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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勝ち組から転落したクズ男、下層の街で出会った男に保護される!?

作者: みつみち

創作BLの小話。近未来系治安の悪い世界観。暴力と性的R15くらいのシーンあり。

 電飾や看板の輝く明るい通り、呼び込みが響く人込みの間を縫って俺は足早に歩く。後ろを小さく振り返れば、遠く上層街のビルが目に映る。追っ手を振り切ったことを確認して、暗い裏路地へ滑り込んだ。たった数メートルで喧騒は遠く、冷たい風が鼻先をかすめる。長時間歩いたり走ったり、酷使された脚は小さく震えていて、我慢できず俺は冷たい地面に腰を下ろしてしまった。寄りかかった室外機のごうごうとした音が耳元に響き、換気扇の生ぬるい風で暖を取りながら、ゆっくりと今日のことを思い返した。今日は間違いなく、人生最悪の日だ。

 AMASAGI財閥の一人息子、それが俺の肩書。猩々鷺漆間あまさぎうるま。生まれた時点で高ランク確定、大した努力をしなくても周りの連中は俺を褒め称えた。好きに使える金を惜しみなく他人に与えて、ちょっとした問題なら簡単にもみ消せた。人生は楽勝で不安なんて一つも持ったことが無かった。何もかも持って死ぬまで楽しめるはずだったんだ。昨日までは。

 今日の朝、起きて初めに耳に届いたのは父が失脚したという知らせだった。信じられなかった。だが、側仕えの従者は続けて告げる。

「つきましては会社の経営の会長も新任者が引き継ぐことになります。貴方の叔父上である猩々鷺壮真様が新たな会長となるでしょう。」

「叔父が? それじゃあ俺は」

 どうすれば……。困惑が小さく口の中でつぶやかれる。

「ええ、新たな主人となりました壮真様から伝言が御座います。」

「伝言?」

「前会長の血筋は不要。片付けておくように、とのことです。」

 混乱のうちに目を離したのがいけなかった。従者は銃口を一切の躊躇なく俺に向け、2発打った。銃の扱いに不慣れだったのか、それとも脅しだったのかは分からないが、幸運にも弾丸は当たらず、俺はそのまま転がるように逃げ出したのだった。

 飛び出した後も追っ手が俺を探しているようだったが、何も持たずに逃げ出したせいで金もなく車を拾うことも出来ず、ただひたすら足で逃げるしかなかった。

 一連の出来事を思い出し、暗い路地裏にため息が漏れる。こんな目にあうなんて、俺が何をしたというのか。理不尽な仕打ちに今さらながら怒りが沸く。憤りながら見上げればビルの隙間からガスでぼやけた夜空が見える。本当なら今の時間、ちょっとした屋上プールでパーティがあり、いつも通り好きにメシを食って酒を飲んで、朝まで愉しむ予定だった。気に入りの女も呼ばれて、ああ、考える程に理不尽だ。父の補佐でしかなかった叔父がトップ? 息子の俺を差し置いて? 確かにすぐには無理かもしれないが、今まで通り叔父が俺のために補佐を続けてくれればよかったんだ。そもそも、親父はどうなったんだ? 正直自分のことで手一杯だった。だが失脚の理由すら分からないのだから、今考えても仕方ないかもしれない。結局、俺は今、ここでうずくまることしかできないのだ。

 俯いてぼうっとしていると、薄汚れた地面に似合わない綺麗な革靴が視界に入ってきた。見上げると、男が一人。裏路地のほうから出て来たのか?

 そいつは俺の前まで来るとしゃがみ込み、俺の顔を覗き込むようにかしげた。ゆるくウェーブした黒髪がさらりと流れる。目が合うと形の良い唇が薄く笑みを作った。商売女で良くみる表情だ、媚びるように見えて品定めをしているような。

「アンタ身なりはいいように見えるがずいぶんくたびれてるな。うちで休んでくか?」

「……金ならないぞ」

「ふうん、かまわない。そら、こっちだ」

 鉛のように重く感じた体だが、手を引かれると驚くほど軽く立ち上がってしまった。どうせ行き場もない。せめて室内であれば追っ手も巻きやすかろうと、俺はついていくことにした。


 導かれた先はさびれたホテルの一室だった。いくつか扉があり広さがあるようだが、今までに使った事のあるホテルにはない古臭さを感じる。逃げるため走り抜けてきたせいで一般層向けの繁華街まで来てしまったから、ここらのホテルはだいたいこんなものかもしれない。

「どうする? 湯舟は無いがシャワーはあるぜ?」

「あ? ああ。そうだな……」考え事中に話しかけられて気の抜けた返事をしてしまった。追われる身だが、ボロボロで汗もかいて気持ちが悪い。シャワーの場所を探すように首を動かすと、肯定と受け取った男はタオルを投げてシャワーの場所を指さした。

「俺はさっき使ったから、どーぞ」

「ああ」

 溜まった疲れと暖かい部屋の安心感で、頭がぼうっとしてしまう。言われるままにシャワーを浴びてベッドまで戻ると、すっかり服を脱ぎ去ったあの男が薄いシーツを纏って待っていた。

「おかえり」

 何が面白いのか三日月目で笑うそいつは、こちらの反応を待ちもせず手首を引っ張ってベッドへ誘う。シャワーを浴びたばかりの暖かい皮膚に、やけに冷たく細い指の感触が残った。視線を相手にあわせればにんまりと笑い「楽しもう」と言う。

 俺は多分やけっぱちになっていたんだと思う。警戒だとか心配だとか、できない程に疲れていて。近くでみた顔も男にしては美人で、整えられているとはいえ髭もある青年ではあるが、構わなかった。端的にまとめれば、俺はそのままそいつと一発寝たのだった。


 心地よい疲労感でしわくちゃになったシーツに背中を落としたとき、事態は突然動いた。鼓膜に響く衝撃と共に、ベッドルームの扉が吹き飛ばされたのだ。起き上がろうとするが、俺の上には同時に果てていたであろう男が乗っかっていて、うまく動けない。嘘だろ。いや、当たり前だが。追われてる身でヤることヤってればそりゃあ当然の結果だが。

「いいご身分ですね。」俺の元従者は、戦闘員を引き連れてベッドに倒れ込んでいる俺を蔑む目でみる。「ですが終わりにしましょう。そこの男娼のおかげで最後に良い思いもできたでしょう? ご協力、感謝します。」

 協力? こいつ、まさか……。やるかたない思いで男を見れば、そいつは少しだけ顔を上げて、また、笑っていた。

「そうだなあ、計画通りでよかった。大所帯で来てくれて、手間がない。」

 1発、銃声が響いた。今度こそおれは死んだんだ、そう思った。だが、血しぶきが舞ったのは壊れた扉のほう。元従者のやつが、額から血を流し、ぐにゃりと倒れた。銃声2発目、こちらに銃を向けていた戦闘員の頭が吹き飛ばされた。俺の上にいた男は体勢を変えてさらに2発別々の的へ撃ちこむ。よく見ると両手に拳銃を握って、部屋に飛び込んでくる者たちへ鉛玉をぶち込んでいく。

 それでも多勢に無勢だ。戦闘員はまだまだいて、けたたましく銃声が響き渡る。俺はなんとか起き上がりベッドから転がり逃げる。「そのまま伏せてな」男はそう呟くとマットレスを蹴り上げて壁にすると、何かボールのようなものからピンを抜き、扉側へ放り投げた。最初の爆発音よりも激しく空気が揺れ、耳がしびれる。爆風を受けて半分焦げたマットレスから這う這うの体で抜け出しひと安心……かと思えば、目の前でひとりの生き残りがナイフを構えこちらを見下していた。

「手こずらせやがって!! くたばれ!!」

「お前がな?」

 声と同時に戦闘員が蹴り飛ばされ、吹き飛ぶ。壁にうなだれたそいつにとどめの一発ぶち込まれ、もう動くものは俺たち2人しか残っていなかった。

「は……くしゅんっ! あーさむ。暖房壊れてやんの。」

 何事もなかったように服を拾って着始める。呆然としたこちらになんの説明もない。「おま……おまえ、」なぜ、こんなことを。問い詰めたいが喉が震えてしまう。

 だが言葉にならなくても、男にはお見通しなんだろう。にんまりと笑うとこちらに服を投げつけて言った。

「説明ならしてもいいが、その前に腹が減ったなあ。カリカリのベーコンエッグにマフィンでもどうだ?」

 何でもない朝のように、笑ったのだった。


***


 何もかも失ったあとに迎えた新しい朝は、疲労と眠気で酷く重かった。空腹のはずだが、とても胃に何か入れようという気にならなかった。

「おい、いい加減説明してくれ」

「……せっかちな奴だな」

 目の前でゆったりと朝食をとる男は、昨日の惨状を引き起こした一端だ。そうとは思えない穏やかな手つきで半熟の黄身をベーコンで抉りながら、男は話し始めた。

「あー……、自己紹介が必要?」

「当たり前だろ」

佐蛇さだ。名前はそれで呼べるよな。」

 佐蛇と名乗った男は、大きく開けた口でマフィンに嚙みついて、頬を膨らませ咀嚼しながら目配せをした。自身についてそれ以上は言わない、ということか。細かいことを問い詰めても仕方がないと早々に諦め、話の続きを促す。

「お前を襲った奴らだけどな、一旦あれで仕舞いだと思うぜ。どうせあれは、あそこにいた偉そうなやつが勝手に連れてきたやつだからさ」

「どういうことだ? 叔父の命令なら……。そうじゃないのか?」

「あれは個人的な恨みだろ。」

 そう言われてしまえば否定できない。仕事ができるヤツだから気に入ってはいたが、連絡を無視したり予定を勝手に変更したり、その後始末もさせていたから。

「まあお前が悪いよあ。」

 言葉に詰まっている俺を尻目に、佐蛇は完食した食事のトレイをさっさと洗浄機へ投げ入れる。

「だけどお前は生き残った側だよ。どうする? これから」

 これから。家を失って、収入は無い。頼る知人も、いない。思い返せば、頼れるほどの関係や人脈を作ってきたことが無いのだと気づく。だが野垂れ時ぬなんて絶対にごめんだ。

「アテが無いわけじゃない。」

「へえ?」

「だけど、お前に言う理由はないよな?」

 佐蛇は動じず、言葉を受け止める。少しだけ面白そうに口の端が上がっているのがわかる。馬鹿にしやがって。

「俺はお前が誰なのかなんて知らないんだ、何故俺を助けるんだ? 何が狙いなんだよ。」

 佐蛇は視線を外すと、自分の顎髭を親指を撫でながら考える仕草をする。ともすればわざとらしいく、思いついたようにこちらに向き直る。

「あー、具合が良かったから?」

「は?」

「要するになかなか良かったってコト、その、ブツがさ?」

「ふざけてんのか!?」

「怒るなよ。じゃあ、他になんていえばいい? 何なら信じられるんだよ。お前を助けにきたヒーローだ、どこまでも付いていくぜ……って?」

 そんなもの、余計に信じられるわけがない。当たり前だ。今の俺に信じられるものなんて多分無い。親父は消えて、長年の従者は俺を殺そうとした。叔父は何を考えているか分からないが、少なくともどちらかと言えば邪魔だろう。親父の補佐をしていたあれは、ごく潰しを養う程優しい人間じゃなかったはずだ。

「だからさ。別に信じる必要はないってこと。」

「何を……」

「お前にゃ、一人じゃできないことがある。俺はそれに手を貸す。報酬は、……同衾?」

「無茶苦茶だ」

「じゃ、一人で無駄死にするか? それとも餓死? 外に出て破落戸に殺されるのもあるかもしれないが」

 それは目の前に転がるリアルな死の想像だった。

「だけど、俺は、少なくともお前を殺さない。」

「そんな保証は、」

「殺そうと思えば、とっくにやってる。潰れた卵みたいにさ」

 いつの間にか距離を詰めていた佐蛇は、俺の胸を指で強く突いた。

 今度こそ言葉を失った俺に、にいっと笑う。

「どうせもう失うものなんて無いだろ。」

 俺は観念して、これからの命運をこいつに預けるハメになったのだった。


 俺は腕時計のツマミを捻り、盤面を裏返す。

「これはGPSだ。この光ってる場所、ここに親父の金庫がある。」

「ああ……これか。上級街じゃなくて、ここいらの近くか。ンー、そこそこデカいクラブじゃないか?」

「場所知ってるなら話が早い。行った事はないが、親父にはこの店の地下にあるって聞いた」

「地下……。クラブに入るのは問題ないだろうけど、地下はVIP専用でもあるはず。お前の顔が売れてなければいいけど」

「下層街のクラブなんて行った事ねえよ。多分。もしマズいことになるならお前がなんとかしろよ。」

「へーへー、坊ちゃんは人使いに慣れてらっしゃる。」

 揶揄うような口調にイラつくが、いちいち反応してられない。信用できないなら、せめて利用するだけだ。

「夕方、日が落ちたら行く。頼んだぞ。」

「ああ。じゃあちょっとそれまで寝るか」

「寝る……。おい、ひっつくな、そういう意味じゃない! 俺は疲れて」

「アハ、いいからいいから」

「クソッ! 俺は寝るからな! 絶対に寝る!!」

 絡められた指を振りほどこうともがきながら、ソファに向かう。ベッドルームは血みどろのままで、とてもじゃないが使えないのだ。せめて睡眠時間だけでも欲しい。そう願いながら、少し硬いソファに身を預けるのだった。


***


 さびれたホテルから出て空を見上げると、昨日と変わらない薄ぼやけた夜空が見た。ビルよりももっと高いところでホバーバイクが空を抜けていく。ぼうっとしていると、目の前の道路をサビた車が息切れのエンジン音を響かせてノロノロと通り過ぎていった。

「なあ、歩いていくのか?」

「そうだよ。オンボロでよけりゃ拝借できるだろうけどノロマだし……、上層みたいなきれーな車なんて乗ってたらあっという間に集られるぞ? 目立たないのが一番。」

 ネズミがはしる暗い路地から出て、明るい通りを横断する。帰路につく者や飲み屋をさがす者、道端で売り買いをする男女、看板の横で倒れこんだ老人。佐蛇の後ろ姿を見失わないようにしながらも、あまり見たことのない景色を思わず眺めてしまう。上からじゃあ粒のような頭しか見えなかったし、逃げていた時はそんな余裕もなかったから。

「何処から行くんだ?」

「正面。表はオープンなクラブだからな」


 たどり着いたクラブは盛況で、ミラーボールが光の粒を撒きながら、色付きのライトが酒やダンスを楽しむ客たちを青や紫に染めていた。バーカウンターでグラスを受け取ると、佐蛇は値踏みするように客たちを見やる。

「VIPならだいたい印がついてる。一緒についていけば地下に降りるのにいちいち足を止められることはない。あの男なんてどうだ?」

「おっさんじゃねーか! 女がいい……」

「女は騙しにくいんだよ。印をもらうような女は、あっちだって美味しいのを狙ってンだからさあ」

 俺の意見は軽く流し、ちょっと当たってくるとグラスを傾けながら佐蛇はさっさと狩りをはじめに行ってしまった。

 手持無沙汰だ。

 上にいたときは、おぜん立てされたパーティで女達が勝手に群がってた。だけど、ここにいる俺はただの一文無し。選り好みして上玉を狙うなんて無理なのはすぐに分かった。ああ、クソ。

 そんな風に考えこみながら酒をあおっていたせいで、俺はいつの間にか佐蛇のひっかけた印持ちの男がすぐそばに来ていたことに気づかなかった。はじかれたように顔を上げると、男と目が合う。

「君もおともだちかい? おや君、あの会長に似てるな。いや前会長か、新聞に出てただろう。たしか息子がいると……」

 心臓が跳ねた。ここじゃ知り合いなんていないから連想されると思わず、油断していた。もう、親父とずいぶん顔を合わせていなかったから、似ているなんて。喉が張り付いてしまって何もこたえられない。

「だがこんなところにいるワケがないな。息子の方も、亡くなったというから」

 その言葉に、足元の地面が一瞬で無くなったように感じた。死んだ? だれが。俺は、俺はいまも生きてるのに?

 話を変えて男を誘う佐蛇と、イロに靡いた男が何か話しているけれど、何も耳にはいってこなかった。

 どこかで期待していたのかもしれない、この状況は一時で、すぐに前の生活に戻れるかもしれないと。だけど、そんな夢は打ち砕かれた気分だ。このまま痕跡すら消されていくのか? 俺は、どうすればいいんだろう。いくら考えても答えは出なかった。


 あの後どうやって歩いたか記憶が無いが、多分、そのまま佐蛇たちについていけたんだろう。

 派手なVIPルームには、ベッドで眠りこんだ男。俺の意識を浮上させようと声をかけてきた佐蛇が俺の顔をのぞいてきた。

「おーい酔ってんのか? しっかりしてくれよな。お前がいないと金庫が開かないんだからサ。」

「あ……ああ。悪い。」

 金庫……そうだった。きっとその中に金になるものがあるはず。金さえあれば、この下層でも多分ましに生きていけるはず。

「見てくれよこれ、あのおっさんが店員からもらってたんだぜ。ロスティアー、電気ボウル、ジェットコースター……薬の種類豊富だねえ。」

「なんだそれ、全部質の悪い麻薬じゃねえか……。」

「ま、ここらへんじゃマシな部類だろ。後のコト考えなけりゃよぅくキくやつだ。」

「で、そこらへん使ってそいつを眠らせたのか?」

「少量な。睡眠薬を混ぜたからしばらく起きまいよ。」

「そうか……」

「ぼーっとしないで、ついてこいよ、今のうちに探しにいくぞ。」

「ああ。」

 GPSの詳細をたどり、金庫がある場所へと向かう。通路は上のクラブよりもシンプルだが、高級感を演出するデザインだ。しかし白い壁にはところどころ傷があり年季を感じさせる。地下だというのに光が反射するのかやけに明るい為、瞬きが多くなる。

 途中ほかの部屋からうめき声や嬌声が聞こえ、ここで用意された薬が使用されているのだろうと推測された。

「なあ、金庫があるってことは、ここも親父が作ったのか?」

「そりゃあ、そもそもこの街はあのひとがつくったんだからそうだろ。」

「この街を……?」

 そんな会話をしていた道中、通路に一発の拳銃の音が響いた。

「お前……じゃないよな。何が起きてる?」

 その音を呼び水にしたように、更に銃撃の音が響く。おいおいおい、なんで俺たち以外がドンパチしてんだよ。タイミングが悪すぎる。

「情報が漏れたのかもな、隠し財宝なんてもんが下層にあるなら狙い目すぎる。裏口を破ってすぐバレたのか?」

「クソ、もう少しだってのに」

「お前は先に金庫の部屋に行ってろ。ちょっと片付けてくる。どうせ上はどんちゃん騒ぎだ、暴れてもいいよなあ」

 語尾に楽しそうな感情をのせながら、佐蛇はホルダーから拳銃を取り出し走りだす。あいつの曲がった方向がドンパチの現場、俺の目的地は、反対側だ。

「はあ……ハァ……ッ」

 あいつにつられて走りだしてしまった俺は、目的の金庫のある部屋へ飛び込んで息を整える。明りがなく目を凝らしてみると、金庫は見たことのあるものだと分かった。これなら記憶通りの開け方でいいはず。そんな確認をしていると、通路から人がこちらに向かってきていることに気づいた。足音は二人だ。佐蛇じゃない。

 扉が激しく開かれる。

「……誰もいないようだな。」

「ああ、あのイカレ野郎が来る前に金庫を運び出すぞ」

 佐蛇はやられたわけじゃない? こいつらすり抜けて来たのか。あいつ……。扉の影で息をひそめて様子をうかがう、通路と違い薄暗くて助かった。

「鍵はないんだよなあ?」

「鍵になる人間ならもう消えてるって話だ。」

「あのイカレ野郎は? 息子だろ? つかなんでここにいんだよ」

「あの会長がそもそも開けれねえんだよ。せめて回収してこいとでも言われたんじゃねえのか? 愛人のガキのくせにさかしい真似しやがる」

 息子? 会長の? 今の? 俺じゃない。佐蛇は。あいつは。

 誰なんだ。

「ぐあっ」銃弾が男の一人を貫く。

「兄貴!? テメェッえぶッ」すぐにもう一人も倒れた。

 静かになった部屋に銃を収める擦れの音だけが聞こえ、部屋の中にゆっくり入ってきたその者によって、扉が閉じられる。

「みつけた」

 隠れていた俺をひっぱりだした佐蛇は、血の飛沫を頬や襟に浴びていた。俺を上から下まで見てからいつも通り薄く口角をあげて笑う。

「さ、邪魔もんは片付けたぜ。取るもん取って、早く帰ろうぜ?」

 聞きたいことは山ほどあっても、喉が張り付いたようにうまく動かせない。促されるまま、俺は金庫に手をかけた。セキュリティの確かなそれは簡単に壊れるようなものじゃない。正しい鍵が必要で、逆に言えばそれさえあれば赤子でも開けられる。

 導かれるままに、順調に。

「これは…。なんだ?」

 金庫の中にあったのは、下層民なら一生遊んで暮らせるほどの大金。それと、紙の束。

「なんだ……これ」

 紙を持つ手が震えた。どうしてか金や財宝よりも、よほど重要なものに感じられて。

「レシピだ。ここで使ってるクソみたいな薬より、よっぽど上等で有用で、イカれた薬のな」

 俺にはわからない単語ばかりだが、確かになんらかの物質の組み合わせが書いてある。

 どうしてこんなもの、俺に。

 目的を終えた俺たちは一旦あのホテルに戻ることにした。部屋は……きれいになっているはず、らしい。金庫の中身は重いから、二人で分けて持ち帰ることにしたが、レシピは俺が持つことにした。

「なあ、お前も一緒に帰るよな」

「当たり前だろ? 帰るまでが作戦ってな」

 言い知れぬ不安がよぎる。その帰り道、俺は何も話すことができなかった。


 清掃されたベッドルームは何もなかったようにきれいになっていた。荷物を目の届く場所に置いて、腰をベッドに下ろす。

「は~あ、おつかれさん」

 疲れてるようには見えないが、佐蛇も遠慮なくベッドに腰掛けて足を振っている。立て続けに起こる出来事に疲労感がたまっているが、今眠るわけにはいかない。今後のこと。こいつ自身のこと。放って手放しに喜べるほど能天気じゃない。

 だのに。

「マジで、やめろ……! そんな気分じゃないんだよ」

「ふぃいふぁろ? ふぇるをんふぁふぁひ」

「口にモノいれながらしゃべるな~~~ッ」

 こいつ、3日連続でそんなコトする元気あるのか? おかしいだろ。こっちの気持ちを考えろよ。

「ンふ。眉間にシワ寄ってるからさあ、元気出してあげようと思って?」

「や・め・ろ……! ぅお!?」

 肩を強く押され、視界には天井と佐蛇がこちらを見下ろす顔。

「なんでもシてやるからさあ。明日になったら金でもなんでも好きに使ってぱあっとやれんだから。悩むのおわり、だろ?」

「………」

 眉を下げて、小さく微笑む。ほんとうに心配するような、優しい顔に見える。一瞬口を小さくとがらせていたけれど、すぐに微笑みを口角に浮かべて。

「頼むよ」

 そう呟く佐蛇に、俺はめいっぱい眉間に力を入れて、……ため息をついて、諦めた。

 俺はこいつの顔に、ものすごく弱いらしい。


 何もかもが間違いだったとしても、後悔先に立たず。コップからこぼれた水はかえらない。つまり事は起こったあとで、俺は出遅れてしまったってこと。

「くそったれ! あいつ……っおれをおいていったな!?」

 しわくちゃのベッドには独り、だまされた愚かな男だけが残された。鞄いっぱいの金はそのままに、あの紙の束だけが消えていて。わかっていた。だけど、もしかしたらと、期待してしまった。そんないい話、あるわけもないのに。


***


 上層街の摩天楼、その最上の席に座るのは、現在の会長である猩々鷺壮真。仕立ての良いスーツを身に着け、長い黒髪を後ろへ撫でつけてまとめている。ひどく静かな部屋だが、紙の束をめくる音だけが響いている。アンティークの針時計の音がやけに耳障りだと思った。

 そいつは読み終わったそれをデスクに置くと感情のはかりにくい厳めしい相貌をこちらにむけ、口を開いた。

「ご苦労だった。間違いなく、新薬のレシピだろうな。」

「それは良かった。」俺は吐き捨てるように言う。不興を買いたいわけじゃあないが、こいつと面と向かって話すのは不快で、仕方がないことだ。だけど、確認するべきことがある。

「約束は守ってもらうぞ。」

「構わない。私の邪魔をしなければ。約束の時間が来る前に愚かな真似をしなければいいがな。」

「何を……」

「このレシピを取り戻しに来るか。それとも、裏切り者を追ってくるか。何にしても、危険を冒して感情的な行動をするような者は、この先不都合だ。」

「……はっ、来るわけがない。」

 問題はないはずだ。生活に困らない金は置いて来たのだから、わざわざ追ってくる理由はない。あいつには頼る友人もいないのだからこの場所どころかビルへ入ることすら難しいはず。

「私に用のある血縁は、通すように命じてある。」

「なんでだよ!? 余計な真似を」

 その時、昇降機が鳴った。誰かが上がってきているんだろう。どうか、あいつだけは来ないで欲しい。だって理由なんてないんだから。だけど、馬鹿なことを考える可能性もあるかもしれない。そう考えると妙に焦って、口に出して否定しなければ落ち着かなかった。

 振り向けないまま、昇降機の到着音が耳に届いた。

「来ない、来るわけない。さっさと忘れてそれなりにやってるはず。あいつは怠惰で、ダメ男で、弱虫なんだから」

「だれが怠惰なダメ男だ!!」

 ああ、馬鹿。

「……弱虫はやめたのかよ」

 憎まれ口をつきながら振り向いて。

「このッアホ!!!」

 腕を不格好に振りかぶった漆間に、まったくの無防備で殴り飛ばされたのだった。


 俺なりの渾身の力で殴った佐蛇は、思ったよりも軽くて少し焦った。慣れてない拳はびりびりと痺れたが、そんなことはどうでもよかった。

 佐蛇はのろのろと立ち上がって、何かを堪えるように息を吐く。

「……お前、元々命狙われてたの忘れたのか?」

「知るか!もう社会的に死んでるんだよこっちは!」

 そもそもご丁寧に無傷で通されたっての。どう部下に伝えていたのか、まったくの無警戒で逆に驚いた。

「だっ……だけど、選り好みしなきゃ何とでもなるだろ! 金だってあるし、あのホテルだってお前の世話を」

「ああ聞いた。だから何だよ? 勝手にいなくなりやがって! 一人で満足してお前は何様なんだよ!!」

 とにかくありったけの文句を言ってやろうといきり立つが、お互いその続きをする前に、机を指で叩く音で我に返ってそちらに振り向く。

「はあ、下らない喧嘩をしたいなら、あの世でやりなさい。生きているだけで面倒を起こしそうだからね」

 叔父にとって俺は用済み。わかっていたことだが、憎たらしい奴だ。奴が手を軽くあげると再びエレベーターが動き出す。

「あーもーどうするんだよバカ!」

「決まってる、逃げるんだよ!!」

 このビルにもまだ血縁の認証が生きてる。佐蛇の腕を掴んで走りだし、大きな窓の一つに手を翳して開放させてやると、強い風が流れ込んで。

「おい、ちょっ、まっ」

 そして二人は転がるように外へ飛び出した。

「……っ!!」

「はは!! ざまあみろ!!」

 目を瞑って俯いている佐蛇の頭を憂さ晴らしに乱暴に撫でる。次第に自分の体が空中ではなく何かに乗っている、ということに気づいたのか、周りを見渡して驚いたようだった。

「っこんなもん、どうやって!?」

 それなりに立派なホバーバイクは、俺たちを無事受け止めて空を奔る。

「お前の置いてった金、全部使った」

 おかげで一文無しだ。今度こそ、失うものは命だけ。

「はァあ!? バカ!? ありゃお前のために」

「うるせえ! いいんだよ!! とりあえずしっかり捕まっとけ」

 スピードを上げて、文句を言う声が風の音でかき消される。諦めてシートに身を預ける佐蛇を横目に、あのホテルへと飛んでいく。

「お前がいないと意味ないだろうが」

「何? なんか言ったか?」

「何も言ってねーよ!!」

 ぎゃあぎゃあと声をあげながら、二人は摩天楼を背に飛び去っていくのだった。

お読みいただきありがとうございました!

初めて小説を形にしたのですが楽しかったです。

よければ評価いただけると嬉しいです(∩´∀`)∩

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