きっと願いが叶う
「その一方で使役犬のことは、薄々気が付いていたというのです。というのもアップルトン侯爵は実の娘に『この大型犬はみんな、強くて、優秀だ。わしの言うことはなんでも聞いてくれる。お前も何か困ったことがあったら、この犬たちとわしに助けを求めなさい。きっと願いが叶う』と。そこでアップルトン侯爵令嬢は、自身が女学校で生徒会長になりたいと思っているが、ライバルのトワイス伯爵令嬢に負けるかもしれない、負けたくないと、犬と父親に訴えたそうです」
セシリオの言葉には、何とも言えない気持ちになりますね。負けるかどうかなんて、選挙をやってみないと分からなかったのに。もし選挙公約に自身がこれからやろうとしているボランティア活動を書いていたら、アップルトン侯爵令嬢に票を投じたかもしれないのに。
そのアップルトン侯爵令嬢は、口では「負けたくない」と犬たちと父親に言ったものの。それで犬と父親が何かしてくれるとは、本気では思っていませんでした。どうせ犬ですから、何もできないと。ですがそれから数日後、女学校でトワイス伯爵令嬢が犬に襲われ、怪我をしたことを知ると……。
もしかしたら本当に、あの大型犬たちは、私の願いを叶えてくれるのかもしれない……そう、アップルトン侯爵令嬢は思うようになったというのです。
その一方で、一ヵ月も学校を休んだトワイス伯爵令嬢がようやく女学校に登校し、彼女に残る生々しい噛み傷を見て、アップルトン侯爵令嬢は震撼することになります。
「大型犬と父親は自分の味方かもしれないが、安易に助けを求めてはいけない――そう、思ったそうです」
セシリオはそう言って皆の顔を見渡しました。するとシャールがしみじみとした声で呟きます。
「父親がよくないことをしているかもしれない――そう気が付けたのに。結局、自身が誰かを不幸にする願いを言わないようにすると、誓っただけだったのですね……」
まさにその通りですね。そこで「お父様、もうこんな恐ろしいことはしないでください」とは言えなかったのでしょうか。
父親を止めることはなかったアップルトン侯爵令嬢ですが、以降はトワイス伯爵令嬢の分まで、自分が良き生徒会長になると誓い、チャリティーパーティーを女学校のホールで開催したり、救貧院に犬を連れて慰問したり。前世で言うアニマルセラピーの先駆けとなるようなことを、彼女は行いました。
おかげでアップルトン侯爵令嬢の評価は高まり、縁談話も沢山持ち込まれたのですが、父親であるアップルトン侯爵は、首を縦に振りません。なぜなら隣国の王族なり、皇族に、自分の娘を嫁がせたいという野心が、アップルトン侯爵にはあったのです。
「遠縁にターナー帝国に嫁いだ者がいることを思い出し、皇太子が婚約していないことを知り、なんとかお近づきになれないか。画策を始めたと、これはアップルトン侯爵自身が証言しています」
ポマードがそう話すと、ソフィーがこんなことをセシリオに尋ねます。
「大甥のロジャー様の奥方であるフローレンス様。一時、お兄様にしつこく手紙を寄越していましたが、もしかして……」
「その通りだよ、ソフィー。彼女は宝飾品や美しいドレスを次々と買い漁る浪費家として、皆から嫌悪されていた。ロジャー殿もとうの昔に愛想を尽かし、よそに愛人を作られ、フローレンス様のことは、相手にしていなかった。最初の彼女からの手紙を見た瞬間、縁談話の仲介だったから、驚いたよ。以後、彼女からの手紙は、読まずに捨てていた」
セシリオがソフィーにそんな風に話していますが……。温厚なセシリオが、中身を見ずに以後、捨てるということをするなんて。そのフローレンスという方は、相当嫌われているのでしょうね。
「ということは、セシリオ皇太子殿下は、アップルトン侯爵の遠縁にあたるそのフローレンス様から、アップルトン侯爵令嬢との縁談を持ち掛けられていたのですね?」
ポマードの問いに、ウンザリ顔でセシリオは「ええ、そうです。とても迷惑でした」と答えました。
「なるほど。でも殿下は一切無視し、この建国祭に来てからは、しつこくアップルトン侯爵に頼まれ、アップルトン侯爵令嬢とも会われたということですね」
セシリオはポマードの問いに、即答します。