二人、進む
「お待たせ」
昨日と同じ風景の中で、今日はジャングルジムの上に秋波は座っていた。
声をかけると手に持っていたスマホを仕舞い、嬉しそうに笑った。
「そこまで待ってないよ!することもあったし……ね!」
ぴょん、と飛び降り、着地する。
そこそこの高さはあるはずだが、怖がっている様子は無かった。
「すること?」
「ん、これ見て」
もう一度取り出したスマホには、SNSの画面が映し出されていた。
昨日、軽く魔物狩りをしたいという話をした。
命を懸けてほしいと言っているようなもので、断られても不思議では無かったのだが……彼女は快諾した。なので、今は情報収集を任せている。
「『化け物を見た人は居ませんか』……こんな文、本気に捉える人いる?」
「もー、私も本気で考えたんだよ?」
「ごめんごめん」
ぷんすか、とコミカルな怒り方をする秋波を宥め、彼女の投稿に対しての返信を眺める。
冗談か本気かはわからないものの、幾つか情報は流れ込んできているようだった。
四人、か。
「それで、この人たちへの動線は?」
「全員近くの知り合い。すぐに話せる人だけに見えるようにしたしね~」
「なるほどね、じゃあ今から会いにいこっか」
「りょうかーい」
ということで、魔物に関しての情報集めが開始した。
◇
一人目。
金髪のチャラい男。秋波の投稿を真面目に捉えていなかったらしく、謎の鳴声を発しながら近づいてきた。
「……それじゃ、何も知らないんですね?」
「ちょいちょい、ノリ悪いなー!ちょっとぐらい遊んでこうぜ!?」
秋波さんの肩に伸びかけた手を掴む。
「遠慮します」
「ちょ……力つっよ……!」
人間離れすることは恐ろしい気がしたが、こういう人に対しての自衛能力を得たのは良いことだ。次。
◇
二人目。
派手なメイクをした女。秋波の投稿を違う意味で捉えていたらしく、水商売で出会った厄介な男を「化け物」として愚痴ってきた。
「信じられなくない!?ほんとにさー!」
「そ、そうですね……」
秋波も秋波で驚いたような恐怖しているような、なんとも言えない表情をしていた。
力押しで来るよりも、異なる価値観とか視点を押し付けられる方がよっぽど怖いし厄介だと思った。
その後は話が永遠に続きそうだったのでどうにか切り上げて走り去った。
◇
三人目。
太った男。この人もこの人でカードゲームのモンスターの話をしてきた。
最新技術でAR投影された怪物が見れる場所ができるとかなんとか……何それ、めっちゃ見たいんだけど。何処??
(星ちゃん!戻ってきて!)
(はっ!)
秋波に囁かれてようやく正気に戻った。
新時代のARに後ろ髪引かれながら、どうにかその場を立ち去った。
◇
「……ねぇ、秋波?」
「どうしたの?星ちゃん」
「言っていい?」
「大体わかるけど、何?」
「……これ、意味あるのかな」
「それ言ったら終わりだよ」
だってしょうがないじゃん!!
今のところ全員が全員秋波の投稿を冗談に捉えて話してくるだけだよ!?
あの人たちが悪いとは言わないけど絶望的にSNSっていう媒体と今求めている情報の正確性が対極にある気がする!!
「まー、もう一人だけだし一回行ってみて、駄目だったらもっかい考えよ?」
「……わかった」
◇
四人目。
今までの傾向からすると珍しい、前髪が眼までかかった目立たない男だった。
だからと言って希望があるとも思っておらず、諦め半分で彼の話を訊こうとした、その時だった。
「蟲って、これくらいじゃないですか」
彼が開口一番に放った言葉は、意外なものだった。
自分の事を語りだすでもなく、こちらに何かを吹っかけてくるわけでもない。
ただ思い出すように、畏怖するようにおどおどと語りつつ、指の幅で大きさを示していた。
「でも、違うんだな。って。最近知ったんです」
語りだしたのは、先週彼の身に起きたらしい出来事だ。
ある日、バイトの帰りで道を歩いていた時だった。路地裏から、音がした。
ぶーん、という機械が駆動するような音で、いつもなら聞いても気にしないし、気にする人もいないと思う。
だから、誰も気づいていないんだ。
疲れていたこともあってか、頭が回っていなかった。
つられるように、引き寄せられるように。脚は、路地裏に向かっていたんだ。
外灯が届かなくなるところまで歩いて、その姿を見て、ようやく気付いたんだ。
それは、機械の駆動音なんかじゃない。
子どもぐらいの背丈はある虫が、羽ばたく音だった。
「それからはひたすらに逃げて、後は覚えてません。幻覚かと思って、今までは誰にも話せなかったんです……証明する人も、いないですし」
話を聞き終わって、思わず秋波と目を合わせた。
「星ちゃん、これって」
「うん」
子ども程の全長がある虫なんて、現実にはそう居るものじゃない。
可能性は、高い。
「有難う御座います!」
◇
彼が話した物語に沿い、夜の街を進んでいく。
そして、その路地裏にたどり着いた。
「聞こえる」
ぶーん、と絶え間なく響く雑音は、注意して聞かなければ気づくことはないほど小さかった。しかし、確かに存在している。
それだけで、信憑性は上がってくるというものだ。
「【召喚:真刀・倣華】」
俺の声にこたえて、ポリゴンが腰の横に現れる。
それは蠢き、成型され、刀へと変化した。
生成した倣華をしっかりと握りしめ、後ろに立っている秋波に声をかける。
「危ないから、ここで待ってて。できれば誰も来ないようにして」
「うん……わかった」
秋波がぎゅっ、と拳を固く握りしめているのが見えた。俺は戦う力を渡された。
でも、それを知らない秋波にとっては、友達に責任を負わせているという認識になってしまっているのではないかと、ようやく理解した。
気負わなくてもいいのに、と言いたかった。
でも、そう言ったらまた彼女を惨めにさせてしまう気がして、言えなかった。
黙って歩みを進めていく。
これで、良い。これで……
「星ちゃん!」
叫んだ彼女の声につられて、振り返る。
秋波は大きく、片手を伸ばして手を振っていた。
「頑張って!」
「……!」
たった、一晩。
たった、一日。
それだけの関係だ。短い付き合いだ。でも、それでも。背中を押すこの暖かい何かは、嘘じゃない。
「うん」
深淵の中へと進んでいく。
不思議と、恐怖は無かった。
◇
「暗」
世界の喧騒から切り離されたようにこの路地裏は暗く、それでいて静かだ。羽音はしているから静かというのは違うのかもしれないが、閑散としていた。
一歩、一歩と進んでいくごとに、羽音が大きくなっていくのがわかる。
それと同時に、空気が冷たくなっていく。嫌な予感、というのだろうか。ここから先は何が起きるか、想像もできなかった。
「っ……!」
一つ、影が飛んでくる。
頭部の七割を埋め尽くすほど巨大な目、体を支えるのに十分なほど発達した、六本の脚。そして、忙しなく羽ばたき続ける翅。
巨大で、しかしそれはハエだった。
咄嗟に抜刀と同時に斬撃を繰り出す。
腹を通り抜けるように真っ直ぐ叩き込まれた剣先がハエを切り落とす。地面にぼとりと落ちたその死骸が、転がっていくのが見えた。
嘘じゃ、ない。
ここには本当に魔物がいる。
嬉しいような怖いような複雑な気持ちだが、前に進む理由はできた。もっと奥まで……
「……うわ」
曲がり角を曲がった瞬間、思わずそう呟いた。
ビルの壁面に、絶えず回る室外機に、アスファルトの床に。その全てを覆い尽くすように、蟲がいた。
「キモ、すぎ!!!!」
思わず絶叫しながら、スキルを発動した。
これはダメだろ!!