タコさんウィンナーみたいに
シャールにエスコートされ、歩き出すと、リリーさんと従者は距離を空け、後をついてきてくれています。その様子を確認したのでしょうか。シャールはチラッと後ろを見た後に、私に声をかけました。
「シェリーヌ公爵令嬢、事件はひと段落しました。セシリオ皇太子殿下は近日中にターナー帝国へ戻られますよね。……殿下とゆっくりお話しするお約束など、されていますか?」
「まあ、シャール様、何か聞いているのかしら? 実はセシリオ皇太子様から、落ち着いて話をしたいと言われているんですよ。例のあの本屋。テトさんの二階のカフェに、案内しようと思っているの」
「え、資産家老婦人殺害事件でお世話になった、パンケーキの甘い香りが漂うあのカフェですよね!? あ……でもあそこなら確かに、本に集中するか、本について熱い議論をする人しかいないでしょう。シェリーヌ公爵令嬢とセシリオ皇太子殿下が話していても……気づかないでしょうね」
ふふ。シャールは心配してくれていますが、大丈夫です。
だってその日は店休日。
貸し切りにしちゃいましたから。
本屋の貸し切りをした方なんて、前世でもこの世界でもいるのかしらね?
私としてはたまらないですよ。
だってじっくり誰にも邪魔されることなく、本のタイトルを眺めることができるのですから。一階でセシリオとゆっくり本のタイトルを見て、おしゃべりをして、それから二階へ行って。パンケーキとスコーン、両方注文しちゃいますよ。
セシリオもこれにはビックリでしょうね。まさか街の本屋なんて。
でも逆に母国でも街の本屋なんて、セシリオは行ったことがないと思うんです。
ゆったり落ち着いて話せるなら、湖のほとりや森の中も考えましたが、今は冬に向かっていますから。寒いでしょう。皇太子に風邪を引かせるわけにはいきません。それにセシリオは水が苦手ですからね。水に近い場所は避けたいと思いました。
そうなるとレストランやカフェとなりますが……。
高級なレストランやカフェもいいですが、大通りから一本ずれただけで、隠れた名店がある!というのは、前世ではあるあるですよね。そしてそんな場所を、私は偶然にも知ることができたわけです。利用しない手はないということで、選んだわけですね。
ということで実は店休日で貸し切りにしたと話すと、もうシャールは目を丸くして驚いています。
「さすがシェリーヌ公爵令嬢。大胆不敵ですね。貸し切りなら……確かにゆったり本を見ることもできて、楽しそう……。僕もソフィー皇女様と、貸し切りで本屋を見たくなりました」
「ふふ。シャール様、ソフィー様とは趣味があってよかったですね」
私の言葉にシャールの顔が、真っ赤になりました。
タコさんウィンナーみたいに真っ赤になって! 本当に可愛らしいわね。
「シェリーヌ公爵令嬢、す、少し、そちらへ」
歩いていた廊下は中庭に面していました。
そこにはこの廊下でバッタリ出会った知り合いと、立ち話は何ですからと話せるようにしたのでしょうか。丁度いい場所に、ベンチが設置されていました。
木製のベンチに並んで腰かけると、リリーさんとシャールの従者は、少し離れた場所の柱のところで待機してくれています。
「どうしました、シャール様」
するとシャールは何度か深呼吸を繰り返し、そして何かを決心したような、キリッとした顔立ちになりました。そして上体をこちらへ向けます。
これには私も背筋が自然と伸びてしまいますよ。
「シェリーヌ公爵令嬢。僕は……あの春の日にお茶会をした時から、あなたのことが……好きでした」