5.忘れられない事件~智貴side~
あの日の出来事を俺は一生忘れない。
今の俺でも同じことが起きたらどうして
あげるのが正解だったのか分からない
ただ、あの時の俺はもっともっと寄り添って
大丈夫だ、心配するな そう言って
彼女の光も色も失った瞳にもっと声を掛けるべきだった
あの雨の中 何もかも失った彼女に怯えていた
計り知れない思いを、当事者じゃない俺が分かるはずもなく、ただただ怖かった
目の前の彼女の立場に立って考えてみると怖くて震えた
なのに彼女の心は閉ざされて
ただただ 人形のように俺の目の前に立っていた
あれから何年経ってもあの時の彼女は…
と頭の片隅に残っている
どうか、どうか幸せでいて欲しい
俺の名前は清水 智貴42歳
刑事歴15年のそこそこベテランだ
守 「すみません、ちょっとお知り合いがいて」
智貴 「あんな美女2人とお友達なんてお前もやるな〜」
守 「いや、そんなんじゃないっすよ
今日の未遂事件の件で協力してくれた方ですよ」
智貴 「おお、お前が何も話してくれないんすよ〜
って手焼いてたおばさんの件か」
守 「そうっすよ〜 あの荒川みのりさんって方が来たらもうケロッと変わっ」
智貴 「誰?」
智貴は最後まで守の話を聞かずに言葉を遮る
守 「え?」
智貴 「名前、荒川みのり?」
守 「そうですけど…
ともさん、ももしかして相談者っすか?」
智貴 「相談者?」
守 「え?知ってるんじゃないんですか?」
智貴 「いや、みのりって名前がちょっと気になって」
守 「なんすかそれ〜」
智貴はさっきの出来事を思い出す
(あの目、確かに面影があるような気はする…
うわぁ〜もっとしっかり見ればよかった、クソッ
でも、荒川みのり…苗字は変えたのか?荒川?
高橋みのり?な訳ないよな…)
智貴 「お前もいい歳なんだからあのくらい可愛い子たちと飲み会でもしたらどうだ?
お前と同じ歳くらいじゃないか?」
守 「いや〜ほんとですよ
俺、さっきめちゃくちゃ緊張しちゃって
刑事って女の子ウケどうなんすかね」
智貴 「あんまよくないよな、きっとハッハッハハハ」
守 「そうっすよね…」
智貴 「まあ、これも出会いだ
次バッタリ会ったら連絡先聞け」
守 「そんな都合よくバッタリなんて会わないっすよ」
守は少ししょぼくれている
智貴 「俺はな〜お前には絶対幸せになって欲しいんだよ」
守を可愛がっている智貴はしょぼくれる守の肩を抱く
智貴 「お前には美人で、心が綺麗で人の痛みが分かるそんな女性がお似合いだぁ〜」
守 「なんすかそれ〜」
2人とも少し酔っているのか楽しく家路につく
守…お前は優しい、お前は強い
お前は…
守と出会ったのは守が14歳の冬だった
俺は今の守ぐらいの歳でまだまだ若手の刑事だった
あの日は真冬で雨が降り出しそうな夜の23時頃
俺は歩いて帰っていた
雨が降り出しそうなのに歩いて帰った
俺は上司との言い合いでむしゃくしゃして
どうせなら大雨に打たれて帰りたかった
家まで歩いて30分だ。
コンビニでホットコーヒーを買って家路につく
はぁ、疲れたなぁ
買ったばかりのホットコーヒーがすぐに冷める
久しぶりに歩く道は何だか心地よかった
俺のどうしようもないむしゃくしゃした気持ちを
落ち着かせてくれた
(あれ?ここの自動販売機無くなったのかよ
あそこのおばぁさん元気してるかな
今度行ってみるか…)
そんな事を考えながら夜道を歩く
冷静になってくると急に身体が冷え出す
智貴 「うう〜寒いなぁ…」
俺は今にも雨が降り出しそうな空を見上げた
空を見上げる俺の目の端に気配を感じた
横を見ると家の2階から中学生くらいの男の子が空を見上げていた
俺は一瞬で感じた、危険だと
これが刑事の感なのか何なのかは分からないけど
あの目はあの時感じたものと同じなような気がして
俺はサッと物陰に隠れた
時計を見ると時刻は23時15分
そして、まだ署にいる同僚に連絡する
この家の事を分かる限り調べてくれ今すぐに
分かったらすぐに連絡くれ
物陰から様子を伺う、よく見ると頬は腫れ、口の端は切れている
(殴られた跡か?こんな寒いのに薄着で窓際で何をしてる)
ボーッと空を見上げていた少年の手元が動いた
その手にはロープのようなもの…
智貴 「やっぱりか…」
智貴は確信した。
同僚に直ぐに連絡する
情報出たか?
中学生くらいの男の子が自殺しようとしてる
送って直ぐに返信が来た
父親 近藤病院 院長 近藤 剛
母親 近藤 なるみ
1人息子 近藤 守
近藤剛はここら辺じゃ有名な病院の院長で
人気が高く、近藤先生に観てもらいたい患者が大勢いる
ニュース記事にも何度か業績を掲載されていて
中学生の息子を公表していて将来は医者になると雑誌記事でインタビューを受けている
母親は専業主婦 評判も良い
息子は有名中学の3年生で14歳成績は常にトップ
(あークソッ!どうする、俺)
同僚から電話がなる
(いや、今は出れない気付かれて早まって何かアクションを起こされてしまったらマズイ)
電話が切れると直ぐにメッセージがきた
どうする?応援よこすか?
少し待ってくれ
とりあえず父親と母親が今どこにいるか確認してくれ
と返信し、俺は気付かないフリをして歩く
そして角を曲がって近藤家の裏側に回る
守くんが見えるのは玄関がある表側だ
こっち側に来てしまえば表の様子が見えない
あの様子から今すぐにとはならないだろう…
塀の隙間から覗く、裏手から入れる扉はありそうだ
それにしても豪邸だ
警備もしっかりされた家だから変に手出し出来ないな…
俺は話し声が聞こえないであろう裏手から
同僚に電話を掛けた
祐介はワンコールで出てくれた
祐介「どうだ?」
智貴 「遠目でしっかりとは分からないが
顔に殴られたような跡がある
手にはロープを持って窓際から外を眺めてる
時間的にもやりかねない…
今、家の裏手に回ってきた。父親も母親もいるか?」
祐介 「それが母親は居るとは思うが連絡がとれない。
父親は病院にいる
父親に自宅に帰ってもらうか?」
守 「いや、それはまだダメだ。
祐介、応援に来れるか?2台で来てくれ」
祐介 「 分かった、すぐ行く」
智貴は電話を切ると守を確認しに表に回る
物陰からそっと覗く
ロープをカーテンレールに括りつけている
(まずい)
電話が鳴る
祐介 「父親が病院を出て自宅の方へ向かってるぞ」
智貴 「祐介はもう着くか?」
祐介 「ああ、あと3分だ」
智貴 「父親は自宅中には入れるな
自宅の近くで待機して、父親を確保したら歩いて
近藤家の裏手まで連れて来てくれ」
祐介 「分かった」
電話を切りもう一度、守を確認する
ロープを自分の首へ巻つけようとしている
(まずい)
智貴 「間に合え、間に合え、頼む。間に合ってくれ」
電話が鳴る
俺は直ぐに祐介だと気付き、
電話には出ずに裏手に走る
智貴 「急げ」
俺は祐介が見えると声を掛けた
父親(剛) 「何だね、さっきから」
グチグチと言っている父親を祐介が宥めている
智貴 「息子さんが自殺しようとしています」
父親は目を丸くした後、表情が固まった
父親 「お、俺は知らん
俺は何も知らんぞ 俺は何もやっていない」
明らかに動揺している
智貴 「分かりました。分かりましたから
とりあえず我々は息子さんを助けたいです
家の中に入れてください。」
父親 「お、俺が俺が止めに行く
お前らは何も関係ないんだから帰れ」
智貴 「近藤さん、そんな訳にはいかないんですよ
僕が守くんを発見してしまってね…
自殺しようとしている男の子をほおっておけないでしょ
守るのが我々の仕事でしょ、分かってくださいよ」
父親 「守は俺の息子だ、俺が何とかする」
智貴 「近藤さん、この状況でね、
我々が帰ると思いますか?
息子さんが死のうとしているのに
一目散に助けようとしない、我々の助けを拒んで
いつまで自分ばかり守ろうとしてるんですか
このまま息子を死なせていいのか?いい加減にしろよ」
智貴は父親の胸ぐらを掴み怒気を強めた
父親 「わ、分かったよ
ただ入っていいのは息子の部屋だけだぞ」
父親は小さい鍵をポケットから出し、智貴に渡した
父親 「2番目の部屋だ」
智貴 「祐介、急げ」
智貴と祐介は階段を駆け上がる
智貴 「2番目の部屋、ここか」
南京錠の鍵が外から掛けてある
祐介 「 なんでこんな鍵が…」
(ここまでするとは…虐待だけではないのか?)
俺は焦って手元が震えていた
(頼む、頼む、救わせてくれ)
「バンッ!」
勢いよくドアを開けた
同時に見えたのは外に飛び込む守くんの姿だった
カーテンレールに何重にも結びつけていた紐が
ビーンと音を立てて下に引っ張られた
智貴 「祐介ー」
智貴は叫んだ
立ち尽くしていた祐介は我に返り走り出す
智貴 「守くん、守くん
大丈夫だからな、絶対助けるからな」
智貴と祐介は守くんの肩まで手を伸ばし、引き上げた
首に何重にも巻き付けた紐を解く
「ゴホッゴホッ」
守は激しく咳き込む
祐介 「良かった、良かった、間に合って」
薄らと目を開けて涙を浮かべる守を見て祐介は安堵していた
智貴 「お願いします」
智貴は電話で、念の為呼んでいた救急隊へ連絡した
救急隊がすぐに部屋へ入ってきて、守は運ばれた
本当にあと少し遅かったらと思うと…智貴は震えた
それと同時に違和感を覚えた
(騒がしく動くこの中でどうして母親は出てこない?
寝ていたとしても気付かないか?)
智貴と祐介は階段を下り、父親にたずねる
智貴 「守くんの母親は?」
父親 「今、実家に戻っている」
智貴は見逃さなかった父親の動揺した目を
何か隠していると確信していた
この家に入る前に父親は息子の部屋だけしか
入室を許さなかった…
智貴「守くんの顔に殴られた痕がありましたが…
あれは?」
父親 「今日、勉強の事で少し言い合いになって
守が俺を殴ろうとしてきたから教育の為に、
殴ったら痛いんだぞと頬を一発殴っただけだ」
智貴 「そうなんですね、親子喧嘩もありますよね」
(一発殴ったくらいじゃあの傷はつくれない
この父親…
警察を前に嘘ばかりを並べて本当どうしようもない奴だ)
智貴 「警察署で少しお話しいいですか?」
父親 「今からか?」
智貴 「 そうですね、とりあえず守くんは病院で治療を受け、落ち着きましたら帰れますので
その間近藤さんには警察署でご家族のことを詳しくお話し聞きたいのですが…
やはり、自殺をしようとした原因、守くんを救うのが私達の仕事でもありますので、ご協力お願い致します。」
父親 「わ、分かった。準備をするから外で待っててくれ」
父親の動揺した目がリビングを気にしている事を
智貴は見逃さなかった…
智貴 「分かりました。
あ、あと奥様は今から電話に出られるでしょうか?
もう就寝中ですか?
もし可能でしたらお電話を掛けて頂けますか?
きっと息子さんがこのような事になって心配だと思うので早めにお伝えした方が…」
父親 「あぁ、そうだな」
父親の目が泳ぐ真冬だと言うのに額には脂汗がすごい
(俺は確信していた。母親はこの家にいる)
父親 「あっ、そうだ携帯は車に置いて来てしまって
今から自宅の電話から掛けて説明しておきますので
病院はうちの病院でいいですか?」
智貴 「はい、大丈夫です
では我々は外で待っていますので」
智貴の言葉を聞いて安堵した
父親の表情を見逃さなかった…
父親 「すみません、すぐに準備しますんで」
玄関を開け、父親の横にいた警官2人が外へ出る
続いて祐介と智貴も玄関へ向かう
智貴 「あっ、奥さんの電話番号分かるよな?」
智貴は足を止め、祐介に声を掛け
祐介は携帯を取り出す
智貴 「すみません、まもるくんが自殺しようしているのを見かけた時にこちらの家の誰かと連絡が取れないかと調べていたので奥様の番号はこちらで合っていますか?」
智貴は祐介から携帯を受け取ると
画面に映し出された番号を父親に見せる
父親 「合っているかな?どうだろう
車に携帯を取りに行ってから確認してみます」
智貴 「自宅の電話から掛けるんですよね?」
父親 「いや、妻の携帯番号は覚えておりませんので妻の実家に掛けようかと…」
智貴 「そうゆう事ですね
では、携帯お貸しするので今奥様に掛けちゃってください」
父親 「いや、自分で掛けるので大丈…」
智貴は父親の言葉を聞かず発信ボタンを押し、
父親に携帯を渡す
父親の顔から血の気が引いていく
プププッ…電話が繋がる前の音がして
父親は小刻みに震える手で携帯を受け取る
プルルルルル…携帯から聞こえる電話の音とともに
リビング側の扉の向こうからも
「RRRRRR」電話が鳴る
父親 「す、すみません妻は携帯を忘れて実家に行ってしまったみたいですね」
電話を切り、すぐに智貴へと携帯を手渡す父親
智貴 「そうなんですね、では、我々はここで待っておりますので準備して来て頂けますか?」
父親 「いや、ここではあれなんで外でお願いします
すぐに行きますので」
智貴 「では1つお聞きして宜しいでしょうか?」
父親 「な、何ですか?」
智貴 「 奥さーん警察ですよー大丈夫ですから聞こえましたら何か物音をたててくださーい」
智貴は大声でリビングに向かって問いかけた
父親 「 なっ!何を言ってるんだ!!妻は実家に…」
「ドンッ!ドンッ!」
智貴は父親に向かって微笑んだ
父親 「たっ、た、たまたまだ」
智貴 「近藤さん」
智貴は呆れた表情と怒りの表情を見せ
父親の肩に手を置く
智貴 「あなたね、この状況でいつまで隠し通せると思ってるんですか?その嘘」
父親は汗をかき、動揺を隠しきれない
智貴 「祐介、応援」
祐介 「分かった」
祐介はすぐに電話を掛け、応援を呼ぶ
智貴 「 奥さーんもう一度今の音をたててくださーい」
智貴はリビングに向けてもう一度叫ぶ
「ドンッ!ドンッ!」
智貴 「ね?開けましょうか」
智貴は父親をリビングまで促す
父親 「お、俺はどうなる?」
智貴 「さぁ、それは確認してからですね」
父親は震える手で扉を開けた
智貴と祐介はリビングへ入り電気をつける
ソファーの方に目をやると
ガムテープで口は覆われ、
ロープで手首と足首を巻かれた女性がいた
智貴 「祐介」
智貴は祐介に声を掛ける
祐介は急いで母親らしき女性のガムテープとロープを取る
顔には守と同じように殴られた跡がある
体は震え、怯えた眼差しで父親の方を見ている
母親 「ごめんなさい、ごめんなさい」
母親は父親に向かって頭を下げる
母親 「あの、ま、守は…」
母親は祐介を見ながら守の安否を心配している
それを見た父親は
「チッ」と舌打ちをして怒りを滲ませている
この状況でその態度、この父親は狂っている
父親 「お前、なんで音を出したんだバカヤロー」
父親はすごい形相で母親に向かって叫ぶ
我々がいてもこの態度の変わり様は異常だ
(ここで時間を過ごすのはまずい)
早く警察署に連れて行かなければ
父親 「お前は誰のお陰で毎日優雅に
暮らせれると思ってんだ
お前は今日、守に勉強をさせなかった
だから罰を受けてるだけだろう
お前が役目を果たせなかったんだから
当たり前の事なのに
なに助けを呼んでんだよクソッタレが」
父親は殺気立って叫ぶ
智貴 「近藤さん!落ち着きましょう
警察署で詳しくお話し聞かせてください」
父親 「うるせえ、うるせえぇうるせええー」
父親はキッチンに駆け込み包丁を手にした
その包丁を自分の喉に向けている
父親 「俺はな、逮捕されるんだろ?
それなら死んだ方がマシだ」
智貴 「近藤さん、そんな訳ないじゃないですか」
智貴は祐介に合図を送る
祐介は母親を部屋から出そうと試みるも
父親 「おい、なるみをこの部屋から出したら
俺はここで死ぬぞ
お前、守をここへ呼べ」
智貴 「まもるくんは病院で治療中です」
父親 「いいから早く呼べ」
智貴は電話をする
智貴 「まもるくんの状態はどうだ?」
警察 「安定していて意識もある」
智貴 「まもるくんを1度自宅に戻せるか?」
警察 「何があった?」
智貴 「父親からの要求だ」
警察 「分かった、段取りを組んで折り返す
人質とって立てこもりって事で間違いないな?」
智貴 「そうだ」
父親から要求とゆう事は何かがあると察した警察はすぐさま段取りを組むよう答えた
父親 「あと何分で守はここへ来るんだ」
智貴 「今、病院で治療中ですのでまだ時間が掛かります」
父親 「なるみをこっちへよこせ」
智貴 「それは出来ません
なるみさんも早く手当しなければいけない状況です」
父親 「渡さないなら今ここで死ぬぞ」
父親は首に包丁を突き刺し、血が滲む
智貴 「分かりました。
私がそちらに行くのはどうでしょうか?
なるみさんは怪我もしています。」
父親 「そのジャケットを脱げ」
智貴はジャケットを脱ぐ
父親 「ズボンのポケットを出せ」
智貴はズボンのポケットを出す
父親 「おい、そこの警察その男の手をロープで結べ」
智貴は祐介に手を差し伸べる
祐介はロープで手を結ぶ
父親 「携帯を持ってこっちへ来い」
智貴は携帯を持ち、父親の方へ向かう
父親は椅子を蹴ると
父親 「携帯を机に置いてそこに座れ」
智貴は言われた通りに動く
椅子に座ると同時に携帯が鳴る
父親は携帯をとり電話に出る
父親 「まもるを早く連れて来い」
警察 「分かりました、今から病院を出ます」
父親 「人質はこの電話の持ち主だ
変な事したら直ぐにこいつを刺し殺すからな
守だけ家に入れろ誰も着いてくるな」
要求だけ伝えると父親は電話を切る
父親 「クソッ」
父親はイライラして殺気立っている
父親 「俺のやり方に口出しやがって
お前ら警察ごときに俺の何がわかる
毎日毎日 病人の声に耳を傾けて寝る暇惜しんで命救ってんだよ俺は
家に帰ってれば、のほほーんと暮らしやがって
俺のために動いて、俺が言ったことを守るのが
お前の務めだろうが
なぁ、なるみ」
母親 「ごめんなさいごめんなさい許してください」
父親 「いいか、病院はな、俺が居なきゃ成り立たない
俺が作り上げてきたんだ
それなのにお前のせいで病院も家族も…」
「ドンッ」
父親は椅子を蹴り倒す
「コツコツコツ」
包丁をテーブルに叩く音が響く
父親「守はまだか、おい そこのやつ、電話しろ」
父親は祐介に指示をする
祐介 「分かった」
祐介は電話を掛ける
祐介 「守くんは?あぁ、分かった
もう目の前にいる
ただ10分だけと約束できますか?
まだ体調が戻っていない状態です」
父親 「あぁ、分かったよ」
智貴 「近藤さん、あなたが死んでも、
私を殺しても何の得もありません
喜ぶ人は誰1人といません。
近藤さん、あなたは必ず大丈夫なので守くんと話したら警察署へ行きましょう」
父親 「あぁ」
父親は守が来たと分かると少し冷静さを取り戻した
「ガチャ」玄関のドアの音がした
「ガチャ…」
恐る恐るリビングのドアが開く
母親 「守…」
守 「お母さん…」
母親 「まもる、守、ほんと、本当にごめんね
私のせいで」
母親は守の顔と紐の後が残る首を撫でる
父親 「おい、守」
守は父親に目線を向ける
父親 「悪いのは誰だ?警察の方に説明しなさい」
守 「はい、全部僕の責任です
僕は父さんのような医者になる為、毎日勉強する事を父と約束しています。家族との約束は絶対だと近藤家のルールです。父は約束を必ず守ります。
今回、僕は母に秘密にしてもらい勉強をサボりました。
なので母は僕を庇うために父に嘘をつきました
全て僕が悪いです」
(この子はこの状況を見て直ぐに把握した
頭の回転の速さと、父親が求めている事が瞬時に理解出来ている…)
父親 「刑事さん、分かってくれましたか?」
智貴 「分かりました
守くん、こんな事は初めてなのかな?」
父親 「刑事さん、分かってくれましたよね?
家族間の揉め事みたいな感じなんですよ」
智貴 「分かりました」
(今、父親を問い詰めると何をするか分からない
ここはまず父親を冷静にさせて署に連れて行かなければ)
父親 「私を必要としている患者様達が大勢いる
今日中にでも病院に1度戻らなければならない
刑事さん、事情聴取は今取れました。
私はもう戻っても良いですよね?」
智貴 「そうですね、確かに守くんの証言がありましたので
それを踏まえて1度署に戻りお話しを伺いたいです」
父親 「警察署に行く必要は無いでしょう」
父親は嘲笑う
祐介 「あなたが今してる事は監禁です
人質をとり、立てこもっています。立派な犯罪です」
智貴 「祐介」
智貴は祐介に目配せする
だが、祐介は止まらない
祐介 「たった1度の過ちで守くんは自殺しようとしますか?奥様はこんなに怯えますか?
嘘をついているのはあなたの方じゃないんですか?」
父親 「ッッ!」
父親 「お、俺は嘘なんかついてねぇ、うるせえ」
父親はまた殺気立つ
智貴 「近藤さん、大丈夫です 大丈夫ですから
とりあえず包丁を置いて、私たちを解放して、
署でお話しだけしませんか?」
父親 「おい、なるみ、守
お前らは俺なしじゃまともに生きれないよな?」
「コツコツコツ」
父親はまた包丁を机に叩く
( やばい、やばい、どうする)
父親 「守、お前は医者になりたいんだよな?」
守は頷く
父親 「今のお前で私みたいな医者になれると思うか?
俺の教えがなければ立派な医者にはなれないよな?」
守 「はい…」
智貴 「近藤さん、なるみさんと守くんに貴方が必要なのはよく分かりました
もうすぐで約束の10分です
守くんはまだ体調が」
父親 「まーもーるー」
智貴の言葉を遮り父親は叫ぶ
父親 「お前は1人で死ぬことも出来なかった
惨めな奴だ
そもそもお前が自殺なんてしようとしなければ
今こんな事にはなってない
死ぬならお前1人で死ななきゃダメじゃないか
誰にも迷惑を掛けずに死ぬんだ
分かるか?なぁ、守」
( やばい、このままじゃまずい)
俺はフルに頭を回転させるが何を言ってもこの
父親を冷静にさせるのは難しい
もうすぐで約束の10分だ
10分経てば応援が突入するはずだ
それまでどうにか持ちこたえてくれ
守 「ごめんなさい」
父親 「守、いいか?これは全部お前のせいだ」
祐介 「そんな事はない」
父親 「うるせぇっ、
守、いいか?
父さんはな、お前のせいで今、人生で初めてどん底の気分を味わってる
どん底だ…お前に分かるか?俺の人生を崩しやがって
お前も俺と一緒のどん底を味わえ」
( 何をする、何が起きる?次の展開が読めない)
父親 「今日全て起こったことは全部お前のせいだ
お前が引き起こした
お前がみんなをどん底に追いやった」
RRRRRR 携帯が鳴る
(約束の10分だ、早く来てくれ)
父親 「いいか、守、お手本を見せてやる
守…忘れるなよ
お前が父さんを殺したんだぞ」
「グサッ」
智貴 「やめろー」
智貴は叫ぶ
守は目を見開き、動揺を隠せず息が荒くなる
守 「ハアハア ハァッハァッ」
警察官達が突入してくる
智貴 「急げ!父親が先だー手当てを急げー」
智貴が叫ぶ
母親はただただ震えている
祐介は直ぐに母親を抱き抱え外に出る
俺は守くんを抱きしめて外に出る
智貴 「大丈夫だ。大丈夫だからな。
守くんは何も悪くない。
自分を責めるなよ、絶対大丈夫だからな」
智貴は守くんの肩を抱き、歩きながら何度も声を掛ける
「大丈夫だ、大丈夫だぞ」
(俺は大丈夫しか言えないのか)
そう思いながらも口に出るのは大丈夫ばかり
(何が大丈夫なんだよ、親が目の前で…
しかも自分のせいで死んだと言っている
俺が今出来ることは何があっても守くんの味方でいる事だ。
そう、あの時学んだんだ。
同じことは繰り返しちゃいけないよな…)
智貴 「守くん、とりあえずまた今から1度お母さんも一緒に病院に行くからね」
守は智貴に寄りかかって歩くのが精一杯だった
救急車に乗り込む
母親 「まもる…まもる」
母親は守を抱き締める
智貴 「俺は後ですぐに追いかけるから、病院で待っててな」
智貴は守の頭を撫でる
智貴 「祐介、2人を頼むな」
祐介は頷く
智貴 「お願いしまーす」
智貴が運転手に声を掛け、車は病院へ向かった
父親はさすが医者だ…
急所をしっかりと捉えて即死だった
俺は救えなかった、あの場にいながら
全員を救うことが出来なかった…
誰も悪くない…誰かを責めても
起こってしまった出来事を変えることは出来ない
守くんや母親は今日のこの出来事から解放される日がくるのだろうか
俺に出来ることはあるのか…
あの時みたいに何も出来なかった俺でいたくない…