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アオハル的行事

 L2FOの根幹的な設定にたどり着こうとも、次の日に訪れる学業を変えられる訳ではない。


 いつものように登校し、少し憂鬱さを覚える鐘の音を聞くのだった。


「あー、夏休み明け早々ではあるが、お前たちにはデカいイベントが待っている。大体の奴らは二回目だろうがな」


 そわそわ、とじれったい空気が流れる。

 この緊張は、それに見合うだけのイベントが待っている事を如実に表した予兆でもあった。


「ということで、学校祭の準備を始める!」


「「「「やったぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」


 堰を切ったかのように歓声が溢れ出し、教室中を支配していく。だが、三花だけは勢いが理解できていなかったようだった。


 こちらに顔を向けた後、少し首を傾けて質問する。


「盛り上がるのはわかるけど、そこまで?」


「うちのはちょっと特殊でね。異常に規模が大きい」


 「学校祭でありながら学生の規模ではない」と称されるうち、「環涼学園」の学校祭は、そりゃもうスケールがでかい。


 ここを卒業した有名人が訪れたりなんてのは些事に成りかねない程度にはだ。


 バンドのライブ、演劇、ダンス……などなど、そのどれも一級品の完成度である。


 部活動が盛んな事、そして校則でもある自由に則りやらせたい人間にはとことんやらせるスタンスをとっていることで校外からマスコミが来たりとある種のお祭り騒ぎになるというのが伝統になっている。


「まず、運営委員から決めていきたいんだが……」


 と、進んでいく学級会議をよそに、俺は意識を思考の底に沈め始める。


 イベントごと自体嫌いなタイプではないし、参加するのもやぶさかではない。


 でも、舞台のど真ん中に立つのは俺じゃないという気がするし、立てないという自己否定が絡みついて離れないのは事実だった。


 何か特別な理由があるわけじゃないが、強いて言葉にするなら「引け目」なのだろうか。


 去年もそうだったし、今年も裏方でいいか……


くん……宵乃君」


「あ、わかんない事あった?三花さん」


 肩を突く軽い衝撃に意識を引き上げられ、その方向に視線をずらすと、何だがもじもじとした感じの三花がいた。


 L2FOの中じゃあまり見ない様子で、少し不思議に思った。


「いや、そうじゃなくて」


「ん?」


「宵乃君は何やるのかなって」


「あー」


 そこでようやく合点がいく。


 三花からすればこの学校で起こる全ては未知だ。道しるべまでは行かなくても、他人がどんな道を選ぶのかは知っておきたいだろう。


「装飾とかかな」


「ステージは出ないの?」


「そう言うのは俺の管轄じゃないよ」


 「ふーん」と、息と言葉の中間のような音を発しながら三花は黒板へと向き直り、その途中で口を開いた。


「じゃあ、私もそうする」


「別に合わせなくても」


「合わせたわけじゃないよ。第一、目立ちたい訳じゃないしね」


「……そっか」


 思い返せば、華火花が目立とうとしたことがあっただろうか。


 俺が巻き込んでしまったり、必要だったからという瞬間が多かった気がする。彼女は本当にそれを望んだのだろうか、と僅かに心に影が射したのを感じた。


「けど、ホントに意外だったな」


「え?」


「だって、私の友達に似てるから。意図しなくても目立っちゃうタイプかと思ってさ」


「そんな人いるんだ」


「ん。目立ちたくはないけど、一緒にいて楽しい」


「仲……いいんだね」


「最近会ったばっかりなんだけどね」


 華火花もそんな友達が居るんだなぁ。

 最近あったばっかで、意図せず目立って、俺に似てる人か……。そんな友達もいるんだなぁ、人脈が広いようで何より。


「次、装飾系やりたい奴~」


「はい」


 二人揃って控えめに手を上げる。

 三花の言葉が自分を指していたのには、気がつかないままに。



 ◇




「何か……大きくない?」


「これでもまだ序の口だよ」


 一旦段ボールでサイズだけを再現された装飾の一つを見ながら、三花は面食らったように呟いた。


 華々しい舞台には、それに見合うほどに豪華絢爛な装飾品が必要だ。


 そんな理想を叶えるため、軽視されがちな装飾も環涼学園の中では立派な重労働として扱われがちだ。


「よし、全員集まったな!」


 声を張り上げたのは、座り込む生徒たちの前に立つ女教師だ。本当に公務員なのかと疑うほどの筋量と存在感から、前職の考察が生徒たちの中で盛んである。


「ここから先は手先が器用な人間と力のある人間で振り分ける!自負によって左と右に分かれることだ!」


 威圧的な声に押され、生徒たちは並びを変え始める。


 俺が向かう先は勿論手先側だ。そこそこ技量には自信があるし、それに──こちらが主な理由だが──引きこもりニートゲーマーに筋力を求めるのは間違ってる。


 運動なんて新作ゲームの特典が欲しい時に遠出する際くらいにしかしてない。


「こっちだと思った」


「あっちは流石に」


 同じ場所に並んだ三花の言葉は、裏側に一目見て非力だとわかるという意味を持っていた気もするがそんなこと思う人間じゃないのは知ってるのでやめた。


 間違いじゃないし。


「各々!三年生を中心に作業にかかれ!!」


「「「応!!」」」


 体力班から上がる熱烈な返答を訊き、女教師はにっこりと悪逆じみた笑みを浮かべた。あの人だけ世界観が違う。できればあんまり関わりたくない。


 その後何班かに分かれ、知っている人がいた方がわかりやすいということで三花は俺と同じ班に配属されることとなった。


 ちなみに仕事はよくわからない細かなものを接着剤で張り付けていく職務が課せられた。


 シルエットが明らかにモーニングスターなんだが、何に使うのこれ??


 与えられた教室の一角で、ぺたぺたと素材を貼っていく。


 地味な作業の繰り返しだが、素材目的で周回してる時よりは随分とマシだ。


 動き回らなきゃいけないVRと違って手先だけ動けばいいのだから集中力もそこまで使わない。


 只管に張り付け続けていると、近くで作業していた三花が声を上げた。


「あ、もう無い」


 恐らく接着剤が切れたのだろう。

 助け舟を出そうとした俺よりも先に、三花の背後から手が伸びてくる。


「これ使っていいよ」


「あ、ありがとうございま……って、星羅じゃん」


「え、三花?」


 感謝を伝えるために振り返った三花の動きがぴたりと止まり、それに相対した女子も驚きを隠さずに表情に出す。


 嫌な予感がした俺は呼吸を心なしか小さくし、背中を丸めた。


 つまり、出来る限り存在を感知されないようにした。輝來の勘は異常な節がある。


 杞憂かもしれないが、率先していくべきではないと脳内が判断した。


「意外。星羅はステージとかかと思った」


 輝來ことはじめ星羅せいらの話は俺の耳にも入ってきている。


 ここでもまた天真爛漫な人柄とカリスマ性をいかんなく発揮しているらしい。だからか、彼女がここに居るというのは俺にとっても予想外な事だった。


「んんや、あんまりそう言うのは得意じゃなくてね」


 人懐っこく笑いながら彼女は立ち上がり、三花の隣に移動する。


「三花が居るならちょっとは楽かも」


「私も」


 二人はちゃんと現実でも仲良くしてるようでよかったよかった。


 ちょっと俺はお花を摘みに行かせてもら……


「あ、君が三花の言ってた子?」


「……」


 駄目だったわ。


 輝來が近くに来た事に危機を感じて離席しようとした俺を彼女は逃さず、言葉という縄で捕まえる。


 無視するわけにもいかず、渋々緩慢な動きで彼女の方へと振り返った。


「私、一星羅。宜しくね?」


「宵乃空デス、ヨロシクオネガイシマス」


 はちゃめちゃな片言が喉から飛び出しているのが自分でも理解できた。


 だって、仕方がないだろう。明るい笑みを浮かべた彼女の視線は、顔と、俺の首元……スタラと同じネックレスに注がれていたのだから。

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