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零、幕は上がる。

 学校祭、当日。


 生徒、部外者問わずに入り乱れる校門を通れば、そこからは全くの別世界だ。学校を元とした空間に、半透明のエフェクトが飛び交っている。


「AR、いや、MRか」


 拡張現実、現実を広げるのがARなのに対して。複合現実、空想と現実を重ね合わせるのがMRだ。


 そこかしこによくわからないマスコットキャラクターが居たりと3Dモデルを投影している辺り、この技術はMRに当たるのだろう。


(すごいですね)


(お金かかってますからね)


 ホログラム系を専門としている企業の全面協力によって成り立っているらしいこの景色は、世界レベルの規模でしか見られないような技術の最先端だった。


 それだけ、このイベントに期待しているという事なのだろうか。


「……いや、杞憂だろ」


 それとは違う、突飛で憂鬱な考えを振り払って教室へと歩みを進める。


 「MRがあるなら魔物が出ても気づかれない」なんてのは、ありえないだろう。俺と、秋波しかしらない筈なんだから。



 ◇



「冷峰さん!?」


「あはは……」


 教室に入ると、外とはまた違った緊張感が漂っていた。その中心にいるのは、不登校の少女「冷峰秋波」だった。


(来たんだ)


 嬉しい、と思っている自分に驚いた。

 どれだけ冷酷に、利用していると思い込もうとしても。やっぱり、友人なんだと思っていた。


「やっぱりおっきいイベントだから!?」


「いやぁ、なんて言うんだろうね?」


 恰好が制服のこともあってか、いつもより柔らかな雰囲気を纏う秋波が、注目されすぎたのか困ったように笑った。


「会いたい人が、来てくれるんじゃないかなって」


「え!!??好きな人!!??」


「違う違う!!友達だよ!!」


「この学校の人?」


「ううん、違うんだけど……」


「そっかぁ。これくらい大きなイベントなら来てくれるかもだしねぇ」


「……うん!」


 俺の事言っている気もするが……ここじゃ因子共鳴するつもりもないし、申し訳ないがこんどまたお土産話として持ってきてもらうことにしよう。


「お前ら席もどれ〜、そろそろ始めるぞ」


「こんな日なのに~?」


「こんな日だからだ。ふざけてちゃあ、あの人数は捌けないぞ」


「「「は~い」」」


 学校祭に至るまでいろいろあったとはいえ、わくわくしてしまっている自分が居るのは、本当の事だったようだ。


 高鳴る心臓の音は、狂騒へと続くカウントダウンである。



 ◇



「お集りの皆様方!実行委員長の……」


 MR設備には、拡声機能も取り付けられている。

 後者の至る所には実行委員長の姿が映し出され、声が響く。


「すっげぇな」


「お前も出してもらうか?」


「一発ギャグしてくるわ」


「吹雪のエフェクトってあんのかな……」


「おい」


 友人とだべりながら、バックヤードで休んでいる。


 装飾係は基本的に前日までに仕事が終わる為、当日は暇だ。そのため、基本的には屋台とかの手伝いに回ることになる。といっても、雑用がほとんどだが。


「焼鳥焼いて~!」


「「りょ~」」


 置いてあった串を手に取り、焼いていく。


 どれだけ最先端な技術が使われているといっても、屋台を運営するのは結局は生徒──大きなブースとかは企業の枠だが──なので、アナログな手法に落ち着くのだ。


 ロボットが勝手に焼き鳥を焼いてくれるような設備は導入されていない。


「あっついな」


「涼しくなったはずなんだけどなぁ……」


 火を使っているというのと、目の前に野郎の顔が在ることで余計蒸し暑く感じる。


「おい空、何か失礼な事考えたな?」


「なんのことやら。はよ手動かせ手」


「やってるわ」


 気を紛らわせるために旨そうな音を出しながら灼けていく焼き鳥を見る。

 これはこれで駄目だな。腹減ってくるわ。


「せめて女子が居ればいいんだけどなぁ……一人ぐらいよべねぇのかよ、空」


「引きこもりニートにそんな人脈があると?」


 女子と話す機会自体があんま無いんだよ。強いて言うなら……


「呼んだ?」


「……まぁ、広義の意味で言うなら呼びましたね」


 気軽に話すことができる女子何て三花か、今何故か後ろから出てきた輝來ぐらいのものだ。


「ここ、二年の屋台ですよ?」


「ん~?暇だったから三花と宵乃君の様子見に来よっかな~って。三花は?」


「あそこです。接客してるんじゃないですか?」


「じゃ、ちょっとぐらい買っていってあげよっかな~。宵乃君も頑張ってね~」


「はーい」


 走り去っていく輝來の後姿を見送った後、姿勢を元に戻す。対面には、憤怒に顔を染めた同級生が居た。


「何だよ。般若の物まね?」


「……お前、あの子誰だよ」


「三年の転校生」


「……お前とは、友達だと思ってる」


「ああ」


「だから、一発で許してやるよ」


 強く握りしめた拳には、怒りが籠っていた。つまり、彼女いない歴が人生と直結するせいでねじ曲がった女性観が、俺に向けられようとしていたのだ。


「待て、俺達には言葉というものがあるだろう?」


「獣に掛ける言葉はないさ。何だあの美少女!!」


「俺に言われてもぉっ!?」


 確かに容姿いいかもしれないけど全くそう言う関係ではない!!


「お前ら働け!!」


「「すいませんっした!!」」


 隣でもくもくと作業していた女子からのお叱りを受け、俺たちは作業に戻った。ねぇ、これ俺悪いかなぁ??



 ◆



「焼鳥一つで」


「はい、400……星羅、来たんだ」


 ぼーっと接客をしていた三花が、前に立つ星羅の姿を見て柔らかな表情を見せる。


「暇になったからね~!」


「……ちょっと待ってて、もう少しで変わってもらえるから。一緒に回ろ」


「おっけ~!」


 お金を受け取り、三花から焼き鳥を受け取る。

 そして、立ち去ろうとした。その、刹那。


 隣に立っていた女性に、目を惹かれた。


 さっきまでこの列に並んでいた筈なのに、今この瞬間まで気づけなかった。でも、見落とすはずがない。この綺麗な銀髪を、星羅が忘れるはずがない。


「輝來、華火花」


「「っ!?」」


 ここでは聞くはずのない、その名前を。彼女は口にした。


 身構える二人に対して、緩慢な動きで彼女は振り返る。人形みたいな人だ、と星羅は感じた。


 西洋風の美しい顔立ちに、青空のような水色の瞳。どことなく、スタラに似ている。


「この校舎の三階で待っています。どうか、スタラを」


「スタラ?」


 彼女から飛び出た予想外の言葉に、思わず星羅は首を傾げる。


「助けてください」


「どういう……消えた?」


 最早伝えきったという事なのか、彼女の姿は最早そこにはなかった。

 左右を見渡しても、その姿は何処にもなかった。


「星羅」


「何かわかった?」


「多分ホログラム、だった。実体っぽくない」


「そっか、MR……」


 何も言わなかったかと思えば、その点を探っていたのか。何というか、彼女が味方に居てよかったと思う。その洞察力は、非常に敵に回したくない。


「ホログラムで、私たちの事を知ってる……」


「すぐに変わってもらえるように頼んでみる。星羅は、このMRを作ってるのがどの企業なのか調べてほしい」


「わかった」


 一番怪しいのはやはり、このホログラムというもの自体だ。


 L2FOの開発と何か関りがあるなら私たちの名前を知ってても不思議ではない。それでもリアルで呼ぶか?という疑問は未だ残りはするが。


 星羅は小脇に焼き鳥を抱えながら、ベンチへと移動する。


(スタラも、ここに居るのかな)



 ◆



「役者は揃いました」


 三階、その空き教室で。椅子に腰かけたシリカがひとりごつ。


「賽は投げられた。ここからどう転がるのかは、もう私にもわからない」


 できることはした。手は打ち尽くした。

 けれど、完璧かと言われれば、首を横に振る。


「頑張って」


 幕が上がった。

 けれどここから始まるのは、劇でも何でもない。ただの、阿鼻叫喚なのかもしれない。


「……」


 シリカが窓の外を見下ろす。


「……どうか、一番良い目が訪れますように」

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