30.ゆるやかに過ぎ去る時間
AM 5:36
節子が静かに寝室から出てくる
美乃里 「おはようございます、節子さん」
節子 「あら、起きていたの?おはよう、美乃里ちゃん
眠れたかしら?やっぱりお布団の方が良かった?」
美乃里 「いいえ、とてもぐっすり眠れました」
微笑む美乃里は悪夢を見るのが怖くて眠れずにいた
節子 「今日は、お仕事は?」
美乃里 「ありません」
節子 「ゆっくりするのよ?」
美乃里 「はい」
節子は美乃里があまり眠れなかったのではと心配していた
2人で朝食を作り、他愛もない話しをしながら
のんびりと食べる
朝日が昇り、部屋には朝日が差し込む
節子 「なんだか、不思議な日だったわ…
美乃里ちゃんといると本当に心地いいの
この歳になってこんな素敵な出会いがあるなんて思わなかったわぁ…
今度、主人が元気になったら一緒にお食事でもどうかしら?会いに行ってもいい?」
美乃里 「もちろんです」
美乃里は嬉しそうに返事をする
その後2人はそれぞれ身支度を整える
節子 「今日は主人と美乃里ちゃんの話しをするのが楽しみだわ、ふふふ
じゃあね、美乃里ちゃん…またね
何かあったら電話でもメールでもしてね」
節子はニッコリと微笑みながら美乃里の手を握る
美乃里 「節子さん、本当にお世話になりました
ありがとうございます
また必ず連絡しますね…
お会い出来るの楽しみにしています
ご主人様にも宜しくお伝えください」
2人はまたね、と挨拶を交わして、節子は美乃里が見えなくなるまで見送り、2人は最後まで手を振り合っていた
美乃里はホテルに戻り、これからの事を少しずつ考えていた
1日が終わる頃、美乃里はベッドに転がり、守からのメールを待っていたが23時を過ぎても
その日、守からメールが届くことはなく美乃里はいつの間にか眠りについていた
はぁはぁっ…はぁ…お父さん、なんでこんな…
嫌だよ、私やだよ…あああああ
美乃里 「あああああぁぁぁっ…はあはあはっはぁ…」
自分の叫び声で目が覚める美乃里
息を整えてペットボトルの水をゴクゴクと飲む
美乃里 「はぁ…」
トレーニングウェアを着てホテルを出る
まだ日が昇らない暗い街…美乃里は知らない街を走る
(意外と都会だなぁ…
コンビニもあるし、運動してる人も多いんだね…)
1時間程走ると、日が昇りだす…
近くの公園のベンチに腰掛ける美乃里
美乃里 「ふぅ…」
めいいっぱいに腕を上に伸ばす美乃里
(気持ちいいな…いつか守さんともこうやって一緒に走りたいな…
はぁ、考えるのは守さんのことばかりだな…)
美乃里 「かれん、もう起きたかな…」
《おはよう、起きてる?》
RRRRRR
美乃里 「おはよう、かれん」
メールを送ったのにかれんからの返事は電話だった
かれん 「美乃里…おはよう
声からしたらまぁまぁ元気そうね…
本当にあんたって子は心配掛けて
もう…本当に…」
だんだとん声が小さくなるかれん
美乃里 「かれん?ごめんね」
かれん 「許す!で?どうなのよ」
少し震えた声色は直ぐにいつものかれんの口調に戻った
美乃里 「うん、凄くいい旅?かな…
気持ちの整理がしたくて、会いたい人がいてね
会いに行ってきたの…
私さ、変わりたいんだ…大事な人を大事にしたい
そんなこと思ってたらさ、かれんにありがとうって伝えたくなってさ…あははっ」
美乃里の声も少し震えていた
かれん 「何よ朝から…泣かせたいわけ?」
2人は震えた声で笑い合う
美乃里 「かれん、話し聞くって言ったのに…
聞かないまま出て行っちゃってごめんね、今、聞いてもいい?」
かれん 「会って言いたかったけど
私も我慢出来ないから言っちゃう
…結婚します!」
美乃里 「キャー嬉しい、嬉しすぎる」
美乃里はバタバタと足を動かす
かれん 「また詳しくは会った時にね
もう、私の薬指には婚約指輪というものがあるのよ?えへへ」
嬉しそうに声を弾ませるかれん
美乃里 「かれん、おめでとう、本当に嬉しい…」
かれん 「ありがとう、美乃里
早く私に会いに帰ってきてね?ふふっ」
かれんは意地悪く笑う
美乃里 「もう少しで戻るから…戻ったらまた連絡するね」
かれん 「守さんには?」
美乃里 「まだ何も…」
かれん 「昨日、会社に来たよ、守さん
美乃里から連絡がなくて心配してた
だけど待つって言ってたよ」
美乃里 「そっか、ありがとう…
かれんにもたくさん心配かけたよね、ごめんね
帰ったら美味しいランチ行こうね」
かれん 「絶対ね?美乃里の奢りだからね〜?」
美乃里 「だよね〜」
2人は楽しそうに笑いあって、電話を切った
美乃里はホテルに戻り荷造りを始める
美乃里 「よし、行こ」
美乃里はホテルを出て、次の目的地へ向かった
…
RRRRRR
涼介の母 「はい」
守 「おはようございます、原田さん
朝から申し訳ございません
近藤です、今、お時間大丈夫でしょうか?」
母 「おはよう、近藤さん」
守 「本日そちらにお伺いてしても宜しいでしょうか?
お伝えしたい事がありまして…」
母 「今、自宅に居ないのよね…母のところに来ていて」
守 「そうなんですね、お忙しいところ申し訳ございません。
では、お電話でお伝えさせて頂きます」
母 「ええ」
守 「昨日、服部 洋平が自死…致しました
本日、午後にニュースで流れる事になるかと思いまして
その前にご連絡をと思いました…」
母 「そう、涼介を殺した罪から逃げてしまったのね…
その子も苦しんでいたのかしら…
生きていたら文句の1つや2つ言えるのに
死んでしまえばどんなに憎い相手でも何も言えないわね…
近藤さん、ありがとう、涼介にも伝えておくわ」
守 「私もまた後日、涼介さんにお伝えしに伺っても宜しいでしょうか?」
母 「ええ、ありがとうね
貴方はいつも立派な刑事さんだわ…ふふふ」
守 「とんでもないです」
守は電話越しに頭を下げる
母 「あ、ねぇ?美乃里ちゃん、元気にしてる?
涼介の事…ちゃんと吹っ切れてるかしら?」
守 「美乃里さんは…美乃里さんは大丈夫です」
母 「なんかあったのね?
まあ、私がとやかく言うことじゃないわ
涼介は美乃里ちゃんのこと幸せに出来なかったけど
近藤さん、貴方はできそうね?ふふふ」
守 「え?へ?あっ…な、な」
あたふたと、言葉を詰まらせる守
母 「まぁっ
気付いてないとでも思ったの?クスクス
貴方の眼差しは眩しいくらいに
美乃里ちゃんしか見ていなかったわ」
あははっと笑う涼介の母
守 「申し訳ございません…」
母 「謝ることじゃないわ、嬉しいのよ私は
涼介が救った美乃里ちゃんをまた誰かが守ってる
涼介が命を懸けて守った人を…
涼介の命懸けが無駄ではなかった証でしょ?」
涼介の母は声を震わせていた
守 「はい」
守はハッキリと背筋がピンッとする声で返事をする
母 「今度、涼介に会いに来てくれる時は
美乃里ちゃんが彼女になってるのかしら…ふふ」
守 「原田さん…」
母 「ふふ、プレッシャー掛けすぎちゃいけないわね
今日はわざわざ報告ありがとうね」
守 「ありがとうございます、また必ず」
守は電話を切り、鏡の前に立つ
(俺ってそんなに分かりやすいかな…)
身支度をを整えて家を出る守
…
ジャリッジャリッ…
花を持ち、砂利道を歩く美乃里
美乃里 「ふぅ…また来たよ」
美乃里は優しい眼差しでお墓を眺める
(もう、皐月おばさんたち来たんだ…)
美乃里は濡れているお墓を撫でる
美乃里 「お母さん、昴、いつも皐月おばさんやおばあちゃん、おじいちゃんが来てくれて嬉しいね…
これからは私もこうやって会いに来てもいいかな?」
美乃里はお墓の前に腰掛ける
そして遠くを見つめながら話し出す
美乃里 「お母さん、私ね…あの日の夢を見るの…
忘れるなよ、って事なのかな?って今までは思ってた
私がした事を一生背負っていけって…
…そうじゃ…ない…って思ってもいいのかな?」
ふぅーと息を吐き深呼吸する美乃里は
優しく涙を拭う
美乃里 「お母さん、昴
今…何してる?お母さん達の世界は幸せ?」
美乃里はお墓の前でゆっくりとした時間を過ごす
青空のもと、涼し気な風が吹く
美乃里はゆっくりと目を閉じて静かに流れる時間を過ごしていた
気持ちの整理をしながら…ゆっくりと…
美乃里 「お母さん、昴、ありがとう
また明日ね」
美乃里は笑顔で挨拶をすると来た道を戻っていく
(皐月おばさん達には会いに行く予定は無いけど…
お墓で会っちゃうかな…?
帰る前に挨拶に行けたら行こうかな…)
美乃里は街の景色を眺めながらゆっくり歩く
(あ、ここまだあるんだ…でも潰れちゃってるんだね
あそこってタケちゃんのお家かあ…よく遊んだなぁ
懐かしい…)
美乃里は歩いて街のホテルに戻り休息をとる
ふとテレビから流れるニュースが耳に入る
「昨夜、殺人の罪で薬物依存の治療中だった服部 洋平受刑者が治療施設で亡くなったことが分かりました
死因は自殺とされており、詳しい事はまだ分かっておりません」
美乃里はテレビに釘付けになる
コメンテーター同士、憶測の会話が飛び交う
「殺された原田 涼介さんの
ご家族も納得いかないでしょうね…」
「せめて自分の罪は償うべきですよね」
「薬物依存の治療は大変っていいますからね…」
口々に知ったような言葉を並べるコメンテーターを前に
美乃里は呆れて、悲しみと怒りの中にいた
(何も知らない人達がこうやって世の中の誰かを苦しめていく…
軽々しく出た言葉の中に、それが真実だと言わんばかりに
表から見えているものだけを正論に見せかけて
人を追い詰めていく、知らぬ間に知らない誰かを…世の中が思うだろう、当たり前の価値観を押し付けて、叩くべき悪者を作り上げていく
見えているだけの情報に、人の価値観を添えた発言を乗せて飛ばしてくる)
美乃里 「気持ち悪い…」
ベッドに突っ伏す美乃里
テレビから流れる声たちが、涙を流すおじいちゃんおばあちゃん達が…新聞を読みながら手を震わせるおじいちゃんが…ご飯を作りながら涙を流すおばあちゃんが…
あの日々を今も鮮明に覚えてる…
「いくら本人の意思じゃない殺人だったとしても怖いですよね…」
「父方の祖父母がお引取りになったということですが…祖父母は怖くないんでしょうか…」
「自分の息子の子どもとなれば引き取らざるを得ないですよね」
「まぁ…でもいくら命令とは言えさすがに出来ませんよね…」
「前代未聞ですよね…珍しい事件ですね」
どのテレビをつけても、あの時のニュースは私を暗闇のどん底に突き落としていた
(子どもの頃の私の方が賢かった、今よりも強かった
踏ん張れてた…心を閉ざすのも簡単だった
人は大人になると脆くなるのかな…強くいれなくなるのかな…そうゆうものなのかな…)
…
母親と昴に会いに来て、1週間が経った
服部洋平のニュースから1週間
そして守からの連絡も途絶えて1週間
美乃里は仕事をしながらホテルで過ごしていた
まだ朝日が昇る前、いつものように目が覚める美乃里
汗だくでコップ一杯の水を飲み干す
身支度を整えてホテルを出る
1週間もいると馴染んできた道を軽快に走る
美乃里 「はぁ…」
(この一週間、ゆっくり考えれたし大丈夫…
守さんは忙しくしてるのかな?
少しだけ寂しい…連絡欲しい…なんて思ってる自分はただのわがままだよなぁ
声…聞きたいな…)
海辺を歩きながら携帯を見る
美乃里 「5時か…」
美乃里は電話帳から守を探す通話をの上に指を置く
ふぅーと深呼吸する美乃里
(3回コール…3回コールして出なかったらやめよう)
プップ…
守 「はい」
(えー早い、え?今繋がってた?まだ1回もコールしてなくない?どうしよう、どうしよう
声が聞きたくて掛けたけど…なんて言えば…)
美乃里 「ま、守さん?」
守 「おはよう、美乃里さん」
(あ〜苦しい…胸が苦しい…聞きたかった声…
久しぶりだなぁ)
美乃里 「おはようございます
あの、こんな時間にすみません…」
守 「大丈夫だよ、美乃里さんいつも早起きだから
最近は俺もこの時間には起きてる」
(え?それって私の為にってこと?自意識過剰かな?)
美乃里 「あのっ…」
(声が聴きたくて…って言いたいのに恥ずかしい…)
守 「美乃里さん、電話…くれてありがとう
ずっと美乃里さんの声が聴きたかった…」
美乃里 「守さん…あの、私も
声…聴きたくて…」
守 「美乃里さんも?それは嬉しいなぁ…フフッ」
守の嬉しそうな声色が電話越しに伝わる
美乃里 「守さん、怒ってない…ですか?」
少し間が空く
守 「怒ってる…」
美乃里 「そうですよね…あの、本当にごめんなさい
自分勝手で…急にいなくなって…心配お掛けして…」
美乃里は電話越しに頭を下げる
守 「自分にね、俺に怒ってる…
美乃里さんを傷付けた俺に怒ってるんだよ
美乃里さんの気持ち考えてなかった…
本当にごめん」
守もまた電話越しに頭を下げる
美乃里 「私がっ、わ」
守 「ううん、美乃里は悪くないよ
はい。この話しは終わりね
美乃里さんは今何してるんですか?」
(美乃里…って)
美乃里 「あ、あの走ってて、今は海辺を歩いてます
守さんは今日お仕事ですか?」
守 「大丈夫?ちゃんと街灯はある?」
美乃里 「あ、はい…ちゃんと明るいところを」
守 「良かった…
僕は、9時に自宅を出る予定です」
美乃里 「そうなんですね、
あのっ、守さん、私…もう少ししたら戻ろうと思っていて…あの…またご飯とかご一緒して頂けますか?」
守 「待てるかな…
俺は…もう、今すぐにでも会いたい」
守は悲しげな声で呟く
美乃里 「え?あっ…えっと…わた…しもです…」
守 「アハハっ、嬉しいな
美乃里さんも同じ気持ちって事で耐えますね」
守は照れくさそうに笑っていた
美乃里 「ありがとうございます…んふふ」
美乃里もまた照れくさそうに笑う
守 「場所…聞いちゃダメかな?」
美乃里 「あ、えっと、母達のお墓参りに来ていて…
○○市です。電車とバスで2時間くらいなので帰ろうと思えば帰れるんですが、まだやりたい事もあって…
来週?くらいには…と思ってます」
守 「そっか、安心しました…ありがとう
あの…さ、連絡しても迷惑じゃない?」
美乃里 「はい、嬉しいです…フフフ
私もまた連絡してもいいですか?」
守 「待ってるよ」
(待ってるよ…色んな意味の待ってるよ…だった気がするな…守さん、ありがとう…)
電話を切ると、美乃里はホテルへ戻った
美乃里 「よし、沢山ゆっくりさせてもらったから後はやるべき事をして…自分の家に戻ろ…」




