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巻き起こせ波乱と旋風

 ある動画サイトにて。


 獣森戦争での一件を知っている者達にとっては懐かしさすら感じる騒動が、電子の海を駆けまわっていた。


 即ち、スタラ・シルリリアの配信が開始されたのである。


 実のところ、スタラという名前は彼女かれが思っている以上の影響力と効力を持ち合わせている。


 何故かと聞かれれば、彼女の姿を映像から抜き出した「切り抜き」が大バズリしたことによって、L2FOプレイヤーに留まらない人間に認知されたからだ。


 外国からの支持も厚いようである。


「なんか面白そうなことしてるじゃん」


 それに加え、きゅうべが面白半分で拡散したのも多くの人の目に留まった要因となる。


 そんなこんな。


 要因が絡み、重なりあうことで人々はそのサムネイルをクリックした。


 今は一桁の登録者数、初期アイコンの、そのアカウントから発信される波乱と旋風に、手を伸ばしたのだ。



 ◆



「ま~、肩ひじ張った挨拶とかできないし。あんまり人も来ないだろうから、軽く自己紹介と内容説明だけで済ますね」


 彼女の目線よりも軽く下に配置されたカメラに向かって、覗き込むように話始める。


 未だコメントは流れていないが、スタラはそれを覚悟していたので別に思うところはない。


 さらりとした銀髪を揺らし、その細やかな肌で彩られる指先ごと手を振る。


「どうも、スタラ・シルリリア。これでいっか。今日はファーティアから最新の場所までステージ突っ切ろうと思ってるからよろしく」


 きゅうべ、秋波と特筆して人慣れした人間と関わり、その技術を盗んだことでその微笑みはいつにもまして人の心を奪うものになっていた。


 青空のような空色の瞳が、優しく歪んだ。


コメント:あれ、スタラちゃんはセカウンタまでは行ってるんじゃ?


「お、良い質問だね」


 初めて来たコメントが挨拶でもなく自分をある程度知っているだろう人間の質問だったことに吃驚しながらも、軽く笑いつつ応える。


「肩慣らししたいって気持ちと、最初からの方が見栄えが良い、ってので半々かな」


 それに加え、手に入れたトロフィーを飾っておくようなゲーマー心として、すべてクリアしたという称号は持っておきたい。


 配信を点けたのはこの記録を証拠として残しておきたいという気持ちも多少あったからだ。


「ま、ここでダラダラ喋っててもしょうがないし、行こっか」


 ぐる、とカメラを周囲に向けると、そこはファーティアの前方に広がっている草原だった。


 このゲームを一度でもプレイしていれば見覚えがあるそこに、思わず視聴者は溜息を吐く。

 本気で、彼女は最新ステージまで突っ切るつもりなのだ。


コメント:何時間かかるんだこれ

コメント:スタラ可愛いよスタラ

コメント:真っすぐ走っても六個ぐらい街無かった?

コメント:確かパーティ組んで全速でも十数時間掛かるって聞いたんだけど……

コメント:今日はオールかぁ


 スタラが与り知らぬところで話題になり、少しずつ増え始めた傍観者たちがざわめきだす。


 単純に広大で謎解きも含まれるフィールドや一癖も二癖もあるボスも含めて、馬鹿にならない時間がかかるのはプレイヤー達の共通認識だ。


 その上、スタラはセカウンタが最高到達点と来た。

 これは数日かかるやつか……と、全員が思ってるいる中。


 スタラは、ゆっくりと言い放った。


「三時間あれば行けるかな」


コメント:「「「「「「は????」」」」」」


 刀を抜き放つ彼女に一斉に困惑が巻き起こり。

 困惑が、数秒後に驚愕に塗り替わった。



 ◆



コメント:どうなってんのこれ

コメント:どうなってるんだろうね……


 このやり取りが、スタラの配信を要約しているといっても過言ではないだろう。


 現在、マグマの滾る火山ステージを攻略中のスタラは、真っ赤な景色に純白のドレスで白い軌跡を残していく。


 白鳥が空を飛ぶように。真っ赤な空が、彼女の動きで裂けていく。


「海天一歩」


 海も空も駆け抜ける一歩で天空を駆け抜けたかと思えば。


「天災流『独雷』」


 黄金の雷鳴が、伝播して敵を焼き焦がす。


「天災流『朱月』」


 朱い三日月が、遠距離から相手を両断する。


「っし、次」


 一つも歩みを止めることなく、スタラはステージを進み続けた。


 時々次に進むために謎解きを課せられても、まるで()()()()()()かのように難なく飛び越えていくのだ。


 実際のところ多少シリカの手助けが入っているとはいえ、大体は空の独力で解いている。


 すこぶる、好調。

 しがらみも迷いも切り捨てたスタラは、以前のどの瞬間よりも冴えていた。


コメント:流石にこのボスは……

コメント:こいつ嫌いなんだよな。何で甲羅にスリップダメージついてんだよ

コメント:何でこいつ飛び道具もってんの??


 スタラが駆け抜け、たどり着いたのは円形の大地だった。


 ごつごつとした岩肌で出来ていて、その形から見ようによっては円形闘技場コロシアムのようでもある。


 周囲は沸き立つマグマで囲まれていて、スタラが歩いてきた一本の道以外に退路はない。


「いかにもだな」


 ボス戦と言われなくとも、ゲーマーなら察する。

 異様に広く、遮蔽も少ない。絶対に、戦闘が待ち構えている。


 そんな予感に返答するかのように。ぽこ、ぽこと。

 溶岩が波打つ。橙色の液体の中から、それは現れた。


 最初に目につくのは、背中に装着された甲羅だ。カメのものとはまた違う、体の形に添うような湾曲した装甲。そして、両手から伸びた長い爪。


 二足で歩く姿は、アルマジロのそれに酷似していた。


『Barrier Boss! マグマジロ』

「ふっ……」


 思わずスタラが小さく噴き出す。

 制作陣がふざけたとしか考えられないネーミングが、ものものしいその雰囲気とちぐはぐすぎたからだろう。


「まぁ、いいや。やろう」

「LOWWWWWWWWWWWW」


 アルマジロが、全身を丸める。


 作りだされるは天然の車輪。装甲をタイヤ替わりとして、全身をベアリングの代替品として、それは発進した。


 地面を転がり、一気に接近するアルマジロ。

 甲殻はマグマを纏っているため、喰らえばひとたまりもないだろう。


「なら」


 それ以外を狙えばいい。


「ふっ!」


 アルマジロが転がりだした軌道上に、蹴りを置いておく。


 唐突の奇行に相手は止まることもできず、衝突。かくして吹き飛んだのはスタラ──ではなく、アルマジロの方であった。


コメント:……中身だけ蹴った?


 先程までとは異なり、外側から加えられた衝撃で転がっていくアルマジロを睥睨しつつ、スタラは蹴りぬいた姿勢のまま残心する。


 アルマジロの甲殻を避け、高速回転するそれの中身だけを蹴り飛ばす。


 言葉は単純でも、求められるのは類まれなる動体視力と頭一つ抜けたVRへの適性だ。スタラ以外でできる人間は、中々限られているといっても過言ではない。


 起き上がったアルマジロが畏怖の視線でスタラを見る。


 だがしかし、腐っても魔物、敵キャラクターだ。怯える脳《AI》を押し殺し、もう一度スタラに接近する。


 次は先程までの反省を生かして、転がることなくその二本の脚で接近する。


「LOWW!!!」


 振り上げられたのは、金属のように研ぎ澄まされた爪。


 溶岩の高熱と高圧の中で鍛錬されたそれは、並大抵の強度ではない……が。


「LOW!?!?」


 キン、と甲高い音を鳴らし、弾かれる。

 負けじと連撃を繰り出しても、その度煌めく黒い斬撃が、攻撃の悉くを弾き返した。


 埒が明かない。


 そう感じたアルマジロは、最終手段に出る。体内に含まれる、小さな岩たち。


 それを体内の高熱で溶かして、散弾銃のように放つ必殺の飛び道具だ。それは防御のしづらさに加えて、喰らってしまえば燃焼によるスリップダメージもついてきてしまう。


 勝ち誇ったように、それは嘶く。


「LOWWW!!!」


「成程」


 帰ってきたのは、冷たい納得だった。


 極限の集中。

 引き延ばされた時間の中で、彼女は神刀を振るう。


 溶かされ、液体のようになった岩石を、切り落としていく。


 カメラには斬撃の残像すら残らない。視聴者が感じ取れたのは、あの至近距離で、あの攻撃を防ぎ切ったという事だけだ。


 即ち、散弾銃すら切り落とせる。

 そう、証明して見せた。


「……」


 最早アルマジロは口を開き、何も言えなくなってしまった。


 AIの凶暴性を越えて、恐怖が襲い掛かってきたのだ。その隙に、漆黒の刃物が滑る。腹部に、致命的なダメージを叩き込んだ。


 二発。

 スキルも使わないたったそれだけで、アルマジロはポリゴンとなり、破砕した。


コメント:どうなってんの、これ


 ただ、それしか言葉が見つからず。

 なんの障害にも出会わないままに、スタラはL2FOの世界を蹂躙した。




 ◆



「は〜〜、結構疲れたかも」


コメント:そうは見えないが??

コメント:楽勝にしか見えなかった

コメント:だらけてるのも可愛い


 だらん、とベットの上で寝転がりつつ、スタラが口を開く。それに対して爆速で動き続けるコメント欄が疑問を呈したりしなかったりしていた。


「ふふ、結構楽しかった。長距離走になるかと思ったけど、さすが神ゲーだね」


 満足そうに微笑み、カメラの方に向き直る。


「みんなもありがと。この配信のこともそうだけど、今まで私を好きでいてくれたことも」


 少しだけ妖艶に。

 それ以上の感謝を込めて、空色の瞳を細める。


「お疲れ様。配信終わるね」

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