嵐の後、晴れ渡る青空
「ん、お疲れ」
「お疲れ様」
華火花と向き合って、最初に出た言葉は労いだった。
戦いに至る前の準備に付き合ってくれたというのもそうだが、あっちもあっちで死闘が行われていたことは想像に難くない。
隣には立たなかったものの、共闘したという不思議な感覚が心を包んでいる。
「ちょっと休憩する?」
「うむ、この結界も後数分は持つ。息をつくというのはいい選択じゃろうな」
「そっか……うーん……じゃ、私コメント返信してくるかな……」
きゅうべが放った言葉は、まぁそうするだろうという納得を感じられるものではあった。
俺たちがゆっくりしてる光景を写し続けても面白くはないだろうし、リスナーと交流するのは理にかなっている。
けれど、それにしてはきゅうべの顔色が悪かった。
「どうかしたんですか?」
「ちょっと、見てみな?」
ふわーん、と眼前に浮かび出たのは恐らくきゅうべさんの配信、そのコメント欄だろう。これに何か問題が……うわぁ。
「読めない」
「ね?」
様々な言語が入り乱れている、というのも理由の一つだが、それ以前に流れが早すぎる。
滝でももう少し落ち着きがあるぞ。
「スタラ達が暴れすぎたんだよ」
「いや、でも私は壁の向こう側だったから……」
「カメラはシステム上壁を貫通するよ」
「あっ」
俺や輝來がやったあれやそれが全部カメラに映っていた、と。ついでに俺がカッコつけて放った台詞も一部映像に残っている可能性がある、と。
そう言いたいわけだな?
「ゔっ……」
「スタラがダウンしたぁ!!」
「倒れてても可愛いナ……」
「キモさに磨きがかかってるぞ」
くうっ……なんかもう慣れてきたところはあるけど一般的な男子高校生に背負わせる恥ではない……!
いや全面的に俺が悪いんだけど!
「なんか苦しむスタラが見れて気分が良いのでコメント返信しまーす」
「ひどくないです!?」
「一応私の思惑が破られたのは事実だし、ねぇ?」
「それは、そうですねぇ」
何も言い返せなくなってしまった。
「スタラも読む?」
「遠慮しときます」
「駄目かぁ」
残念そうに肩を落としながら、きゅうべさんは俺たちから距離を離した場所に座った。
画角的に俺たちが映る場所に陣取ったのを見て、抜け目ないなあと少し感心したのは黙っておくこととする。
「先ず一つ目は……」
◇
数分後。
「そろそろ結界が解ける。準備することじゃな」
「よし!コメ返終わり!!お疲れ様!!!」
晴れやかに立ち上がったきゅうべさんが、跳ねるようにこちらに近づいてくる。
「そんな疲れたんですか?」
「いや、スタラとか華火花のこと聞かれても答えられないし……ね?」
「なるほど」
答えられない質問を延々と繰り返されたらそりゃメンタルも擦り切れていくだろう。これに関しては彼女を責められない。
「ま、コメントいっぱいだからいいけどね〜」
「その精神性は尊敬する」
皮肉混じりにも聞こえる華火花さんの言葉を受けても、きゅうべさんはへらへらと笑ったままだ。よほど嬉しかったらしい。
「解けるぞ」
「うぉ」
景色が、崩壊していく。
空がひび割れて、地面が塗り変わる。
モノクロの平原が、古びた遺跡へと移り変わっていった。すっかり遺跡の一室になってしまったこの部屋へ繋がる一つの通路から、様々な声が聞こえてきた。
「封印が解けたぞ!」
「今だ!!行け!!」
「神域を穢す者を許すな!!」
ぞろぞろとエルフが入ってくる。
主に杖を持っているようだが、数人近接武器を持っているプレイヤーやらNPCもいるようだ。
「聞いてたより多い……前線に居たのまで連れてきたみたいだね」
「それだけ警戒されてるってことでしょ」
「侵入者め……っ!?輝來!?」
敵を見ながら各々が朗らかに雑談していると、戦闘を走っていたNPCの一人が驚愕に眼を見開いて、立ち止まっているのに気づいた。
その様子は何というか……仲間キャラが裏切った時のプレイヤーみたいというか……
「輝來、知り合い?」
「うん、そこそこ交流あったNPCだね」
「何故貴女がそっちに!?」
声を張り上げるそのNPCに気遣ってか、エルフ側は攻撃してこない。
其れゆえに、この遺跡に訪れるのは静寂だった。この静けさを破れるのは、当事者である輝來しかいない。
彼女はゆっくりと息を吸い込み、ウィンクしながらその悪辣で、無邪気な台詞を言い放った。
「利用しちゃった☆ごめんね?」
「!?」
「うーわ」
すっごいな。漫画か何かだったら絶対に悪役側の所業だ。現にそれを言われたNPC君も殆ど涙目になってしまっている。そりゃそうだろ。
「スタラ、なんか引いてるけどやってること変わんないからね?」
「え」
「デミアルトラで何やったか、忘れたの?」
「う」
それを引き合いに出されてしまうと何も言い返せなくなってしまう。今回は見逃すこととしよう……
「あいつは裏切り者だ!!躊躇せず撃て!!」
「殺さないでよ?スタラ」
「わかってるよ」
刀を鞘に仕舞う。
ナメプでも何でもなく、今この状態で刀を使って戦うと、NPCを気絶させることができないような気がしたからだ。
だって、今の俺は。
「早っ!?」
「おっそい」
魔法の詠唱をしていたエルフの後ろへとスキルを使うことなく回り込み、首筋にパンチをぶち込んで気絶させる。
今のでHP八割削れるのか。そこそこ手加減したんだけどな……
花小僧を斃した事によって、大量の経験値が入ったようだ。それによって、俺のレベルは大幅に上昇している。
具体的に言えば、レベルマックスになっている。
「っ!?あれを狙え!」
「出力下げて……【雷霆】!」
「ふん」
一気に俺に向いた注目とヘイトの間を潜り抜けて輝來の魔法が炸裂し、影に潜んだ華火花の裏拳が静かに敵を沈める。
輝來はわからないが、華火花に関しては明らかにスピードが上昇していた。
「速すぎて慣れない」
「嬉しい悲鳴、だね」
俺が戦っている場所と異なる方向からも、ぽつぽつと悲鳴が聞こえてくる。何も言わずに行動してくれる、有難いメンバーだと思った。
「くぅっ!!」
「落ち着け!!」
「当たりません!!」
阿鼻叫喚、としか表しようがない。俺が走るだけで張りつめた空気が起こり、一人倒せば明らかに士気が下がっているのが感じられる。
それだけレベルマックスが圧倒的だというのもあるのだろうが、根本的なところは別にあるように感じた。
それだけ、戦争に掛けてきたものが大きかったのだろう。NPCも、プレイヤーも。
それが瓦解したという事実を受け止めるのは、そう簡単ではないと知っている。
「それでも!」
敵の首筋に肘を入れ、流れるように違う敵へ足払いをする。
それでも、俺が負ける理由にも、輝來が望みをあきらめる理由にもならない。そっちも自由にやるんだから、こっちも好き勝手やらしてもらう。
だってここは、ゲームなんだから。
「かかって来い。全員、相手にしてやる」
湧き上がる全能感と闘志に従うように、狭い空間を駆け巡っていく。何故だろうか、負ける気は、一切しなかった。