耳へと届いた。その瞬間、戦士たちの動きがぴたりと停止する。
「其方らの熱もわかる、しかし、しかし。其方らが背負うは儂の里の全てじゃ」
それは熱された鉄が水の中へ落とされたような、急激な静寂。
戦へ向かう、ということの重さ、背負った命の重荷をわざとカリアは戦士たちへと投げかける。その熱意は良し、けれど、其方らにはあるのかと。命を、里を背負う……
「刃はあるか」
刃とは言った者の、それが剣で在れ、盾で在れ、魔法で在れどもそれは問わない。つまりは戦う手段はあるかと長は問いかける。
戦士たちは一様に、自分たちの獲物へと視線を落とした。
「体はあるか」
戦場を駆け、魔物に抗うべき肉体はあるのかと。戦士たちからの返答はなく、けれど鍛えられた肉体であることは一目見ればわかるであろう。
「最後に」
覚悟はあるか。
その問いかけへの返答は、地を揺るがすほどの咆哮だった。
「ならば良し!!我ら血を以って血戦を制す種族!!里を守るべきと立ち上がりし勇者よ!!英雄に憧れし戦士よ!!」
火に油を注ぐようなカリアの言葉に、戦士たちの声量は加速度的に上昇していく。
「ここはデミアルトラ!!血と月光が統べる里!!ならば!!ならばこそ!!」
まるで吟遊詩人のように壮大に語るカリアは、しかして語るは過去にあらず。
今から起きる決戦を、血戦に向かう戦士たちを鼓舞するべくして謳う。
「退くことなかれ!!恐れることなかれ!!それこそ!!英雄への道である!!」
カリアが放った締めの言葉に呼応するように、鐘の音が響き渡る。それが示すは敵襲の合図、けれど今だけは開始を示すゴングと同義だ。
「武器を構えよ!!進め!!我らにはそれしか道はない!!」
◇
デミアルトラを揺らす絶叫と鐘の音の最中、俺はと言えば流石カリアさんだなぁ、と思わず苦笑を浮かべていた。
NPCだけが叫んでいるならまだしも、プレイヤー含めて叫び散らかしているんだ、他人の心理を煽る力が異常に秀でているといっても過言ではないだろう。
『儂は民を守るために後ろじゃ、前は頼んだぞ』
と俺に語ったカリアさんは、その言葉通りに演説後前へと進んでいく戦士たちに紛れて、後ろの方へと消えていく。
「……やるか」
カリアさんも、華火花さんも目的のために動き出してる。後は俺も自分のやるべき事をするだけだ。俺の行動は単純明快、「暴れる」ただそれだけだ。
注目を浴び、敵を狩り、敵将を討つ。最終的な全員の目標への布石を打つ、それが俺の目標であり、行動だ。
「蛙飛……」
両足を揃えて空中へと体躯を放ち、雪崩れ出て行く人混みの僅かな隙間に着地する。
「!?」
「何だ!?」
地面に足をつけた瞬間に周囲から叫び声が上がるが、数瞬程経てば背後へ過ぎ去って行くので実質何もなかったようなものだ。
ごめんね、文句は全部終わってから利子つけて返してくれや。
跳んで、跳ねて、跳躍している最中、人の身で空を駆ける俺を引き止めるように肩に何かが止まる。赤い何かは、よく見れば真紅の蝙蝠であることに気づく。
「あぁ」
カリアさんからの監視要員かな。ついてくるのは結構だが、振り落とされても拾ってやらないぞ。
そろそろ十秒、効果が切れる。地に足がついた瞬間、加速スキルである「縮地」を発動させ、それと同時に空へと飛び立つ。
「……あそこ、かな」
空中で落下場所を見極め、両足を伸ばしてそのときに備える。
あの時スキルの同時発動によってダメージを喰らったのはステータスの不足が大部分の要因ではあるが、着地が不十分だったのもある。
唐突な大加速に風を浴びる胴体、迫る地面。
そんな状況でまともな判断を失った俺が、完璧な着地なんてできるわけもない。
「今っ!!」
衝撃を受け止めるその一瞬、伸び切った足を一気に畳む。
足の裏に伝わった衝撃は足全体を駆け回り、全身を経て前回よりかは幾分かマシな形でHPの減少として現れる。
降り立ったのは戦場の最前線、狼と吸血鬼の入り乱れし混沌の地。
周囲の驚愕を以って現れたその黒頭巾は、不敵な笑みを浮かべた。それはまるで死神、命刈り取りし者。歪んだ異形の刀を構えるその姿は、人間のそれでは無かった。
しかし、当の本人はと言えば……
(いったーい)
いや、ゲーム的な痛みのフィードバックとして痺れに近い感触ではあるのだが、普通にダメージがいったい。
うわぁ、周りの目も痛い。白い目をしてるぜこれは。急に後ろから現れて前線に混ざろうとしてる初心者だとか思われてないかなぁ。
まぁいいや!!気にするのやめ!!楽しむって言ったろうが!!
「朱月!」
着地してきた俺に吃驚したのか硬直している蜥蜴的な魔物に朱月一発……あんまりダメージ食らった感じはないなぁ。特性的にそうなのかな?
流し読みした知識だからあれだが、この魔物たちは本来只の魔力であるらしい。それが何者かによって押し固められ、そんで色々あってこの形に……色々ってなんだよ。
「雨割!」
蜥蜴の口内から放たれる舌を、事前動作を見て放った大上段からの切り下しが向かい打つ。
体の捻りとスキルの補助を加えて放った攻撃は相手の抵抗すらも許さず、舌を切り裂く……感触のみが、手に伝わってきた。
「っぶな!」
轟、と響く風切り音と共に、頬に軽い衝撃が走る。
斬ったはずの舌は、勢いを少しも弱めることなく真っすぐに俺に向かって進んできていた。
体を捻ったことと攻撃を放ったことで少し軌道がずれたようで頬を掠るのみで済んだが、攻撃をいなしきれなかった。
そうか、ダメージを受けた事への硬直が無いなら攻撃を中断もできないのか。
「厄介……!」
リキャストの終わった縮地を発動、すれ違いざまに刀を中段で抜き放ち、隣を通り抜けた。
手のひらに帰ってきた触感は命に触れた感触。背後をちらと振り向けば、蜥蜴はポリゴンとなって爆散していた。
耐久力はあまりないようだが、妨害ができないのが厄介だ。
攻撃を中断させることもできないし、とどめを刺そうとしたときに反撃される可能性も残る。
どうしたものかと頭を悩ませている(体は戦闘しながら)と、唐突に刀の形が変化する。
それはまるで影のような、靄のような刀で、もはやそれは刀と呼ぶべきではない様に見えた。模倣の刀は、影すらも自分のものとした。
『変化 【遍倣:幻影】』
現れたウィンドウを横目に飛び掛かってきた魔物に斬りかかってみると、妙に柔らかい手応えが帰ってくる。
……あー、目には目を的な?魔力は普通の刀じゃ斬りづらいけど魔法だから切れますよーみたいな……。
じゃあ、あれだね?これによってスペックが低い代わりに怯まない魔物が、只の弱めの魔物になったと……おっけー。
「っしゃあ!!」
飛び掛かってきた鳥的な魔物を切り伏せ、声を上げる。この武器、お前らの天敵かもしれないなぁ!




