模倣を乗り越えるが本物の使命と知れ。
言葉はなく、合図は走り出す互いの足音で。背中を数多の魔法に押され、想うように体が動き出す。
手始めに上段から振り下ろされた模倣の刀を下段からの切り上げで受け止める……否、真っ直ぐ叩き斬る。
「終わらせようか」
スキルの補助すらなくあっさり模倣刀を切り裂いたのを確認し、思わず手元に視線を落とす。
使われた魔法は俺と華火花さんにバフを掛けるだけではなく、この鉄の刀を補強するモノもあった。
あくまでも耐久力の消費を著しく低下させ、ついでに切れ味が上昇するだけであるらしいが、この一瞬のためだけならば十二分といって良い!
バフの時間に余裕はなく、止まってはいられない。首を動かすことなく華火花さんと目を合わせ、その後華火花さんが俺の前を横切る。
「行って」
眼前に躍り出た華火花さんは俺の体を蝕もうとした触手たちを掠めとるように切り裂き、一気にヘイトを奪い取っていく。
リーチは俺の方が長いから核への攻撃が適任っていう判断かな、上等。
「了解!」
踏み込み発動。
いつもより大きく加速する体に対し、逆らうようにもう一歩足を踏み出す。右脚は前に進もうとしている、左足は地面を踏みしめて、その差が回転として現れる。
不格好な独楽のような回転を重心をずらして加速させ、横回転を生かして触手を両断する。
脚は止めないまま触手の攻撃を弾き、貫き、切り裂き、時に空いた左手で殴る。
律儀に剣の形になってくれたおかげで横から殴ればノーダメージだ。
核が近づき、それに呼応して俺を狙う触手の数が増える。ざっと三十くらいかな。
なんか既視感が……あ、カリアさんの時だったかな。あの時は……雲霧を使ったのか。
じゃあ部分的に再現してみるかなぁ!
「天災流」
体を屈めたことで上半身狙いの触手を躱し、そのままの勢いで飛び上がる。普通なら、ここで雲霧を発動したとて俺を狙う触手に対応できるだけだ。
けど、今の俺は《《刀を鞘に納めて》》いる。
「同時発動!」
雲霧の発動条件は屈むこと、朱月の発動条件は居合の構えをとっている事、発動条件が被っていないのだから、同時発動できたって何も不思議じゃない!
銀色の触手が下から迫る。波のようなその触手は、このままなら俺の命を飲み込んでしまうだろう。けれど
──雲に隠れる月に、地を這う腕は届かない。
雲霧の発動で白く光っていた鞘から、鮮血のように染まった刀が現れる。それはまるで、雲に隠れていた朱い月が現れたかのような。
朱い三日月は獲物を違えず、雲霧の補正と魔法の加護を受けた血の刃が、紛い物の武具に止められるはずも無かった。
鳴り響いたのは二つの音。
一つは致命的な亀裂が走り、砕け散った刀の金属音。
もう一つは、あっけなくも両断されたコテピリオルの核の、すぱっ、という音だった。
『LvUp! 【???】→【???】』
『アイテム入手! コテピリアルの組織×40
コテピリアルの組織(軟)×20
コテピリアルの模倣核×1 』
『スキルLvUp!
「剣術(技)Lv4」→「剣術(技)Lv7」
「急所狙いLv1」→「急所狙いLv5(MAX)」』
『スキル進化!
「弾きLv2」→「刹那Lv1」
「踏み込みLv2」→「縮地Lv1」
「ソードプロッド」→「ソードドリラー」』
『スキル入手!
「窮地逆巻」
「ウェポンバッシュ」
「雨割」
「蛙飛Lv1」 』
◇
「うえ……」
思わず地面にへたり込む。長時間の戦闘だったこともあるが……ステータスの差がきつかった。
けどこいつらギミック系のボスだからネタが割れれば乱獲されるんじゃない?気が乗らないからする気はないけど。
「お疲れ、スタラ」
声に反応して顔を上げれば、華火花さんと、その後ろに助太刀してくれた三人が居た。
「お疲れ様です」
「お疲れ様~!ねぇ、スタラちゃんって呼んでいい!?」
あんな動き回ってても顔色変えない華火花さんは流石……って近い!テンションが高い!この人魔法職なのにAGI高くない!?
「あっ、えっと……?」
急速に接近してきた「輝來」というらしいプレイヤーにあたふたしながら、視線を残りの三人に送る。
「あ〜、お楽しみのところ悪いが、困ってるみたいだぞ?」
「あっ、ごめんね!」
カウボーイ的な恰好の男の一声でまたまた魔法職とは思えないスピードで女性は退散していく。
「すまん、リーダーの悪い癖でな」
「いや、大丈夫ですけど……」
健全な高校生ならあの距離に女性の顔が近づいてきたなら心臓の脈動を加速させるモノかもしれないが、俺は数多の戦場を乗り越えてきた男(定義不足)……!
その上今俺は女の子アバターを操っているのだ。この程度……いやグラフィック良すぎてちょっとあれだったな。何とは明記しないけどあれだった。
「俺たちは『攻征隊』っていう集まりだ。できればよろしく頼む」
「宜しくね〜!ここにいるって事は二人もクエスト受けたってこと?」
「あ、はい」
話がややこしくなりそうだったので多分この人達と受けたクエストが違うことは伏せる。
「ん、というか吸血鬼の子かぁ!」
嬉々とした感じで目を覗き込まれた華火花さんは思わず後退り……俺の背後へ移動する。あの、盾にしようとしてません?
「……まぁ、同じ目的の為に動くのだから、今だけでも協力してくれると助かる」
「それは、良いんですけど……私達にできることってあるんですか?」
俺の周りで攻防を繰り広げる二人をなんとか無視しながら言葉を紡ぐ。
「まぁ嬢ちゃん二人程のPSなら仕事はあるさ。それに」
「ここの運営は暇な人間を作らない、で有名だからな」
「暇な人間を……?」
二人連続で同じ内容を言っているという事は、結構共通認識であるらしい。ってちょっと?何処を触ってらっしゃる?
「そう、生産職は勿論、低レベルの戦闘職だって暇にはならないというか、大忙しだ」
「特に大型のクエストはそのパターンが多い。今回のように拠点防衛となると……」
「カカコ前線拠点……」
「その話はやめてくれ。思い出したくない」
二人揃って遠い目をし始め、仲が良いんだなぁと思う感情とどんだけ過酷なクエストだったんだろうという興味が同居し始める。
「まぁそれは良いとして、だ。疑ってるわけじゃないが、そんな状況で裏切られたらたまったもんじゃない」
「そうですね」
「だから飾らず言うなら、俺たちには恩を売るという目的もあった。それは謝罪しておく」
「全然大丈夫ですよ」
プレイヤーというのは一番の不確定要素といっても過言ではないので、それを少しでも制限できるなら恩を売るのも合理的な事だろう。
本当に何するかわからないからな……協力イベントで隣に立ってた味方が味方に撃ち抜かれた時は全てを信じられなくなったよ。
「助かる。後、そこで走り回ってるリーダーはそんなことは考えてないだろうという事も言っておく」
「うん!」
Oh……快活な返事……。
「見ての通り、俺らを疑うのは仕方ないが打算的な行動をしてるんじゃないかと輝來を疑うのだけは無駄だ」
「えぇ!?」
「間違っちゃないだろリーダー、それに長所でもあるだろう?」
「そう、だから人がついてくるんだ」
「そ……そうかなぁ……?」
二人に言いくるめられる「リーダー」さんの姿を見て、疑うのは無駄という話は覚えておいて損はなさそうと思ったのは心の中にしまっておくことにした。




