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非行少女のお友達

(刀を取ってください)


 腰に手をかける。

 かちゃり、と無機質な金属音が鳴り響き、それを抜き放つ。幾何学的に湾曲した刃が、月光を受けて静かに発光していた。


「倣華……」


 何度も握って、振るってきたその得物。


 けれど現実で手にした倣華はいつもよりも重たくて、恐ろしい。命を削り取る性能が十分に備わっているのが持っただけでもわかる。


 それでも


「力を貸してくれ」


 頼れるのはこいつだけなんだ。

 だから、信じる。


「あ」


 地面に座り込んでしまった女性と眼が合う。

 避難させたいところだが、腰が抜けてしまっているのならそれも難しい。先に、あいつからやろう。


「オオオオォォォ」


 何かしら唸っているオークの様子は、落ち着いたものだった。


 こちらを観察し、推し量るような、そんな視線だ。

 一丁前に様子見しているらしい。オークと見つめあいながら、女性を庇うような位置関係になるよう移動した。


 足に力を籠める。衝撃でアスファルトにひびが入った。


 スキルを発動させる。

 護るべき人が居る以上、オークに暴れさせるわけにもいかないだろう。手札を全部叩きつけて、短期決戦と行こう。


「海天一歩」


 オークとの距離が消える。


 大上段に刀を振り上げ、オークが反応するよりも早く次の技を叩き込む。周りを巻き込まない、それでいて火力の高い技を。


「吹き飛べっ……!」


 金色の雷が迸る。


 まるで避雷針のように電流を受け止めた刃は、オークの腹に向かって真っすぐに振り下ろされた。


「グオオオオォォォぉ!!!???」


 雷鳴。絶叫。


 肉が焼け焦げる不快な臭いを巻き散らかしながら、オークが絶叫する。


 まだ倒れないか、なら。


「朱月」


 鞘に刀を仕舞い、もう一度斬撃を放つ。

 朱い三日月がオークの顔面に向かって飛翔し、捉える。


「!」


 喉から口に掛けて全てを切り裂かれ、声を出すこともかなわなくなったオークは、静寂と共に動作を停止した。


 そして、仰向けにアスファルトへと倒れ込む。


「……」


 死体が、消えない。


 当たり前のことだとわかっていた筈だ。

 理解していた筈なのに。倒した敵がそのままそこに在って、五感が不快感を訴えている。勝利の喜び何て、一つも存在してはいなかった。


 オークに近寄る。

 倒せたかわからない。だから、ちゃんととどめを刺さなきゃ。


「……っ!」


 思わず胸のあたりを掴んだ。

 心臓が、あんまりにも五月蠅かったから。


(空さん)

「大丈夫」


 シリカさんからの心配の言葉を、念じて返すことも忘れて返答する。


 やるんだろ、やるって決めたんだろ。


「っ……」


 震える刀を逆手持ちにして。トロフィーを掲げるように、伝説の剣を突き刺すように、その心臓へと。


 皮、肉、臓器……何もかもを貫いて確かに命を掴んだ感触が、スタラの小さな手に帰ってきた。それと同時に、実感した。俺は、今この瞬間。


 知性のあるかもしれない生き物を殺す。

 その道を、選び取ったのだと。


「……だいじょ、え?」


 混沌とした感情を振り払って、後ろでへたり込んでいた女性に声を掛けようとした……のだが、視線はその手前に引き寄せられた。


 それは、ロボットの大群だった。


 大小は様々で、家から中々でない俺でも目にする程色々なところで使われている機種の人工知能たちが、一斉にオークに向かって走り出したのだ。


 そして、胴上げのようにオークの死体を運んでいく。


 シュール、と言っていいのだろうか。

 えっさ、ほいさとでも言わんばかりに運んでいくその背中を、俺はただ見送ることしか出来なかった。


(私の協力者が作ったモノです。死体の処理は、あちらでしてくれます)


(……わかりました)


 消えていく痕跡を見ながら、素気のない返答をした。


 俺の罪は、この世に残らないらしい。


「大丈夫ですか?」


「えっ、と」



 ◆



 学校、私の大嫌いな場所。


 友達も居たし、勉強もわかった。先生との関係も、自分では良好だったと思う。いい環境で、上々の生活を送っていた。そんな私は、学校が嫌いだった。


 言葉にできる訳じゃなかったけど、気持ち悪かった。教室っていう閉鎖的なコミュニティに仕切られて、自分の個性を押し殺した人が褒められるシステムが、気色悪くて仕方が無くて。


 それが、この小さな箱庭がっこうを抜けた先の場所しゃかいでも続くらしいと知って、私は絶望した。


 ちょうどその頃、学校に行くのを止めた。

 全部が面倒くさくなっちゃったから。


 中学卒業しても学校に行く気にはならなくて、自由な高校に行くことにした。


 この学校は理由さえあれば学校に行かずに、テストとか提出物をしっかりやれば単位をくれるらしい。


 有難い事だった。

 私の事を理解してくれる場所もあるんだと、少し心が軽くなったことを覚えている。まぁ、学校には行かなかったけど。


 でも、私はもっと自由を求めるようになった。


 身勝手で、馬鹿な事だとはわかってる。

 でも、退屈だった。自分を知らない誰かがいる場所、自分じゃなくていい何処か。それを探して、おしゃれな服に身を包んで外に出るようになった。


 夜は好きだった。


 徘徊、カラオケ、クラブ(酒は飲んでない)……親を悲しませたくはなかったし、犯罪以外は大体やった。楽しかった、満たされてた。


 だから、これでよかったのに。


「ググオオオオオオオォォォォ」


「え……?」


 私は、世界に拒まれた。


 意味の解らない怪物に襲われて、怖くて座り込んだ。何もわからなかったけど、死ぬんだってことだけは理解できた。


 何もしてないのに。ただ、私は自分で居たかっただけなのに。


 それも許されないのかな。

 ちょっとぐらい我儘言うのも、駄目だったの?


 勝手に口は叫び声をあげていた。


 頭は何でか落ち着いてたから、怖くて叫んだわけじゃないんだと思う。縋ってみたかった、助けてほしかった。


 何処で間違ったのかな。


 わかんないけど、けど、でも。

 一個だけ。


 一緒にバカやってくれて、でも、本気で駄目なことは止めてくれて、何処までも飛んでいけるような、そんな友達がいたなら。学校も、好きに慣れたのかな。


 化け物が拳を振り上げるのを見て、瞼を閉じた。

 嗚呼、死にたくな──


「さっさと終わらせよう」


「え……?」


 夢みたいだった。

 化け物を、私の恐怖をずたずたに切り裂いて、壊していくその姿は刺激的で、頭がおかしくなってしまいそうなほど美しくて。


 彼女の細い四肢が撓んで、手に持ったよくわからない形の金属が振るわれるたびに、私の頭は晴れやかになっていった。


 命の危機だっていうのに、私の口角は、勝手に何処までも吊り上がっていく。


(駄目だ、私)


 おかしくなっちゃったのかもしれない。

 体の震えが止まらない、頭の痺れが鳴りやまない。


 月が、とてもきれいで。

 それ以上にその少女は、果ても無く美しかった。


 結論から言って。


 私、冷峰ひやみね秋波あきはは死ななかった。そして、小さくて、可愛くて、かっこいいあの女の子と、友達になりたいと強く願うことになった。



 ◆



「大丈夫ですか?」


 何回か呼びかけてみても、反応が無い。


 うわ言のように「え」や「あ」と呟くだけで、言葉を紡げる状態じゃないらしい。呆然自失、という奴なのだろう。


 それもしょうがない。

 俺が来るまで彼女はオークに命を奪われかけていたんだ。普通に日常を過ごしてたであろう女の子が耐えられないのは、当たり前のことだ。


 俺がもっと早く来ていれば。


 後悔を胸に秘めたまま、彼女に呼びかけ続ける。

 ……あれ、この顔。どっかで見たことあるような。


「あの!」


「はい!?」


 急にバッ!と動き出した彼女に気圧され、思わずのけぞってしまう。


 のけぞって離れた分を彼女は前かがみになって帳消しにし、最早顔がくっついてしまいそうな距離感で叫んだ。


「友達に、なってくれませんか!?」


「……はい???」

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