獣森戦争 十四
「【精霊よ、わが声に従え】」
ふわり、と一つの光が灯る。踊るように、駆けるように空を舞い散るそれは、いつしかその光量と大きさを増していく。
「【続く夜闇に、救いのない暗雲に一つの焔を】」
光が、炎へと転ずる。
言葉によって属性が定められたその力の塊を、輝來は手に取る。そして、いとおしそうに笑った。
「【先へ進む者へ、せめてもの餞を】」
ふ、と炎の塊に息を吹きかける。
風に吹かれて飛んでいく綿毛のように、ゆらりゆらりと揺らめきながらそれが飛んでいく。
そして、俺の眼の前へと立ちはだかるような立ち位置へと移動した。
「【焔従者】」
それは揺らめくだけで、移動も、攻撃もしようとはしない。
一見意味の解らない、その魔法。
けれど、その意図はしっかりと伝わった。
「全部叩き切っちゃえ!スタラ!」
「了解」
掌の中で刀を回し、その勢いで刀身を体の後ろの方へ下げる。
走り出した体の速度を無くさないように、突きをその焔へと叩き込んだ。焔は抵抗することも無く、ポリゴンとなって消えていく。
たったそれだけ。ただ、戦況を揺るがす反撃の一手。
『変化 【遍倣:導炎】』
輝來が放った炎が、巡り巡って刀を燃やす。
燃えているというか刀身自体が燃え盛る炎になったのを確認して、少し笑みがこぼれた。
「これで、行ける」
「そろそろ限界じゃ。頼んだぞ?」
「応」
蝙蝠や魔法を駆使して一人でヘイトを稼いでくれていたカリアさんが、俺と入れ替わるように後ろに下がっていく。
カリアさんの思いに背中を押されるように、少しだけ走る速度を上げた。
花小僧がこちらに気づき、両手をこちらに向ける。
でも、もう届かない。
右足を沈み込ませ、一気に体を屈める。相手の狙いをずらしながら、一層肉薄する。
この距離なら、届く。
焔に金剛の光が灯る。
「ふっ!!」
「金剛斬撃」が、炎の属性を纏って花小僧に直撃する。花弁を散らせただけでなく、幹にまでダメージが入っているんだと確信した。
(でもっ……!)
僅かに踏み込みが甘かった。
『翼亡き鳥』状態である為、思いっきり前に進むことをためらってしまった。
「逃げるぞ!スタラ!」
「やばっ……」
花小僧の足元から、様々な植物が突きあがる。護る為でも、攻めるためでもない延命のための一手。
距離を離されれば、また近づくところから降りだしだ。この状態を維持したまま動き回れる集中力が、次も続くとは思えない。
そのまま後ろに下がられたらヤバイ……
「……いいのかよ」
だが、その心配も一瞬で消えた。
花小僧は植物に乗り、そのまま真上へと逃げて行こうとしているのが分かったからだ。
地面を動き回られて逃げられたら厄介だったが、空中の花小僧は脅威にはならない。
第一に、あいつの攻撃はほとんどが地面を起点にする。
そして、二つ目。
「天災流!」
翼があろうとなかろうと。
空は、鳥の領域だ。
◆
輝來は、それをただ見つめていた。
地面を蹴りつけて、相手を欺いて、攻撃を繰り出すその姿を、眼で追い続けていた。
上手いプレイヤーだから、というのもある。
友人だから、というのも、大きな理由の一つだったんだと思う。
でも、そういう話じゃない。そう、輝來は確信していた。
「綺麗……」
彼女が何故、あの時。自分と戦った時に、あんな状態になっていたのかはわからない。
でも、一度蹲ってふさぎ込んで、それでもまた立ち上がって、無理難題へと走っていく。その姿が、眼が灼けてしまいそうなほど眩しくて。
幼い頃、体が弱くて色々な事をあきらめていた自分を、置いていってしまうような、でも寄り添ってくれるような、不思議な女の子だと、輝來は思った。
ゲーム的には彼女の先に立っている筈なのに、スタラに追いつきたいと、心から願うようになっていた。
「逃げるぞ!スタラ」
「やばっ……」
モンスターが空へと浮かんでいく。
危機的な状況に陥っているとわかりつつも、輝來は杖を構えることをしようとしなかった。
無粋で、蛇足であると確信していた。自分が何か手を加えなくても、きっと彼女はあれを斃す。
鳥が、空の飛び方を忘れることはないのだから。
「天災流!」
上空へと向かっていく魔物と対照的に、スタラはその全身を縮める。
刀が薄く白色に発光し、呼応するようにその両足もスキルエフェクトを纏った。
輝來は、笑った。
自分がどんな感情なのかも把握しないまま、只笑顔で。でも、何かが満たされていくのだけは、確かに感じ取っていた。
「行って、スタラ」
「雲霧っ!!」
地面を蹴り飛ばして、空気を突き破って、スタラが瞬きする間もなく魔物の懐へと飛び込んでいく。
魔物を目の前にして白色のエフェクトを纏った炎の刀を鞘に納めたかと思えば……
一撃、魔物の肩から鮮血が弾ける。
二撃、魔物の腹部に斬撃が叩き込まれる。
三撃、美しい花弁が、空を舞う。
斬って、斬って、斬って、斬って。
そのたびに、花弁が空を舞って、黒一色の世界を彩っていく。いつまでも見ていたいと思ってしまう程その光景は鮮烈で、美麗だった。
「終わりっ!!だ!!!」
大上段に持ち上げた炎が、一瞬火力を増した。
そして、吸い込まれるように魔物へと焔が振り下ろされ。
「「「……」」」
誰も、一言も発さなかった。でも、三人全員が確かに、崩れ落ちていく魔物の姿を視認していた。
輝來は疲れてしまったのかへたりこみ、地面に座る。今は芝生の柔らかい感触が、とてつもなく心地よかった。
疲労している筈なのに、心から湧き挙げてくる熱いモノが、四肢を通り抜けて頭をぐるぐると回していた。
一度は挫折した彼女が、自分の為に成し遂げてくれた。それが、何より嬉しかった。
スタラが駆け寄ってくる。
それに追随して、カリアも輝來の前へと歩み寄ってきた。二人とも、晴れやかな表情だった。
「お疲れ様じゃ、輝來」
「こちらこそ!ありがとう、カリア」
「中々よい旅路であったぞ?」
余裕ありげに嗤うカリアに、まだまだ底が見えないなぁと思う。
スタラに視線を移す。
輝來の目に気づいたのかスタラは僅かにはにかんで、少し悩んだようなそぶりを見せる。何を言っていいのか、彼女にもわかっていない様だった。
うーん、うーんと唸った後、とびっきりの笑顔に表情を変えて、スタラが質問した。
「楽しかった?」
いつしか、自分が言いたかった台詞。
この世界をみんなで楽しみたいと願う彼女が、望んでいた言葉。
輝來は立ち上がり、スタラに負けない程輝かしい笑みを見せて、はっきりと言い放った。
「最高だった!」
色々悩んで、辛い思いもして。
でも、諦めなかったから、スタラが諦めてくれなかったからこそ、この景色が見れたんだ。
透き通っていて、清々しい天空の景色が。
「いぇーーい!!」
「ちょっと!!??」
思わずスタラに抱き着いた輝來に、スタラは素っ頓狂な声を上げる。
同性なんだから別にいいじゃないかと思っているのだが、それはそれでスタラの良いところだろうと納得した。
「スタラの感触がする!!」
「何言って……カリアさん!!助けて!!」
「疲れて動けんな~」
「くぅぅぅっ!!」
わざとらしく地面に転がるカリアさんに、今にでも歯ぎしりしそうなほどの形相でスタラが唸った。
「ははは!!」
楽しくて、しょうがなかった。
このゲームができて、本当に良かった。輝來はこの瞬間、心の底からそう思ったのだった。