つよくてニューゲーム
墓参りから、二日。
最初に襲ったのはふわりとした浮遊感。それが過ぎれば、意識が電脳の体に馴染んでいく。
「ひっさしぶりだな」
数回瞬きし、手を握って開いて、体の調子を確かめていく。スタラの体は、全く現実のスタラと変わらず、すこぶるよく動く。
これなら調子が落ちていることもないだろう。
「おはようございます空……スタラ」
「人前では気をつけてね?」
現実の名前をふと舌に乗せたシリカを咎めつつ、立ち上がる。周囲は木で出来た、質素な一室だった。
いかにも序盤といった様子に、記憶が蘇ってくる。
「ファーティアでやめたのか」
転職イベントをするためにこの始まりの街に足を運び、そこから他の街に行くのも面倒でこの宿屋に駆け込んだ覚えがある。
ぐ、と一つ伸び。
「なんか久しぶりに喋るね」
「二人とも忙しかったですから」
俺は言わずもがなとして、シリカの方でも色々とあったらしい。よく彼女が口にしていた「協力者」と喧嘩をしてきた、らしい。
『彼なりに反省はしていたが、それはそれとして私的に罰は与える』、とのことだ。
結構怒ってるよね?
そんなこんなで俺たちはひと段落つき、L2FOへと戻ってきていた。学校はあの騒ぎで少し休み。
「私としては、もう少し休む物かと思っていたのですけどね」
シリカが不安そうに眉を下げたような気がした。
心が大きく変動したことで、ゲームを一旦長く休止するという選択肢も無い訳では無かった。けれど、それよりも優先したいことも、多く在った。
「理由は三つぐらいですかね」
「三つ」
軽く柔軟を続けながら、話始める。
「一つは、知らないことがまだまだあるなって感じた事」
「このゲームにですか?」
「にも、かな」
現実にも、このゲームにもわからないことはたくさんある。
女体化の理由や、何故このゲームが創られたのかと言ったものに関しては糸口が見えた。
けれど、まだまだばらまかれたままの謎は残っている。根本から考えて、どうして魔物が現実に現れたのかすらわかっていないのだ。
「なら現実で探った方が早いのでは?」
「それも一理あるけど、遠すぎる」
砂漠の中から宝石を探すというたとえ話があるが、この場合宝石と泥と砂の中から一つの粒を探すような物だ。
現実には、雑多に情報が転がりすぎている。
「まだ確証があるL2FOを進めた方がまし、と」
「そんなところかな」
「まあ心当たりもありますし、賢明ですね」
それに比べてここは、確実に手掛かりが眠っている。
その方が、モチベも続くというものだ。
「そろそろいいかな」
柔軟を終え、体の動きと精神の挙動を一致させたところで、宿屋の扉に手を掛ける。
「続きは移動しながらで」
◆
柔らかな風が頬を撫でる。
遠くの青空に儚い雲が添えられていて、穏やかな日差しがしんしんと街並みを照らしていた。
石畳で舗装された道の上では大量の人だかりができており、その殆どをひよっこ感あふれるプレイヤー達が占めていた。
「うーん、なんか感慨深いな」
いつかの俺もあんな風にきょろきょろと周囲を見回していたなぁとしみじみ思いつつ、吐息してみる。
(すごい目立ってますね)
(今のうちに当事者側も慣れといた方が良いよ)
周囲から当てられる様々な感情の視線を、するりと躱しながら進んでいく。舞台の上に居るのも慣れたものだ。少し冷汗が垂れてはいるが。
「何あの装備!?」
「うわ、かっけえ武器……」
「かわ、可愛すぎない!?何あれ!?」
「……スタラ、って。あの?」
思い思いの言葉が、ざわざわと沸き立ち始める。
仕方ないなぁ、と思いつつ、折角なのでファンサでもしておくこととした。
「どうも~」
ゆらゆらと手を振りつつ、笑顔を見せる。
魔物狩りをする中で秋波に仕込まれた、出来るだけ人当たりがよく見える笑顔である。それを美少女の顔でやたらめったらに振り回し、噂していたプレイヤーを黙らせていく。
(強かになりましたねぇ。最初はあんな逃げ回ってたのに)
(あれだけは忘れてほしい)
他の記憶は楽しかったで一蹴できるが、ファーティアのことだけは別だ。
何もわからないままに超絶追い掛け回されて……うん、思い出すのはやめておこう。気が重くなりそうだ。
人混みの間を跳ねるように、するりと通り抜けていく。
(それで、二つ目は)
(そういえば。二つ目は単純に、まともにこのゲームやってなかったなって思って)
イベント、イベントと連続して流されるようにクエストを終わらせて、対人戦をして。
そんな日々も悪くなかったし、楽しみ方の一つだろう。けれど、ちょっと慌ただしすぎた。
「普通のL2FO」と向き合ったことが、無かったのだ。
(だから最初から攻略しなおそうかなと。殆ど長距離走になるだろうけど)
(ステータスが見合ってなさすぎますからね)
いつの間にか視界が開け、ファーティア入り口にある門を潜り抜ける。
世界が開けるかのように目の前に現れた草原に、足を踏み入れる。
ゴブリンやらスライムやらが飛び交う戦場の端に座り込み、ウィンドウを開いて操作した。このボタンからアカウントと紐づけるのか?うーん……
「何してるんですか?」
ここなら喋っても良いと思ったのか、シリカが声を出して話しかけてくる。
「三つ目の理由、かな」
アカウントの諸情報を記入し、動画投稿サイトとL2FOの情報を同期させる。
「配信、ですか」
「別に得意なわけじゃないけど、ちゃんと応えないと」
三つ目の理由。
輝來、華火花、秋波と三人の友人たちに秘密を共有し、親父に感謝を伝えた。
なら、次に変わった俺を伝えなければいけないのは「俺を好きになってくれた人たち」だ。
「新しいアカウントでやって果たして届くのかは知らないけど……」
L2FOを初めて、スタラになって。
好意を伝えてくれる人間は居ても、それを受け止める事も返すこともしてこなかった。だから、そろそろ向き合う時だ。
人から向けられた感情と、ファンに渡すべき言葉たちに。
「ま、やってみるか」
小心者の心が多少震えるのを感じながらも、俺は配信開始のボタンに指を伸ばした。