どうして知っているのですか?
セシリオと共に児童文学コーナーに移動し、私が読んだ本がないか探します。
この世界が前世と違うところ。
それは子供が絵本を必ずしも最初に読むわけではないんですよね。
私は正太郎にも孫にも絵本を読んであげましたが、この世界では絵本は道徳的な教訓が含まれ、学習教材的な役割も果たしているんです。よって絵本=勉強みたいなニュアンスがあるんですよね。何より、文字を習得する年齢が前世より少し遅いところも、子ども=絵本ではない気がするのです。
ということでこの世界で私が文字を習い、初めて読んだ本はありますかね……。
「あ、ありました! 『メアリと妖精の物語』これですね!」
すっと伸ばした私の手に、セシリオの手が重なりました。これにはなんだかドキッとしてしまいます。こんな風に同じ本を取ろうとして、それがきっかけで会話が始まった経験があるからです。
「失礼しました、シェリーヌ公爵令嬢。少し高い棚の本でしたので、届かないと思い、つい手を出してしまいました」
この世界では、男女の体の接触は、避けることが推奨されています。公の場で触れていいのは、婚約者同士――そんな暗黙のルールが、上流階級の間にはあるのです。勿論、ダンスや挨拶は除いて、ですよ。
「大丈夫です。こちらこそ、失礼しました。確かに私では取るのに苦労しそうですので、セシリオ皇太子様、取っていただいてもいいですか?」
「はい、勿論ですよ」
こうして手に取った『メアリと妖精の物語』について説明すると、セシリオは銀色の瞳をキラキラと輝かせ「ぜひ読んでみたくなりました。こちらをわたしにプレゼントしてくださりますか?」と尋ねます。「はい! お任せください」と私は応じて、それをレジへ持っていきます。
ここで支払いを行い、セシリオの本は護衛騎士が馬車へ運び、私が彼からプレゼントされた本はリリーさんが預かってくれました。
「ではシェリーヌ公爵令嬢、そのパンケーキが美味しいと言う二階のカフェに行きますか?」
「ええ、そうしましょう」
「では、エスコートさせていただきますね」
本屋の二階に併設されたカフェに向かう階段を上っているだけなのに。セシリオにエスコートされると、なんだかとんでもなく高級なカフェに行くような気持ちになるから不思議ですね。きっと彼が生まれながらの皇族であり、オーラがあるからでしょう。
二階に着くと、窓から一つ手前の席に座ることにしました。ここは特等席です。窓から適度に距離があるので、窓に並べられたプランターの花も、しっかり見ることができます。時計塔や聖堂の尖塔も程よく見えました。
パンケーキとクロテッドクリーム付きのスコーンと紅茶を頼み終えると、セシリオが私を見て笑顔になります。
「本屋を一緒に散策し、カフェでこうやってシェリーヌ公爵令嬢と向き合う。それだけで幸せな気持ちになりますよ」
「そうですか。そこまで大したことをしたわけではないのですがね……」
「知らない本に沢山出会えましたし、こんな風にデートすることができたらと、ずっと思っていたので」
これにはグラスのお水を飲んでいましたが、むせそうになってしまいます。デ、デぇート。
そんな、デートなんてねぇ!
デートなんて、前世でさえ、そんな。
ちょっと待ってくださいよ。
えーと、この世界ではデートという概念がありましたっけ?と不思議な気持ちになりました。
そこで私はセシリオとの過去の会話を思い出すことになります。ミーチェは若いので、すぐに記憶が甦るので、助かるのですが……。
――「ウィリアム・テルの息子になった心持ちでお願いします」
――「さるかに合戦では、栗は囲炉裏ではじけてサルを苦しめましたが、イガで攻撃でも良かったと思いますよ」
あああああ、どうしてあの時、気が付かなかったのでしょうか。ウィリアム・テルなんて、この世界に存在しませんよ。さるかに合戦の話を、どうしてセシリオが知っているのですか?
どちらも、私の前世で記憶していた偉人と昔話です。
まさかと思いますが、セシリオは……私と同じではないでしょうか。つまり、目覚めたら乙女ゲームの世界にいたということでは……。
これはもうドキドキしながらセシリオを見ます。
私と目が合ったセシリオはニコニコとしているではないですか。