幸せにしてみせます!
「あ、失礼しました。シェリーヌ公爵令嬢のことを好きだと言った直後に、ソフィー皇女様のことを話題にするなんて」
「いえいえ、間違っていませんよ。むしろ、私を好きだなんて。そんなこと、絶対に他の方に言ってはダメですよ。特にソフィー様が聞いたら、勘違いして、喧嘩の種になってしまいます。それに『好き』ではなく、『好きだった』でしょう?」
「はい、その通りです。僕は……シェリーヌ公爵令嬢が好きでした。あなたが川に飛び込むまでは」
これには「えっ」と固まってしまいますね。
川に飛び込む私を見て、百年の恋も冷めた……というのなら、それは私の下着姿を見て幻滅し、さらには川に無謀にも飛び込んだことに、大変興醒めしたのではないでしょうか。これは……かなりショッキングですね。
私はとっても動揺していますが、逆にシャールは落ち着いた表情で話を続けています。
「自分のことを顧みず、あの高さから川に飛び込んだ理由は、ただ一つですよね? セシリオ皇太子殿下を助けたかった――そうですよね、シェリーヌ公爵令嬢?」
「ええ。そうですよ。私はこう見えて泳ぎはできますからね。しかも川で泳いだこともありましたから、きっと助けられると思ったのです。何しろ、護衛の方は装備も武器もあり、すぐには飛び込めないと思ったの。対して私はワンピースでしたから、すぐに脱げますからね。川は湖や池と違い、流れがあるでしょう。一刻も早く飛び込んで、追いつかないといけない。そう思ったのです」
「そのひたむきな、セシリオ皇太子殿下を助けたいという気持ち。それが何に基づくものかくらい、僕でも分かりました」
これには「……?」となりますが、「まさか」と気づいてしまいます。まさかシャールは、私がセシリオを好きだから、何としても助けたいと思い、川に飛び込んだと思っていませんかね?
「シェリーヌ公爵令嬢が、そこまでセシリオ皇太子殿下を想っているなら、僕に勝ち目はないと思いました。そこで諦めがついたのです」
それは勘違い、なのですが、そこで諦めがついてくれたのは……良かったと思います。だってねぇ、面と向かい、シャールから告白なんてされちゃったら……本当に困ったと思うのですよ。「無理なんです、ごめんなさい」というにしても、理由が思いつきません。ですがシャールはきっと、私がお断りしたら、自分の何がダメだったのかと、思い悩むでしょう。
そうならずに諦めてもらえたのは、ある意味良かったと思うのです。
安堵する私にシャールは話を続けます。
「ソフィー皇女様と二人きりでお茶会をして、共に過ごす時間を持つことで、本を好きという共通の趣味や、興味のあるジャンルが一致していたこと。さらに僕が書いた物語も読んでくれて……。そして面白いと言ってくださいました。それはもう、嬉しくなったのです。気が付けば、僕の頭の中は、ソフィー皇女様でいっぱいになっていました」
女性週刊誌を読んでいましたらね、なんでしたっけ。
男性は別名保存で、女性は上書き保存というそうですよ。
男性はご自身が付き合った女性のことを、一人ずつ、大切に覚えていらっしゃる。勲章のように心の中で並べているとか。ですが女性は終った恋はどんどん忘れて行く。記憶を上書きしていくんですって。これはコンピュータの機能から生まれた概念なんだそうですけど……。
そもそもね、おばあちゃんにコンピュータなんて難しすぎて、よく分かりません。スマホより画面が大きいというのは分かりますが、それ以外は何とも。
多分、上書きというのは、ペンキを重ね塗りするみたいな感じなのでしょう。どんどん塗り重ねて行くから、昔付き合った殿方のことは忘れてしまう。ですが男性は並べて思い出せるから、未練が残ると。
それを踏まえると、シャールは既にソフィーで頭の中がいっぱいなんです。
これは良いことではないでしょうか。私への未練などなく、キッパリスパッリ、ソフィーへ気持ちが向かうことができたのですから。良かったと思います。
「シャール様。失恋の痛手を誤魔化すために、別の令嬢を好きになる――なんて方もいらっしゃると聞いたことがあります。ですがシャール様はそんなことは関係なく、純粋にソフィー様と向き合い、好きになられたと思うのです。それこそ真実の愛に出会えたのだと思います。ぜひお幸せになってください」
そう考えると国王陛下は、人を見る目が本当にあると思いますね。
「ありがとうございます、シェリーヌ公爵令嬢。絶対に僕、ソフィー皇女様のことを幸せにしてみせます」
あらあら。「幸せになります」ではなく、「幸せにしてみせます!」だなんて。こんな風に言える殿方は、そういませんよ。これはもうシャールが立派な大人の男性に、成長したと思えてしまいますね。
これなら大丈夫でしょう。シャールはきっと、ソフィーのことを幸せにできるはずです。