聖地
「シェリーヌ公爵令嬢も、セシリオ皇太子殿下とお幸せになってください。応援しています!」
「え、えーと、ええ、そう……ですねぇ」
無邪気な笑顔でシャールにそう言われてしまいますと、こんな風に答えることしかできません。
シャールの心はガッツリ、ソフィーに向かっています。ですから「別に私ね、セシリオ皇太子様のこと、好きというわけではないんですよ」とシャールに打ち明けたところで、「え、そうなのですか。それならばシェリーヌ公爵令嬢、僕とお付き合いください!」とはならなかったと思うんですよ。
でもなんだか言い出しにくく感じたのは、もしかするとシャールと共に、ソフィーが私を応援してくれている可能性が高いと思ったからです。もしうっかりシャールがソフィーに「え、でもシェリーヌ公爵令嬢は、セシリオ皇太子殿下のことを好きではないと言っていました」なんて口を滑らせてしまったら……。
大変なことになります!
ということでここはシャールの勘違いはそのままで、やり過ごすことにしました。
別にセシリオは私のことなど、隣国の公爵令嬢くらいにしか思っていないでしょうから、色恋沙汰の話題は出ないはず。それに間もなく、母国に戻られるのです。シャールの勘違いもそのまま有耶無耶で終わるでしょう。そして母国に帰国したセシリオには、きっと素敵なお相手が見つかるはずです。ソフィーが婚約するのですから、皇太子にもお相手をとなり、沢山の婚約者候補が名乗りを挙げるでしょう。
「ではシャール、エスコートありがとうございます」
「はい。お気をつけて」
シャールに見送られ、馬車に乗り込み、屋敷へと戻りました。
◇
翌日。
あの裏路地にひっそり佇む、通が好む本屋へと、私はリリーさんと一緒に向かうことになりました。
今日のドレスは、生地がクリームイエローで、身頃は全体的にリバーレースがあしらわれています。セルリアンブルーの別珍のジャケットを合わせましたが、なんだかとても知的な雰囲気になりました。髪は後ろで一本の三つ編みにして、ドレスと同じ、クリームイエローのリボンで留めています。
「なんだか女学生風ですね」と微笑むリリーさんは、若草色のドレスにブラウンのジャケットで、こちらはなんだか女学校の先生のようですね。
建国祭が終わってから、グッと気温が下がり、すっかり冬に突入です。空気はピリッと冷たいのですが、その分、空気が澄んで、青空が広がっています。まさに冬晴れですね。
馬車は順調に進み、あの懐かしの本屋の建物が見えてきました。
既にセシリオは到着しているようで、店の周囲には……一般人を装う護衛騎士が沢山います。みんな荷馬車を止めて、荷物を検品しているフリをしたり、露天商のフリをしたりしていますが、皆様、体躯が見るからに鍛えたものだから! 私には騎士が庶民のフリをしているようにしか見えず、思わず笑みがこぼれてしまいます。
馬車を降り、リリーさんには一階で、店主のテトさんと共に、待機してもらうことになっています。レジにはスツールが二つあり、丁度二人で座れる状態だと聞いていました。セシリオの護衛騎士は、二階に続く階段の下で待機です。
正面の扉には「Close」の札がかかっていますので、裏口に回ります。するとそこには浮浪者がいらっしゃる!と思ったら、それも護衛騎士ですね。
裏口の扉をノックすると、テトさんが笑顔で迎えてくれます。
あの恐ろしいタイドに短剣で刺されたテトさんですが、今ではすっかり元気を取り戻していました。エドマンドがすぐに刺されたテトさんを発見し、病院に運べたことが大きかったと思います。それにこれは私の想像ですが、テトさんは禁忌をおかし、あの時、封筒を開封してしまいました。ですがそのおかげで真相究明に近づくことができたのも事実。
タイドに刺されるという罰を受け、でもその後は、元々テトさんが善人だったからでしょう。命も助かり、術後の経過も良好で、こうして再びお店に立てるようになったのです。ハーパー・ペン出版社からも多額なお見舞金をいただけたそうで、少し傷んでいた建物も、テトさんが入院中に修繕されていました。それに定期的にハーパー・ペン出版社の人気作家のサイン会もテトさんの本屋で行われることになり、もはやこの本屋は、国中の読書家の皆さんの“聖地”になっているようですよ。
聖地。
前世では特別な意味を持つんですよね。2000年代に入ってすぐ、アニメの舞台がファンの方から聖地と呼ばれるようになり、“聖地巡礼”として足を運ぶようになったと聞いています。ふふ。こういう若者の情報も意外と覚えているものですよねぇ。とはいっても、もうこれも古い情報になってしまうのかしらね?
そんなことを思い、中に入ると……。