道を作るのは先達の勤め故。
「刀……!?」
だけじゃない!短刀、杖、盾、西洋剣、鞭……刀と短刀は俺と華火花さんだとして、後のはなんだ?
NPCとかが先に戦闘してたのかな。
「っ……来る!」
リーチが伸びてるから対応しずらい!
弾いて逸らす、バク転で西洋剣を回避、しゃがみ込んで頭狙いの短刀を躱して……あぁそうか、もう全力なんだこのモンスター。
攻撃回数とか、プレイヤーの反撃ターンだとか、そんなの知ったこっちゃないと吐き捨てる様な連続攻撃に、思わず苦笑を浮かべた。
「朱月!」
参考にするのは蛸と言うよりゾンビとかになった!それも軽い知性があるやつ!ここまで来て負けられるかよ、全力だ……!
『踏み込み』を発動、台風の目となった邪イソに接近する。『弾き』、攻撃を一発弾いて、補正のかかった斬撃で触手を切り落とす。
そして、この距離まで近づいた獲物、それに触手が切り落とされている。ヘイト管理としては百点だな!
「雲霧!」
全部の触手!俺を見ろ!目はないか。
俺を攻撃しろ!
飛び上がった視点で四面楚歌に追い込まれた俺を利用して邪イソへ肉薄する華火花さんを確認し、窮地の苦笑から勝機の笑いに表情が思わず変化する。
雲霧で地面に集めた注目を、空へと打ち上げる。まぁ大量に触手が飛んできているが、生憎このスキルは俺の手札の中でも一番手数が多い。
さぁ、天気予報!
「今日は斬撃が降るでしょう!」
ラッキーアイテムはお前のドロップ品だ。たっぷり落としてくれ。
切り落とし、弾き、時には鎬で打撃を繰り出す。
この状況で救いがあったことと言えば、見た目とは裏腹に性能は再現されていなかったことだ。つまり武装の見た目をしていたとしても硬度は元の触手と同じくらいだし、杖があっても魔法を打ってくるわけでもない。
「っ、【属性付与:蝕闇】」
スキルが切れる、華火花さんが攻撃を開始する。行ける!そう、俺達が確信した瞬間だった。
コテピリオルは思考する。
今使えるものをすべて使っても獲物を喰らうことはできず、あまつさえ獲物に命を狙われんとすらしている。そんな事、許されるはずがない。
怒り、それに自分が捕食者であるんだという意地を乗せて、生命維持に使うリソースすら消費し攻撃に転用する。先程までが全力だとするなら、これは文字通り捨て身の形態である。
ぶにゅり、と邪イソが変形するのを視認できていたのは、自分の体が宙に浮いていたからなのだろう。
蛸、と表現したように、今までのコテピリオルには中核的な部分があった。それが、崩壊した。
中心にテニスボールほどの赤い球体を戴いた、暴れまわる触手の化け物へと、それは変貌した。
何かやばい、どうにかしなきゃ、いや、逃げなきゃ。そう叫ぶ本能よりずっとずっと早く、その刃は突き立てられた。
「はやっ……!?」
体感的には今までの二倍。風を裂いて迫ってくる触手が握っていたのは、奇しくも見慣れた片刃の武器。自分の獲物が命を刈り取ろうとしていた。
着地すら間に合わない、振り抜いてしまった刀は防御するには遠く、遅い。眼前に刃が迫る。着地できなければスキルも発動できない。
あ、死……
「【雷霆】!」
「え?」
死まっしぐらの筈だった未来は、響いた雷鳴によって引き裂かれた。
「助けに来たよ!ファーティアの子!」
「えぇ……?」
◇
あぁ、失敗した。
華火花は、迫りくる死に対してそう確信した。スタラがこいつのヘイトを一身に受けたところまではよかった。けれど、自分がもう一段階の可能性を考慮しなかったせいで失敗した。
実際のところ、極限まで追い込まれたコテピリオルが発動する自壊形態は初見殺しに近いので、彼女に非はないのだが。
(駄目……か)
諦めと後悔が思考に募る。
例えゲームで在ろうと、自分の非で誰かを悲しませてしまうというのは中々心に効く。思わず、彼女は瞳を閉じた……その時だった。
「助太刀する」
「よぉお嬢ちゃん」
「え?」
冷静で落ち着いた声と、状況に合致しないおちゃらけた声が華火花の耳朶を打って。
重い瞼を開いた先には、西洋風の鎧を着た男と、これまた状況と言うか世界観的に場違いに見えるカウボーイ姿の男が立っていた。
「『攻征隊』、参上ってやつだ」
◇
「説明は後でするから、聞いて!」
俺を庇うように立った金髪を揺らす少女が、触手を全て魔法で対処しながら悠々と話し始める。誰だろう?と言うより……使ってる魔法がこの辺の性能じゃないなぁ。
邪イソ君があしらわれてらぁ。
「これはスタラちゃんたちの戦いだから、私たちは大きく関与しない。だから、君がとどめを刺して」
「……今の私じゃ、届きません」
RPを作り直してから、提案を拒否する。
多分俺の戦いだからという理由もあるのだろうが、経験値とかアイテムとかそういうのを横取りしないようにという配慮でもあるのだろう。
けど、俺じゃ……いや、私じゃ届かないだろう。
スタータスも、スキルも、手数も、何より……
「その子、限界?」
ちらり、とこちらを覗き見た彼女の視線の先には、俺の手に握られた刀があった。そりゃそうだ、初期武器である以上に、金属に叩きつけ続けていたんだ。
耐久が持つはずもない。
「二人!こっち寄って!」
様々な属性を操りながら、全体の状況を俯瞰する彼女。……強いなこの人。視野が広いのもそうだけど手札の使い方がうまい。
ここまでの魔法の数を持ってる上で発生の速さとかまで考慮して放ってるやつだぁ……。
「へいへい」
「ちゃんと護ったぞ」
二人の男性に守られる形で遠くから華火花さんが走ってくる。西洋的な鎧はまだわかるんだけどカウボーイ風の装備とか作れるんだな。
「アマント、バジ、お願いがあるんだけど」
「わかってる。何秒だ?」
「三十……いや、二十で!」
上級者特有の短縮された会話で予定が決定され、彼女と二人が役割を交代し、二人が触手の乱打を防御する。
「見て、多分あれがコア」
彼女が指さした先には、邪イソの中心部にあるテニスボールくらいの球体があった。
「道は作るから、あれを壊して」
質問をどうぞと言った具合で笑みを浮かべる彼女に、華火花さんと目線を交わす。
その表情から読み取れたのは、俺と同じように困惑だった。質問は大量にあるが、それを吐き出すのは今じゃない。
後ろから攻撃されれば終わりではあるが……この力の差があるなら考える必要も無い。正面からやっても勝てない確信がある。
それと、これは直感でしかないのだが、この人が言っていることは真実だ。じゃあ俺がするべき質問が一つ。
「何でここまで?」
横取りをするわけにはいかない、それは恨みを買いたくないとか、そんな理論で理解できる。けど損得で動いているなら俺たちを助けずに見殺しにすれば良い。
なら、なんで?
「なーんていうのかな」
人懐っこく笑みを浮かべた後、瞳の奥に焔を宿して彼女は言う。
「私たちはこの世界を楽しんで欲しいの。誰にでも、もちろん二人にも!」
◇
トップレベルの魔法使いである輝來の持ちうる限りのバフが惜しむことなく二人に消費され、眩いエフェクトを纏った二人が言葉もなく連携して触手を対処しながら走っていく。
「三秒オーバー、二十三秒だ」
「それくらい許してよ~」
少女たちの背中を見つめながら軽口をたたく三人はと言えば、触手の五割ほどを楽々対処していた。
「……責めるつもりもない」
「素直じゃねぇなぁ」
まるで行きつけのカフェの一室で話しているかのような気楽さで、それでも手を止めることはない。
異常ともいえる光景、それを成り立たせられる実力。けれど、それはボスを倒すためには使われていなかった。
「無事に倒せるといいね~」
自分たちの目的のため、一人でもこの世界を楽しんでもらうために、彼女らは喜んで囮にもなる。
「まぁ……大丈夫だろう。装備はまだしも、どちらも光るものはある」
「PSに関しちゃ俺より上っぽいしなぁ。おじさん泣いちゃうぜ」
三人の視線が向かう先、決着の時まであと少し。




