塗り替わる記録、それ故の代償
「よし、仕切りなおそうか。配信的にはここからが本題だしね」
これまでにプレイヤーが一度も臨んだことのない、それも本来ならば負けイベントだったはずのボスを見事に打倒した一行その一人であるきゅうべは、再び横になった状態でカメラに映っていた。
コメント:それ気に入ったの??
コメント:まだボス戦の余韻が抜けてないから待って欲しい
コメント:もう輝來ちゃんが可愛い事しかわからない
困惑とともに、より一層コメントは加速していく。スタラ達が知るのはもう少し先の話だが、L2FOというコンテンツの持った話題性もあり、SNSは半ばお祭り状態と化している。
その話題の狼煙につられてきたリスナーも集まり、同時視聴者数はいよいよ十万に届かんとするところまで来ていた。
「うんうん、みんな元気で良いねぇ」
「ただ困ってるように見えますけど?」
「気のせい」
「そっかぁ……」
ふわふわとした雑談をしながらも、スタラの走るスピードは最早並のモノではない。
スタラの持った因子によってデバフがかかっているとはいえ、追いつけるプレイヤーは中々いないだろう。
それほど、レベルマックスというのは大きい要素だった。
「えー、リスナー諸君。このシルリリア特急は、セカンディルにて停車します」
「お出口は左でーす」
「足元に……じゃなくて、後一分も経たないぐらいでつくから、スタラと戦いたい子たちはログインしときなよ」
コメント:あれ見て戦いたい奴居るの?
コメント:ただのボス戦では?
コメント:なんか行ける気がするから行ってくるわ
流れていくコメント(殆ど読めない)を見ながら、きゅうべは僅かに目を細めた。目標達成率は70%、といった所だろうか。
目標というのは、出来るだけ戦ってくれる人数を集める事である。
それだけ話題性が生まれるし、嘘偽りのない実力だということを知らしめられる。
だからこそ、あまりにも隔絶した実力差があるのも良くないと思っていた。あまりにも高すぎる壁は、乗り越える気力を失うものを生み出してしまう。
その点スタラは良い相手だ、ときゅうべは踏んでいた。
確かに実力は一流だ。情報社会極まる現代で、この腕前のプレイヤーがどこに隠れていたんだと問い詰めたくなるほどには。
しかし、その反面美少女で在り、どこか抜けた印象もある。
簡単に言えば親しみやすいのだ。人を集めるにあたって必要な素養で、誰にでもあるものではない。
「そろそろ、着きますよっと」
「おっけ。みんなも準備できたかな~?」
だからこそ、きゅうべは彼女に託す。
一度火のついた導火線を、爆発まで持っていくその役目を。
◆
アマントは、その喧騒を訊いてため息を吐いた。
慣れないことをやらされた、と少し不満を持ちながらも、彼女の為、そして自分を支えてくれた仲間たちの為に戦い続けたことに満足感を覚えながら。
「漸くか、輝來。ここからは、そっちの仕事だ」
バジトーフは飛翔するその影を見て、大きく口を開いて笑った。
さらなる激流が、知人たちによって引き起こされることを察知したから。
「嬢ちゃん、ここまで来たら何処までも行っちまえ!」
蓮宮は、都市のど真ん中に降り立った四人を見て、獰猛に構えた。
一度負けて、リベンジも失敗して。
それでも、燻ぶり続ける闘志を心に灯して。
「待ちくたびれたぞ、スタラ……!!」
華火花、輝來、スタラが並び立ち、そこから少し離れてきゅうべが立つ。
ここまで着いて来てくれた仲間たちは何処に行った、という話であるが、NPC達はカリアの手引きによって元の場所へと帰還し、プレイヤー二人はすることがあると言って離れて行った。
「やっぱこのメンバーになるんだね」
「ま、こーなるだろうとは思ってたけどね~」
愕然としたり、闘志をたぎらせたりと様々な反応をするプレイヤー達を前に、スタラは刀を抜き放つ。戦争が終わった時点で、NPCは戦う理由を失った。つまり、敵対状態にならない。
だからここからは、何も気にする必要が無い。
護ることも、精神を削って戦うことも無い。ただ楽しむ。
それに関しては、彼女らの得意分野だ。
「さぁ、手加減はできないよ。斬られたい人から……」
ホームランを打つと宣言する打者のように掲げられた刀が、日光を反射して鋭く光る。
「いらっしゃい」
開戦のゴングは、今ここに。
◇
正直な所、まぁ満足したし負けてもいいかな、みたいに思っていたのは真実だ。
だって対人戦と呼ぶには余りにも敵の総力が大きすぎるし、こちらは精神的に大きく消耗している。普通に考えて、勝てるはずがない。
そう、思っていた。
跳ぶ、斬る。
避ける、斬る。
蹴る、殴る、なぐ「ご褒美!?」うるさいなこいつ。
なんか、調子が良いのだ。そういう日自体はゲームという分野をしている以上今までもたくさんあったし、珍しい話でもない。
でも、異常なのだ。
思考が軽やかに回って、慣れない筈のレベルアップ後の動作もスムーズにできる。
「隙あり!」
「無い」
背後から迫ってきたプレイヤーを、刀を反転させてからノールックで貫く。
至る所から響く声と剣劇の中で、殺した足音を聞き取って場所を把握する。そんな事、いつもはできない。
いやできる奴が変だ。
(なんだこれ……?)
いや、良い事なのはわかっている。
ゲームが上手くなるというのはゲーマーにとって非常に嬉しい事であるし、悪いことなはずがない。だが、何というのだろうか。
大事な何かが削れているような気がするというか。何かを忘れているような気がするというか。
「ま、いっか」
「ぐえっ」
大上段から打ち込みつつ、思考をあきらめた。
単なる気のせい、ということにしておこう。
「次は誰?」
周囲を見渡しながら問いかける。
戦闘開始からそこそこ経った、そろそろ人の流れに小休止が着いてもおかしくないころ合いではあると思うが
「じゃあ、私にやらせてもらえるか?」
背面から聞こえた声に振り向くのと同時、反射的に刀を振り上げていた。
俺の刀に吸い込まれるように、また異なる刀が上段から叩き込まれる。一瞬発生した鍔迫り合いは、相手の顔を視認するには十分で。
「蓮宮さんっ……!」
「待っていたぞ」
黒髪をたなびかせ楽しそうに笑うその姿は、道場での対戦も含めれば幾度となく相手してきた蓮宮さんそのものだった。
わざと競り合っていた力を抜き、蓮宮さんの体勢を崩させる。
それに咄嗟に反応し、彼女は大きく後ろへと下がった。
「【火炎弾】」
「おらぁっ!」
「見えてる」
その隙に射しこまれた魔法を切り落とし、横から飛び掛かってくる斧もちのプレイヤーの胸部に刀を突き刺す。
一切濁りない動きを見た蓮宮さんは、より一層深く笑った。
「今日は普段にも増して鋭いな」
「調子が良い、んですよね」
次々に迫りくる攻撃を捌きつつ、蓮宮さんと会話を続ける。
「そうか、じゃあ複数戦でも、罪悪感は無いな?」
「【新緑の怒り】」
「!?」
聞きなれた詠唱から放たれる、視たことのある魔法。間違いなくケイマさんの仕業だと気づいたのは、回避行動をとった後の事だった。
ケイマさんが敵側に映っているのなら間違いなく
「ふぅっ!」
俺の回避方向を読んで……いいや、ケイマさんが誘導した先に見事に逃げ込んだ俺を待ち受けていたニドヅケさんが、二振りの刃を振る。
考えるよりも先に、左足が前に出ていた。
それも、歩き出そうとする右足に重なる形で。
「!?」
まともな回避行動で間に合わないなら、まともじゃない手を使う。
人為的に発生した転倒に困惑し、ニドヅケさんの狙いがブレる。姿勢が一気に下がったことによって攻撃を躱す。
「っ、らぁ!!」
そしてそのまま地面に手をつき、顎に対して突き上げるような蹴りを叩き込む。
「っ、ふぅ、ふぅ」
「無茶苦茶するね、スタラ」
「まだまだ!」
刀を構えなおす。
これは、ほんの序の口だ。
意味のわからないレベルの人数を相手にするのだから、こっちも色々おかしくする。目には目を、ってやつだ。
「私もそろそろ、本気で行かせてもらうよ」
「勿論!」
奇しくもリベンジとなった彼女らの開戦を皮切りに、戦いは加速していく。
「銀色の鳥 スタラ・シルリリア」は、ここに開花した。
◆
結果として、スタラは百人を超えるプレイヤーを相手にすることになった。
その偉業は瞬く間にL2FO内全てと言ってもいいプレイヤーに広がり、その名前が持つ価値も変わりだしている。
それ故、次に行われる月光武闘会にも期待がかかっていた。どんなプレイを見せてくれるのかという期待がかかっていたのは言うまでもない。
その頃、スタラの中の人、宵乃空は。
「けほっけほっ……はぁ?39℃ぉ……?」
無茶苦茶なプレイの反動で、高熱にうなされていた。