28.進まず、止まれ
智樹 「守〜」
智樹が車から守を呼ぶ
守 「智さん、お疲れ様です」
守は智樹のもとへ小走りで駆け寄り、車に乗り込んだ
智樹 「いつものところでいいか?」
守 「はい、久しぶりっすね」
智樹 「ああ」
2人はいつもの居酒屋へ車を走らせる
店員 「いらっしゃいませ〜」
2人は店員さんに通されて奥の席に座る
智樹 「飲むか?」
守 「智樹さん飲んでください
帰りの運転は俺に任せてください」
智樹 「いや、大丈夫だ
今日は普通に飯が食いてぇ」
守 「じゃぁ、ノンアルで乾杯しますか」
智樹 「たまにはいいな、それも」
2人はノンアルコールで乾杯をし、食事を頼む
智樹 「どうだ?最近」
守 「全然ダメっすね」
智樹 「アッハッハッハッハッだろうな
お前、分かりやすいもんな
もう毎日仕事でも顔に書いてあるぞ」
守 「え?俺そんなにっすか?」
智樹 「ああ、まぁ俺だから分かるってのもあるけどな」
智樹はワッハッハと笑っていた
(智さんといると元気でるよなぁ…
凄いよな、この人は
なんか魅力あるんだよなあ…人として)
智樹 「ほら、今、頭ん中で俺のこと褒めてたろ?
智さんって良い人だな〜ってのが顔に出てる」
2人は楽しそうに笑い合う
智樹 「何にそんな悩んでんだ」
守は智樹の問いかけに姿勢を正し答える
守 「人って変えれますか?」
智樹 「他人を変えるかぁ…
難しいよな…俺も思ったことはある
まぁ、結論、人を変えるのは無理だ
どれだけ自分の気持ちをぶつけたって、
どれだけ変わり方を伝えたって
他人には他人の変化のタイミングってのがあるんだよ
変わるか変わらないかは本人次第だ
まぁ、お前が仙人なら変えれなくもないけどなぁ」
クスクス笑う智樹
守 「と〜も〜さん」
ふざける智樹を真面目な顔で見る守
智樹 「まぁ、アレだ
変えたい誰かがいるならまずはお前が変われ
例えば、相手に俺をもっと頼って欲しいって望むとするだろ?
望む前に自分が頼れる人間なのかってまず考える
頼って欲しいのに頼られてねぇってことは
頼りたいと思われない自分を変えるべきなんだよ
まぁ、頭では分かってても難しい事だけどな…」
守は目を見開き、うんうんと頷く
守 「やっぱ智樹さんはかっこいいっすね…
ほんと、そうっすわぁーぁぁあー
今、俺めっちゃ刺さりました、それ」
顔を覆い天井に顔を向ける守
智樹 「ははっ
大したことは言ってねぇけどな、
後、人は求めすぎるとこがあるからな…
俺がこんなに言ってるのに…とか
こんなに思ってるのに、こんなに考えてるのにって
相手に押し付けるなよ?
悩んだら立ち止まれ、進むな
迷ったり、悩んだりしながら手当り次第やってみたって空回りするだけだ
気持ちが先走るのも分かる、ただ、相手の出方を待つのも大事だ
今、どうしていいのか分かんねえなら止まる時だ
相手の出方を待ってみろ」
守 「そうっすよね…
焦ってますよね俺」
智樹 「ああ、焦りまくりだ」
少し落ち込み肩を落とす守に智樹はガハハっと笑っていた
守 「智さんはよく立ち止まりますか?」
智樹 「ああ、立ち止まるなぁ…
人間やっぱり自分が1番なのよ
自分を大事にしてこそってよく言うだろ?
意味がイマイチ分かんねぇけど
立ち止まるとよく分かる
人は感情的な生き物だから、どうしても感情が先走る、恋愛なんて1番感情が出るだろ?
まぁ、感情で動くとカッコよくも見える
真っ直ぐで、一生懸命で人間味が溢れてて
それはそれでいい
だけど感情任せだと今のお前みたいに疲れる
悩んで、焦ってあああってなって
疲れて投げやりになるし、結果それはマイナスだ
もう、俺どうしたら…あああーってなってる時点で自分を大事に出来てねぇし、思考もマイナスになる
まぁ、でも…そんな葛藤も悪くはないよなぁ」
智樹は微笑む
守は悲しげに笑いながら言う
守 「俺ってまだまだ見習いっすね」
智樹 「まぁ、そのくらいがいい…
見習いくらいの謙虚な気持ちがあるほうが吸収していくからな
俺なんて上にガミガミ言われたら
うるせぇなぁーこのハゲって思いながら聞いてんだから
お前のその謙虚さが羨ましいよ、あはは」
智樹は笑いながらドリンクを飲み干した
智樹 「食べ終わったら行くか」
守 「そうっすね、智さん
ご飯、付き合ってもらって、僕の人生相談まで乗ってもらっちゃって本当、ありがとうございます」
智樹 「ははっタダじゃねぇぞ?」
守 「マジっすか?」
智樹の意地悪な顔に
守は罰の悪そうな顔をする
智樹 「いつかその子連れてきたらチャラにしてやる」
守 「はいっ」
智樹はフッと笑みを零し、守は智樹に一礼した
智樹 「ははっ、楽しみだなぁ…
親父の気分だ」
智樹はボソッと呟きながら席を立つ
守はお会計に行く智樹の後ろ姿を涙ぐみながら力強く見つめていた
2人は店を出て車に乗り込み
智樹は守を自宅まで送り届けた
智樹 「じゃぁ、守 明日頼んだぞ」
守 「ご馳走様でした、はい明日また連絡します」
智樹 「じゃぁな〜」
手を振る智樹
守 「あ、智さん
母さんが会いたがってました
最近来ないって」
智樹 「ああ、また行くと伝えててくれ」
守 「はい、ありがとうございます、おやすみなさい」
智樹は守に向かって手を振りながら車を発信させた
守は智樹の車が見えなくなると自宅に入っていった
寝支度を整えてソファに座りながら
美乃里にメールを打つ守、打っては消してを繰り返し
ハッとする
(そうだ、こうゆう時だよな…とりあえず今日は考えるの辞めるか…
服部の事も伝えるべきだと思ったけど…
明日の午後にはニュースで知る
美乃里さんが今、どうしているのか知りたいし
出来るなら会いたいし声も聞きたい
返事だって欲しい…そんな求めすぎないで
俺も立ち止まってみるか…)
守は携帯の画面を閉じるとベッドに入り目を閉じる
美乃里が居なくなってから、寝る前に必ず送っていたメールをその日は送らなかった守
(おやすみ、美乃里さん)
心の中で呟き、そのまま眠りについた
..
美乃里 「ここ…かな…?」
携帯の画面を見ながら何度も確認する美乃里
美乃里が自宅を離れた日
美乃里は新幹線に乗り込み、2時間程かけて
知らない土地に来ていた
ホテル泊まりを続け、仕事もテレワークでこなして
5日目、美乃里はとある人に会いにホテルを出た
マップを見ながら角のマンションの前で立ち止まる
美乃里は迷いながらもエントランスに入っていく
携帯画面で確認しながら部屋番号を押す
ピンポーンと機械音が鳴る
「はい、柏木です」
美乃里 「あ、おはようございます、荒木美乃里です」
「今開けるわね」
オートロックが解除され、自動ドアが開く
美乃里は部屋番号の階まで行くと
柏木の表札を見て自宅前のインターホンを押す
押した瞬間、玄関のドアが開く
「美乃里ちゃん、久しぶりね
来てくれてありがとう、会いたかったわ」
優しい笑顔で迎えてくれたのは
柏木 節子さん、前に美乃里に助けられたと言って
警察署で出会った年配の女性だ
(柏木さんが私に会いたいと言ってなかったら
守さんと出会うこともなかったのかなぁ…)
美乃里も優しく微笑み挨拶をする
美乃里 「節子さん、お久しぶりです
今日はお時間を作って頂きありがとうございます」
節子 「もう、そんな固い挨拶はいいから
入ってちょうだい」
節子はおいで、おいでと手招きする
美乃里 「お邪魔します」
節子 「はぁーい、今お茶出すわね、
そこに座って待っててちょうだい」
美乃里は言われた通りテーブル椅子に腰掛ける
美乃里 「あ、節子さん本当にお構いなく」
申し訳なさそうに言う美乃里
節子 「私がしたいの
もう、会えて嬉しいんだから〜
こっちに引っ越して来ちゃったじゃない?
会えるのはまだまだ先になっちゃうかしらって思ってたんだけど美乃里ちゃんから連絡貰えて
本当に嬉しくて、出会いはあんな形だったけれど
美乃里ちゃんとの縁は大事にしたいって思ってるの」
節子はとても優しい顔で美乃里を見る
美乃里 「そんな…こと言って頂けて私も嬉しいです
節子さんから連絡頂いた時、とても嬉しくて
あの時のまたいつか…を覚えていてくれて、こんな小娘にまた会いたいと言って頂けて…
私、節子さんにお会いしてから人生がガラッと変わった気がしていて…節子さんとの出会いは自分の中で何か意味があるんじゃないかな…って…
図々しくすみません」
美乃里は申し訳なさそうに節子を見つめる
節子 「もうっ、美乃里ちゃんったら
そんなかしこまらないでちょうだい
親戚の、貴方を大好きなおばさんくらいに思ってちょうだい」
節子は嬉しそうに、入れたお茶を出しながら
美乃里の前の席に腰掛けた
節子 「私もね、あれから人生がガラッと変わったわ
主人は今、治療を頑張ってるのよ
主人が小さい頃ここの土地に暮らしていてね…
戻ってきたの
今は凄く毎日が楽しいし、主人ともとても仲良しなのよ
全部、美乃里ちゃん、貴方のおかげだわ」
節子は美乃里に優しい笑顔を見せる
美乃里 「私は何も…」
節子 「美乃里ちゃんは謙虚過ぎるわ
自分にもっと自信を持って、貴方はとても素敵よ」
ニコニコと笑う節子
美乃里 「ありがとうございます」
節子 「美乃里ちゃんのお話し、聞かせてくれる?」
節子は美乃里が何かに悩んでいること
わざわざ自分に会いに来てくれていることに
何か理由があるんだと思っていた
美乃里 「はい…」
ちょうど10日程前に節子から美乃里宛にDMが届いていた
《美乃里ちゃん、お元気ですか?
柏木 節子です
警察署でお会いしたおばさんです、覚えていますか?
いつかまた貴方に会えたら嬉しいわ》
そんなメッセージから始まった
美乃里は節子になら自分の胸のうちを打ち明けれるかも…
そう思っていた
美乃里 「節子さん、私には家族がいません
小学生の頃に私がみんなを殺しました…私のせいで家族が死にました」
ゴクッ…と喉を鳴らす
美乃里は節子の反応が怖くて恐る恐る節子を見る
節子 「大丈夫よ、美乃里ちゃん」
節子は優しい眼差しで美乃里を見つめていた
美乃里は大きく頷き話し出す
美乃里 「私はあの日からずっと苦しみが消えなくて…
それでも進まなきゃ、前を向かなければ…
ってここまできました
人並みに恋愛もして、友達も作って…
それでも本当の底の部分は変わらなくて…
いつもぽっかり空いていて、誰かと深く関わることが怖くて…」
美乃里の頬に静かに涙が伝う
節子はうんうんと相槌を打ちながら聞き、
美乃里を優しい眼差しで包み込む
美乃里 「そんな時、SNSで人の悩みを聞いていたら
世の中沢山の人が自分みたいなどん底と戦ってるんだな…って思って最初はその苦しさを共有出来る事が嬉しくて
だけど…聞けば聞くほど私の方が辛いじゃん…って
人を見下してる自分がいて…
それなのに節子さんに会って、あんな形で感謝を伝えられたのは初めてで…
私も…私も救われたいって…本当は私も誰かに救って欲しいって…心の中では思っていて…」
ふぅーっと深呼吸して美乃里は溢れる涙を落ち着かせる
節子はそっとハンカチを差し出す
美乃里 「そんな思いの中で…私の大事な人が殺されて…
私のせいでまた…って
それでも少しづつ前を向けていて
それはある人のおかげだと思うんですが
あの、守さんって方で…
節子さんと警察署でお会いした時に私を連れて来た方です」
節子 「ええ、凄く覚えているわ
私の担当をしてくれていてね、近藤くんよね?
いっぱいわがままを言ってしまってね、凄く困らせちゃったわ」
口元に手を当ててクスクスと笑う節子
美乃里 「そうだったんですね」
美乃里は節子が守の事を良く思っている事が伝わり頬が緩み優しく微笑む
節子 「私なんて近藤くんに、お願いだから
会わせてちょうだい、あの子に会うまで何も話さないわって頑なに言って
はぁー柏木さん、勘弁してくださいよ
なんて頭抱えちゃって
随分困らせたけど…あの子は人の思いが分かる
とても思いやりのある子だって思ったわ
私があんなことしてもね、他の刑事さんは
だからって死のうとするなんて…警察に相談してれば…ってなんか私を責めることばかり言うんだけどね
あの子だけは、暴力によく耐えましたね、早く解放されたかったですよね…って
あら、ごめんね思い出しちゃって…ははっ」
節子は涙ぐみ、手で涙を拭う
美乃里 「素敵な方ですよね」
美乃里は優しく微笑む
節子 「そうよね、もしかして近藤くんと?」
嬉しそうに声を弾ませる節子
美乃里 「はい、あの…節子さんの件でお会いしてから
何かと縁があってたまたま会っていて
そんな中で今回、大事な人が殺されて…その人は私が前にお付き合いしていた方で別れた後もなんだか
友達?とはまたなんか違うんですが…そんな関係が続いてた方で…その事件も守さんが担当していて…
私が入院したり、弱ってる時も側にいてくださって
そこから気にかけて下さり、会う機会も多くなり
守さんの優しさに甘えさせて頂く事も多くて
それで、あの…
あの、好き…だと言われたんですが…」
節子 「キャー」
節子は可愛く声を上げる
節子 「やだ、ごめんなさい
聞いてるこっちがドキドキしちゃって…」
美乃里 「ふふっ、節子さん面白いです」
美乃里は嬉しそうに節子を見て笑う
節子 「美乃里ちゃんも好きなんでしょう?近藤くん」
美乃里 「はい、好きなんです」
美乃里は照れながら微笑む
節子 「だけど美乃里ちゃんの過去が邪魔しちゃうのね」
節子はうーんと考える
美乃里 「きっと、私、守さんのこと凄く好きで
今までの恋愛とは違って、好きだからこそ
私なんかじゃ、もったいないって…守さんにはもっと素敵な人がいるのにって思いもあって…
先日、守さんが好きと言ってくれて
あの…刑事さんだから私が家族を殺したこと…
新聞記事だと思うんですが、少し知っていたみたいで
守さんは過去を責めるような人じゃないと分かってはいたんですが
過去の話しを持ち出されて、急に怖くなって
やっぱり私みたいな人じゃまた大事な人を私のせいで不幸にしてしまうと思ったりして…
同情してるだけでしょって…私のことバカにしてって…
あんなことした人を好きになる訳ないって
守さんのこと突き放してしまったんです…」
美乃里は悲しい表情で遠くを見つめる
美乃里 「それで…考えてるうちに節子さんに会いたくなって…何だか節子さんには話せる気がして…
こんな話しをしに来てしまってすみません
あの、重く捉えないでくださいね
あの、本当に聞いて欲しくて…こんな話し私の人生今まで誰かに悩みとか聞いてもらったことなくて…
説明も下手くそで何か…自分でも何言ってんだって感じで…本当にすみません」
美乃里はあたふたしながら肩を落とす
節子 「美乃里ちゃんも思いやりがあって優しい子よね
あなた達2人、とても似てるわ
似た者同士だからこそ沢山の壁があるのね」
ふふふと微笑む節子
美乃里 「そうなんですか…ね?」
美乃里は首を傾げる
節子 「ふふふ、そうそう似てる」
節子は優しく笑い、お茶を啜ると真剣な顔で美乃里を見る
節子 「あのね、美乃里ちゃん」
美乃里 「はい」
美乃里の背筋がピンッとなる
節子 「1度、考えるのをやめなさい
美乃里ちゃんは頭の中でいつも正しいことを探してる
自分はこうでなきゃ、私のせいだから…って
起きてしまった事が大きすぎて誰かのせいにしなきゃ踏ん張れないのよね…分かるわ…
でもね、それは誰のせいでもないわ、もちろん美乃里ちゃんのせいでもないのよ
誰も責めなくていいの…自分を責めないであげて
起きてしまった事実を受け止めるの
貴方は家族を殺してしまったかもしれないけど
それは理由があったのよね?
まだ小学生の貴方が殺したくて殺したわけじゃないわ
それが真実でそれ以上の事はないの
貴方が自分を責め続けていたら貴方の周りの人達も自分自身を責めていると思うわ
まずは貴方が自分を許して、受け入れなさい
そして少し止まりなさい
ね?」
節子はとても優しく柔らかい笑顔で問いかける
静かに涙を流す美乃里
節子 「そんな事ずっと考えなくていいの
正しくいようとしなくていいの
悩んでいる事があるなら立ち止まりなさい
進まなくていいわ
止まることも、休むことも必要よ
そしたらまた違う何かが見えてくるかもしれないわ
ねっ?美乃里ちゃん、大丈夫、大丈夫よ」
啜り泣く美乃里を優しく抱きしめる節子
節子 「よぉ〜し
今日はおばさん張り切ってご飯作っちゃおうかな
美乃里ちゃん、食べていってね
まだ戻らないなら泊まっていってもいいのよ」
うふふと可愛らしく笑う節子につられて美乃里も笑顔を見せる
美乃里 「節子さん、ありがとうございます」
美乃里は節子に頭を下げる
節子 「私と主人の命の恩人なんだから
それに比べたら全然よ」
ニッコリと笑う節子
節子 「まだまだ心の中を直ぐに切り替えるのは難しいから少しづつ美乃里ちゃんのペースでいけばいいわ」
美乃里 「はい…
節子さん、私も一緒に夕飯作りたいです」
節子 「あら、娘とキッチンに立てるなんて夢のようだわ」
2人は笑い合いながら、他愛も無い話しをしながら
まるで本当の親子のように楽しい一時を過ごした