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現実世界に挑む

「ふぅっ!」


 息を吐く。

 枯れた二酸化炭素と共に、四肢に残った疲弊を抜き出していく。


(多いな)


 相対するのは、数十体にも上る魔物。

 それも、今まで相手してきたような木っ端ではなく、一体一体が数十人をも殺し得るであろう強敵。


 一挙手一投足が致命傷になりかねないような化け物たちだ。


 そして俺は、たった一人でそれに立ち向かっていた。

 宵乃星として。スタラ・シルリリアとして。


「懐かしい、な!」


 迫りくる拳を避け、返す刃で首を断つ。


 思い出すのは、少し昔の事。

 L2FOを始める前にしていたゲームの話だ。


 銃弾が飛び交う鉄臭い戦場の中で、何故か刀を持って走り回るのが俺だった。ゲームのシステムと噛み合っていない以上苦労して、いつも窮地に陥っていた。


 あの時の空気に、この戦場は少し似ている。


 意味の解らないプレイスタイルだったと今なら感じるが、あの時は必死だったのだ。


 失った父の面影を追いかけて、あこがれて。

 強くなろうとした、強くありたいと願った。


 その結果、今こうして人を守るために戦えてるんだから現実というのはわからないものである。


「空絶」


 摺り足の発展形のスキルを脚に纏わせ、すれ違いざまに数体の魔物を切り伏せる。


「「「GYAYGYAGAGY!!」」」


 背後から現れた魔物を振り返ることなく後ろ蹴りで吹き飛ばし、転んだそれの頸動脈を切り飛ばす。


 噴き出した血で視界が塞がれるが、拭うことは諦めた。そんなことをしている暇はないし


 視界に頼っているわけでもない。


「ふぅっ!」


 瞼を閉じる。


 真っ暗な世界の中で、全てが手中にあった。

 魔物の息遣いが、足音が、気配が、教えてくれる。どう動けば良いのか、どう斬れば良いのか。


「竜巻」


 刀が風を纏う。

 身体ごと一回転しながら薙いだ斬撃が、周囲の魔物を掃討した。


「次」


 勢いそのまま、一歩踏み出す。

 竜巻の残り香、台風の残風。それを、次の一撃と成した。


天災あまのわざわい流──」


 バリ、と。


 空気が裂けるような、鋭い音が響く。竜巻によって起きた雨雲が、その天災を引き起こす。それは孤独な、灰色の雷。


「独雷」


 雷鳴が轟いた。


 元は単体に高火力を叩き込む技だったそれは、獣森戦争を乗り越えたことによって性質を変えた。高火力を、感電によって広範囲に叩き込む理不尽へと。


 魔物が電気によって震え、悶え、倒れる。

 死体の山の中で、目を開く。


「ッ……」


 死屍累々に、思わず喉を詰まらせた。


 それは罪悪感とか後ろめたさからくるものではなく、「自分への戦慄」だった。


 瞑目したまま、この惨状を刀一本で生み出せる自分と、スタラ・シルリリアという偶像に込められた力に恐怖した。


 俺は、まだ人間なのか?

 そんな問いが、静かに全身を冷やしていく。


「OOOOOOOOOOOO!!!!!!!」


「ッハ、だよな、どっちでもいいよな」


 魔物の叫び声。

 それが聞こえた瞬間に、思わず笑ってしまった。だって、自分を震え上がらせていた、心底恐ろしいものであるはずのその質問が、とてもちっぽけなものに見えたから。


 人間でも、化け物でもいい。武器があって、四肢があって、相手が居て。

 そうであるならば、俺は侍だ。


「ふっ!」


 地面を蹴る。

 そして、魔物の眼前に躍り出る。


「人海戦術は終わりか?」


 さっきまで無尽蔵にあふれていた魔物達は鳴りを潜め、その代わりに一つの巨体が姿を表した。


 二本の脚。

 一対の翼。


 伸びた牙。黄色い瞳孔。赤黒い鱗が、その全身を覆いつくしている。その魔物は呼吸をするように、口腔から僅かに炎を吐き出した。


 その姿を、俺は何度見てきたのだろう。

 いくつものゲームで、幾つもの伝承で、何度も何度も見て、打倒してきたその姿。


「よぉ、ドラゴン。現実の空は狭そうだな」


 刀を構える。


 ドラゴンが放つ威圧は生半可なものではなく、冗談を言いながらも静かに汗が垂れるのを感じた。


 誰が、何が魔物を仕掛けているのかはわからないが、その悪意は確かに俺を殺そうとしているのだと確信した。


「来い」


「OOOOOOOOO」


 なら、徹底的にそれを打ち砕いてやる。


「海天一歩」


 海も天も一歩で乗り越え、ドラゴンの懐に肉薄する。


 腹の下から見るその姿は、巨大だった。

 何処から、どう切ればいいのかもわからない程に強大だった。その膨大の下で、俺は刀を鞘に納める。


「朱月」


 抜き放った刀が、朱く染まる。そして、その軌跡が飛んだ。

 俺の血液を纏い飛んだ斬撃が、ドラゴンの鱗をえぐり取る。


「OOOOO!?!?」


「効くのか」


 血が出る。

 殺せる。


 その確証を胸に、ドラゴンの体を支えている脚に向けて駆けだした。


 巨木のようにも見えるその後ろ脚も、どうしても壊せない未知の物質ではない。生物の、部分の一つでしかない!


帝轍薙ていてつなぎ!」


 強靭な斬撃が瞬く。

 ドン、と大気が削れる音が響き、足の一本、その大半を破壊する。


「OOOOO!!!」


「どこ行くんだ?」


 耐えかねる、と言った様子でドラゴンが飛び立つ。


 そこに一発朱月を打ち込むが、特に気にした様子も無い。ばた、ばたと必死に、空を泳いでいく。


 ならば、と両足に力を込めて、スキルを発動しようとした、その瞬間だった。


「……?」


 あまりにも必死に、一方の方向に向かって飛んでいくドラゴンの姿に疑問を抱く。


 逃げ惑っている、という様子ではない。まるで、何か目的があるかのような。


 嫌な予感。

 何か、忘れている気がする。


 飛び立とうと屈んだ状態で、ふと動作が停止する。何だ?何が引っかかってる?


 突き抜けるように頭を通ったのは、先程の記憶。



 ◆



「星、ちゃん?」


「大丈夫だった、秋波」


「大丈夫に見える?」


「見えない、ごめん」


 星は魔物に襲われて倒れ込んだ秋波を助け、彼女の手を取る。そのほっそりとした指先はまだ恐怖に震えていたが、表情は暖かい安堵に包まれていた。


「冗談冗談……来てたんだね。星ちゃんも」


「まぁ、ね」


 周囲をキョロキョロ見回しながら言う星に、秋波はその意図を察する。

 全員助ける。この少女はそう言いたいらしい。


「避難誘導ならできるよ」


「!……ありがとう!」


 ぱっ、と明るく笑みを浮かべた銀髪の少女に、思わず秋波も微笑んでしまう。


 今から死地に赴くというのに、その所作の一つ一つが可愛くて、こんなけなげな友達に全てを託さないといけない自分が情けなく感じた。


 それでも、星に心配を掛けないために気丈な表情を固め、秋波は立ち上がる。


「あっちの方に皆を集めるね」


「うん、無茶はしないでね」


「星ちゃんも、でしょ?」



 ◆



「……糞が!」


 ばらまかれた点が、一つの線となる。


 ドラゴンが飛んでいこうとしている方向、それは、秋波が避難を進め、大勢を集めている場所に向いている。


 そして、これまで地を歩くモンスターしか出てこなかったというのに飛竜が現れた理由も、俺を飛び越えてそこに向かおうとしているからに他ならない。


「行かせ、ない!竜昇!」


 両足にスキルを籠め、空に飛び立つ。


 空気を切り裂いて、一瞬でドラゴンと同じ目線の高さまで飛ぶ。堕とす。斬り、堕とす!!


 様々なスキルを纏い、体も、刀身も眩く輝く。

 この一発でこいつを!!


 大上段に振り上げた刀が、振り落とされる。

 その真下にはドラゴンが……


「OO」


「え」


 いない。


 今の今まで見せてこなかった高機動で揺らぐように斬撃を避けた。ドラゴンが小さく零した鳴き声が、嘲わらっているようだった。


「ま、て」


 スタラ・シルリリアは、飛べない。

 飛翔しているように見えても、それは跳躍だ。


 翼亡き鳥は、空には届かず。


 ゆっくり地面へと落下しながら、ぱくぱくと口を動かす。


 声が出なかった。何も、考えられない。

 真っ白な思考の真ん中に、炎を放とうと口を大きく開いたドラゴンの姿だけがあった。


 嫌だ。


 みんなが燃える。

 何も守れずに、全部が燃える。


 親父を失った、あの日と同じように。


輝來も、華火花も、秋波も。俺の所為で、俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で


 ただ、地面に落ちて行く。

 空は遠く。







 けれど


「【雷霆】」

「【血朱槌】」


 逆転の目は──

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