トップクラン、観戦中
スタラが合成獣五体を相手に大立ち回りをしているその近く。集中しているスタラが気づかず、合成獣たちに気取られることのない壁裏に、三人の人影があった。
「すっごいなあの子……」
対人、攻略どちらに於いてもトップクラスのクラン、『攻征隊』。現在、壁裏にて観戦中である。一見シュールなこの状況であるが、輝來が上位の隠密魔法を惜しげもなく使用していることで成り立っているので案外高レベルな観戦なのである。
「あれが輝來の言うファーティアの子か?」
アマントの質問に答えたのは輝來ではなく、バジトーフだった。
「まぁ、容姿は合ってるけど……初心者って話じゃなかったか?」
「うーん、初出が掲示板だから正確かはわかんないけど、そうなはずだね」
彼女らが得た情報によれば、ファーティアに現れ、唐突に消えたお淑やかな銀髪美少女初心者であるとか……。確かに、情報通りの容姿ではある。けれど、一つだけ明らかに異なる点があった。
「あ~!!来いよノロマぁ!!!」
お淑やか、という言葉にだけ彼女らが訂正を心の中で行ったのは言うまでもない。
極限状況にまで追い込まれていた彼女を、三人は最初助けようとした。けれど、今起きている通り、理性的なのか本能的なのかよくわからない叫びを巻き散らかしながら合成獣の攻撃を捌き斬るスタラの姿を見て、彼らは救助の手を止めた。
絶対勝てないならまだしも、ここまでの動きができるなら報酬の横取りになってしまうだろうというのが表向きの手助けをしなかった理由。では裏はと言われれば……単純に、この戦いの勝敗が気になったからだった。
「危なくなったら助けよっか」
返答はなく、けれど了承してはいる事、それだけは確かだった。
◇
「あ~!来いよノロマぁ!!」
な~んか楽しくなってきたなぁ!ピンチが過ぎてテンションがおかしくなってきてる!
右!ステップで回避!左!受け流す!足払い!ジャンプ!って音波ァ!?
「あっぶな!」
ジャンプしてる時に音波出すのやめろ!それ防御できないからヤバいんだよ!空中海老反りに抵抗が無ければ俺の体はポリゴンになっていた……。
威力知らないからHPが削り切れるのかわからないけど。
踏み込みで一度離れてから状況を俯瞰する。相手は五体、こっちは一人。
攻撃はダメージになってないっぽく、落下のダメージの回復で貰ったポーションは尽きていて、残りHPは六割ちょい。
うーん……思ったより絶望だなぁこれ。
けど、只ヤバイ状況な訳では無い。個体が増えたことで、何故かあいつらの行動に隙ができた。何というか、AIレベルが下がったみたいな、知能自体のレベルが下がったような、そんな感じの隙だ。
二体の時はある程度連携的な動きを見せてきたのだが、いまのこいつらの動きは例えるならターン制、という奴だろうか。二体以上が同時に攻撃してくることはほとんどなく、連続するように攻撃してくる。
「そんなんじゃ一ダメージも貰わないよ!」
もうダメージはちょいちょい喰らってるのはご愛敬!
けれど言葉が嘘という訳でもない。攻撃には対処できているのだが……ステータスの差が凄い。STRの差がでかすぎて普通に防御するだけでちょっとHPが削れるのはちょっと良くない!
ステップで回避、刀をいったん投げ捨ててローリング、刀を回収するために走って……
「足りない!」
何がと言われれば何もかも!回避スキルと相手に攻撃が加えられる装備が欲しい。高望みだな、手札を増やすことはできない。
「朱月」
攻撃に入ろうとした一体に血の斬撃を叩き込み、一瞬怯ませる。ダメージにはならないとしても、攻撃にはある程度のリアクションを示す。
こいつらはターン制で動く、攻撃の終わりを覆うように次の攻撃を放ってくる。なら、その攻撃を止めたなら。生まれるのはほんの一瞬の余白。
その一瞬が欲しかった。
息を吐き出す。酸素ゲージのようなものがあるとしても、それとは関係なしに呼吸が必要だった。簡潔に言うなら休憩、考えるのにも休息は必要なんだ。
「……」
情報を繋ぎ合わせろ、弱点を弾き出せ。単純に硬いだけのモンスターだったら終わりだが……いいや、多分違う。
俺はまだこいつらの本来の姿を見ていない筈なんだ。
「狼、蝙蝠、蟲、吸血鬼」
攻撃の間を潜り抜け、時に対処しながら言葉を羅列させていく。示された種族名は何を表すのか?簡単だ。
「お前らが模倣しただろう奴ら……!」
爪、翼、人間としての体。こいつら、コテピリアルと言うらしいモンスターは、この洞窟内に出現するMOB、それとこの洞窟を狩場として利用する吸血鬼の特徴を持っていた。
爪の攻撃じゃ避けられることを学んだのかタックルを選択した一体を体を横に回転させて躱す。あー、もう一回来るか、ん……?二体同時?
やっば、これ体制の所為でそんなに大きく回避できな
「雲霧!」
リキャスト間に合ってよかった!こんなに真相辿り着いた風の顔して負けたら恥ずかしすぎる、別に誰も見てないけど。
真相にたどり着いた風、まだ風なんだ。相手がコピーだからなんだ?だから勝てる訳じゃない……これでHPが一定切ったら形態変化とかなら詰みだな。
「もうちょい柔らかくなってくれないかぁ!?」
落下に際して降りかかる運動エネルギーを乗せた切り下しさえガチン!という金属音と共に阻まれ、流石に泣き言が飛び出る。いやほんとにきついって。
前に二体恐らく後ろから向かってきているであろう三体。挟まれたな。手の中で刀を回転させ、逆手持ちにしながら刀を鞘に納める。正面の二体は攻撃する様子はない。なら狙いは背後!
「しゅげ……っ!?」
振り向きざまに居合を放とうとした、その瞬間。視界を覆いつくしたのは、銀色に光る爪だった。
その爪は、一本だけを見たとしても俺の体躯程の大きさで……そんなでかい爪持ってる奴なんていな……!?
正面に広がる絶望が振り下ろされるまで、後三秒と少し。
◇
時間は少し巻き戻り、銀髪の少女が前後から挟まれていた時。
「なんか合体したね!」
三体の銀色の合成獣たちが唐突に体をぶつけあったかと思えば、その肉体が唐突に溶け合った。
熱で溶けた蝋を混ぜ合わせたような、余りにも生物的ではない融合。成人二人分ほどの質量を混ぜ合わせ、大きな爪とした怪物が、それを動かし始めた。
「輝來、助けていいか?」
「リーダー、捕らえていいか?」
二人がその言葉を放ったのは同時だった。一人は攻撃から護ること、一人はモンスターの動きを止め、捕らえることの許可を求め……それは認証されなかった。
「ん~、まだだめ」
「「え?」」
もうそれは攻撃に入ろうとしている。いくら彼女のプレイヤースキルが優れていたとして、あれを喰らってしまえば革の装備など何の役にも立たないだろう。流石のリーダーだと言えどもその命令は聞けないと。
殆ど同じ思考を経て動き出した二人の動作は、突然停止した。
「助けはもう、来たみたいだしね?」
一つは、リーダーが意味深な言葉を放ったこと。
もう一つは、遠方からナイフが投擲され、それがほんの一瞬巨大な爪の化け物の動きを止めた事だった。