表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/130

電脳世界に挑む

 そこは、無機質な空間だった。細い線がひたすら格子状に交差していて、モデリングソフトの背景のようでもある。


 俺はその空間に一人で立ち尽くし、目の前に出てきた半透明なウィンドウと向き合っていた。

 表示された内容は、まぁ簡単に言えば戦闘をしてみろということらしい。


「成程、チュートリアルね」


 そうやって状況を理解した俺は、迷いなく難易度設定に紅く表示された「HARD」の欄を指先で触れる。


 ゲーマーたるもの、日和った選択肢は選べない。


 その瞬間、ぽん、という気の抜ける音と同時に視界が眩い光で覆われた。


 ぐっ、と咄嗟に瞼を閉じ、擦りながら開き直す。未だ白む視界に現れたのは、見上げるほどの巨体だった。


 豊満で肉厚な腹を揺らし、現実世界の豚のような鼻から大量の息を吐き出すその姿は、ファンタジー世界に出没しがちなオークそのもの。


「近未来オーク、って感じだな」


 オークは周囲の環境に合わせてか、淡い光に包まれた半透明な姿で現れた。少し滑稽なその姿に、吐き捨てるように呟く。


 その言葉に反応してか否か、これまたコミカルな音と共に「start」とだけ表示されたボタンが現れる。


「……やるか」


 小さな息を吐き出し、姿勢を屈める。

 HARDとはいえ、チュートリアルだ。そこまで時間はかからないだろうし、ささっと終わらせよう。


「グゴアアアアアアアァァァァァ!!!!!!」


 地を揺らし、大気を裂くような咆哮が響く。

 それを号砲代わりに、一気に加速。たん、たんと地面を踏みしめるごとに速度は増していく。


 現実よりも小さく、こじんまりとしたアバターだが、動きに一切の違和感はない。それどころか、現実のものよりも動作に違和感がない。


 流石、最新ゲームは技術力が違う。


 肉薄した俺と、立ったままのオークの視線が交差する。そして、オークがゆっくりと拳を振り上げた。


 対し、俺は腰にぶら下げた得物に手をかける。


 鞘に仕舞われたそれは、出番を待ち望んでいるようでもある。掴んだ瞬間に堅く、無機質で、それでいて安心感を与えてくる感触が返ってきた。


 拳が迫る。

 拳の大きさは俺の体躯並。膂力は、言うまでもなく人間のレベルではない。喰らえば終わり──


「喰らえば、な」


 右腕に強く力を籠める。

 そして、待つ。


 風を裂き、拳が迫る。

 まだ、まだ、待つ……


 そして、拳が俺を粉砕するその、一瞬前で。


「今!」


 白い斬撃が閃く。

 拳を真正面から切り裂き、攻撃を相殺する。手を破壊されたオークは、情けない悲鳴をあげて地面に膝をついた。


「やっぱ、侍は馴染むな!」


 誰に言うでもなくそう呟く。


「グ……!オオオオオオオオォォォ!!」


 ダメージに対してのリアクションが終了したのか、体勢を気合の咆哮とともに立ち上がる。それを視界の端で捉えながら、思考を回転させていく。


 攻撃、防御、回避……いや、折角だ。スキルを使ってみるか。


天災(あまのわざわい)流」


 その言葉に呼応して鞘が淡く白色に輝き、四肢に暖かい力が流れ出す。


 低めていた姿勢をさらに屈め、跪いたような姿勢へと。

 元々背丈の低いこの体が、もっと低くなったことでオークは俺を一瞬見失う。そして、きょろきょろと周囲を見回し始め


雲霧(うんむ)!」


 その隙に、跳躍する。


 『天災流 雲霧』、このゲームに数多あるスキルの一つであり、刀を装備している状態で、屈むことによって発動するスキル。


 起きるアクションは二つ。

 真上への跳躍。

 その後、刀による乱撃。


 霧のように地を這い、雲のように飛び上がる。そして、雨を降らすように刀を叩き込むのが、このスキル!


「グガァッ!?」


 唐突に視界に入った俺に、オークが驚愕する。

 そして、驚愕が敵意に変わる前に、攻撃を繰り出した。手元が霞んで見えなくなるほどの高速で、オークの顔面に斬撃をぶち込む。


「グ、グガ」


 ダメージを喰らうたびに、オークの喉からは僅かな呻き声が漏れ出していた。


 斬る。斬る。斬る。

 オークの顔面からはダメージエフェクトが噴出され、その度に呻き声も小さくなっていく。


「終わりだ」


 斬、と。

 鳴り響いた風切音と共にスキルの効果が切れ、空中にあった体が落下していく。転がるように勢いを殺し、着地。


 恐らく倒れていくオークの体を見ることなく、刀を軽く払い、鞘に収める。


「切り捨て御免」


 かちゃり、と小気味良い音が響き、それに続くようにファンファーレが響き渡いた。


 非常にめでたい感じの演出に背を押されながら、それとは関係ない理由で苦笑する。男子高校生の喉から出るとは思えない高い声が、まだ反響している。

 少し身長の低い姿で、首を傾げる。


「性別は変更不可ってきいたんだけど……?」


 俺の声帯から放たれる鈴を転がすような可愛げのある声が。

 触れれば崩れてしまいそうな幻想的な白い肌が。

 ほっそりとした美しい指が。

 そして、頭部から生える銀色の髪が、何故か「性別変更不可のゲーム」で俺が女性アバターを使っていることを雄弁に語っていた。


 何故、こんなことになったのだろうか。

 その答えは、数分前に遡る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ