羽化するために蛹になるように
「見ろっ!隙だらけだぞー!」
刀を鞘に納め、無防備に走り回る。
傍から見れば敵の前で走り回る変人以外の何物でもないが、一旦言い訳させてほしい。誰にかと言われればわからないが、それでも弁解させてほしいのだ。
俺が暴き出した弱点(推定)、こいつらが合体して一体になることで弱点が生まれるのではないかという推測。
それを確かめるためには、何とかしてこいつらを合体させなければならない。
こいつらは一度、俺が背後を晒し、朱月で反撃しようとした際に合体して攻撃してきた。その時、合体せずに攻撃すれば恐らく俺は生き残っていただろう。
つまり、「合体して攻撃することで相手を仕留められる状況」であること。それに加えて「近くに一体以上仲間がいる事」が条件だろう!多分!
何しろ例が一つしかないから情報があやふやすぎるのだが、それは気合で補う!
「当たってないぞ~!」
相手の間合いに踏み込んだり、バックステップで出たりを繰り返しながらひたすら挑発する。
華火花さんも少し離れたところで同じことをしてくれている。まぁ俺みたいに口で挑発してはいないんだけど。
基本的に合成獣たちを真ん中に置いて、円を描くように回って回避行動をとっていく。
合体させるには離すわけにはいかないし、だからといって何も考えずに寄せてしまうと壁に詰められて面倒なことになりそうなのでこの形態を保っている。
「朱月!」
華火花さんにヘイトが集まりすぎそうだったので横に薙ぎ払うような朱月で複数体の視線を集める。
こんな立ち回りをしてると偶に特攻してくることもあるが、複数体で突撃してくるなら円の中心点を変えるだけだし、単体なら円を横断するように動けば勝手について来てくれて元の形に強引に戻せる。
そんなこんなコテピリアルを煽り続けること数分。煽っている理由は特に無いが、強いて言うなら複数戦を唐突に仕掛けられた憂さ晴らしである。
ダンジョンボスがランダムエンカウントしてくるんじゃないよ!
「あ」
変わらず俺達二人はコテピリオル達の周りを駆けまわっていたのだが、唐突に彼らのシルエットが《《溶けた》》。
融点に達した物体が個体としての形を保っていられないような、どろりとした変形。それを経て、それらは混ざり始める。
「やっと来たぁ!」
急に見せられたら結構ショッキングな映像かもしれないけどここまで待ち望んだなら感動映画みたいなもんだよ!……どういうことだ?つまりは感情が昂るって事だろう!
「「「ギギギギギ!!」」」
響いたのは、いつしか聞いた警告音。数体の音が混じりあったそれは、不快感を持たせるには十分、最早余りある程だった。
鼓膜なんて破ってやる、という気概すら感じさせるようなそんな音が鳴り終わった、その時だった。
合体が終わり、その姿が現れた。簡潔に表すならばそれだけの事ではある。
けれど、瞳に映し出されたその姿は奇怪で。頭が、腕が、翅が、羽が瞳が。ありとあらゆる生物の部位を球体に張り付けたような……
「華火花さん、あれ何て呼びますか?」
「キメラウニ」
「邪悪なイソギンチャク」
「あー、そっちにしようか」
お気に召したみたいだぜ!やったね。
生物的に表さないならとげとげのボールの棘の部分を全部体の部位にしてメタリックでコーティングした感じなので、シルエット的にはウニに近いのだが、わしゃわしゃしてる点に於いては凄くイソギンチャクだ。
「略称は?」
「邪イソ」
「採用」
なんか華火花さんテンション高い?理由はわからないけど仲間のテンションが高いのは良いことだ。こっちもなんか楽しくなってくるからなぁ!
体の調子を確かめるように蠢いていた邪イソが、動きを停止した。いや、訂正しよう。
停止というより、全身に力を籠めて狙いを澄ますようなその体制は「溜め」と呼ぶべきだ。
「いざ参る……!」
情報を修正。人型エネミーから人外エネミーに変化。対処の参考は……メカオクトパスかな。
ここでのメカオクトパスとはFPSの夏イベントに唐突に現れたメカニカルな巨大蛸の事だ。装甲が堅い、と言うのが長所だったのだが装甲貫通を持っていたあのゲームの刀の前では無力よ……!
尚三回目の挑戦にて勝利。一回きりじゃないからモチベが低かったのもあるけど口の部分が開いて砲撃してくるのは駄目だよあれ。
一人で挑む想定じゃないのにソロしたのが悪いんだけど。
「踏み込み!」
邪イソが動き出す一拍前に踏み込みを発動。
横に向かって加速し始めた体の残像を追うように背後を無理矢理引き延ばされた腕やら足やらが突き抜けて行った。
「グロぉ……」
生物的なそれが外的な力で延長されている光景は、メタリックでコーティングされてなかったら一部の人間にはトラウマモノなのではと思わせるほどだった。
「後ろっ!」
一旦正面からの攻撃は避け、様子見をしようとしていた瞬間、後ろから華火花さんの警告が飛ぶ。
「うえっ!?」
反射的に体を屈め、前転したのだが……ちょっと当たらなかった?HP減ってない。じゃあ風圧であの威力かぁ。
「今何が!?」
「腕……というか触手が途中で歪んだ。一回避けても後ろから来るっぽい」
「りょーかいです」
腕やら足がそんな軌道をするわけないだろうと言いたかったが、腕やら足がこんなに伸びる訳がないのでそれは俺の間違いだ。
想定をどんな動きでもしてくるに変更、予想じゃなく見てから避けよう。
頭を狙って伸びてきた触手を首を傾けて躱し、右足に全体重をかけて乗れに抗うことなく沈み込んで上半身狙いの攻撃を回避する。
沈んでいく体を地面に手を付けて側転で立て直し。
帰ってくる触手をバク転だのジャンプだので回避し、帰ろうとする触手の一つに斬撃を叩き込む。硬直狙われたら面倒なのでいったん素で切り上げ。
「あれ?」
掌に帰ってきた感触は今までの鋼のような感触とは違い、妙にやわらかかった。後今までひとかけらも見せてくれなかったダメージエフェクトが控えめに噴出している。
流石に一発で両断とは行かなかったが、スキルのバフがあれば何とか行ける気がする。
「華火花さん!柔らかくなってます!」
回避行動は止めることなく手短に報告を放つ。ここまでのギミックを解いたからこうなったようで、自分の推測が外れていないであろう事に一つ安心の息を吐く。
やはりこの形態になることでやっと攻撃が通るようになるみたいだ。
肩狙い、心臓、両足首、頭。限界まで退けぞることで最初の二つは対応、そのまま前に戻る反動でハンドスプリング、空中で刀を引き抜いて頭狙いの触手にぶつける。
そこで『弾き』を発動。帰ってくる触手の二つを切り落とし、残り二つは躱す。
「余裕、すぎるな」
声に出した言葉は驕りというよりも、疑問を大量に含んでいた。余りにも脆すぎる点、あともう一つは……
「変形した、来るよ」
攻撃に使われていない触手があった点。
合体によって有り余るリソースは何処に使われるのか。何故、触手は脆くなったのか。答えはコテピリオルというモンスターの性質と、金属の性質にある。
前者、遍く全てを模倣するコテピリオルは、勿論プレイヤーだって模倣することができる。
そして後者、金属を容易く変形させるのなら、加熱して脆くすればいいのだ。
「刀……!?」
真ん中の球体から飛び出た細長い腕、それに握られていた武装は、明らかに刀の様相を呈していて。
つまりは、脆くなることで自らの体を変形させてプレイヤーの武装を模倣する。それこそコテピリオルというモンスターの、全力であった。




