一階はレストラン、二階は……
だが蓋を開ければ、落札したのは、アップルトン侯爵!
ロイド侯爵陣営に伝わっていたのは、実際の入札希望金額より、うんと下の金額でした。そうまでしてその土地を手に入れたアップルトン侯爵は、そこで何をしたかったのか? なんとその土地を墓地にしてしまったのです。
これはロイド侯爵にとって最悪な事態でした。レストランの窓から、葬列に向かう黒衣の人々と棺が見えるなんて、あまり好ましいことではありません。案の定、客足が途絶え、レストランは閑古鳥。結局、レストランで大赤字を生み、ロイド侯爵は商会を一つ失い、借金返済に充てることになりました。レストランも手放すことになります。そのレストランを建物と土地ごと手に入れたのが、アップルトン侯爵でした。
手に入れた建物は、一階はレストラン、二階は違法賭博へと変えてしまったのです。そしてこれを自身は運営することなく、別人に売り払い、多大な利益を得ていました。
「ジョイ伯爵との接点は、伯爵の愛人であるエミリンコであることが分かりました。エミリンコは主役を演じたことはありませんが、オペラ歌手の一人であり、そこそこ人気がありました。そしてアップルトン侯爵は、実はこのまだ二十歳になったばかりのエミリンコを愛人にしようと画策していたようなのです。アップルトン侯爵が楽屋に差し入れた花や宝飾品は記録に残っています」
ポマードの報告にはもうビックリですよ。
女学校の先輩であり、生徒会長であったアップルトン侯爵令嬢の父親が、自身の娘と年齢の変わらない若い娘を、愛人にしようとしていたなんて!
「そして結構、貢いだにも関わらず、エミリンコが選んだのは、ジョイ伯爵です」
ポマードのこの言葉には、その場にいたみんなが苦笑するしかありません。ジョイ伯爵は既婚者とはいえ、まだ二十三歳。年齢的に二十歳のエミリンコがジョイ伯爵を選んだのは仕方のないことでしょう。ただこのエミリンコ、かなりしたたかな女性のようで、他にも五人程愛人がいたというのですから。驚きですね。
なにはともあれ、このことから分かったこと。それはアップルトン侯爵は、ジョイ伯爵を恨んでいました。伯爵もそうですが、エミリンコに対しても「これだけ貢いだのに、ジョイ伯爵を選びやがって」という心境になっていたようです。
結果的にロイド侯爵とジョイ伯爵は、アップルトン侯爵のライバルと、因縁の相手ということが判明しました。そして二人とも、犬による襲撃を受けていたのです。しかも当時の捜査記録から、二人を襲った犬種も判明しており、トワイス伯爵令嬢と私を襲わせようとした犬とも一致しています。
しかも屋敷から押収した書類の中で、使役犬を飼育するための、マニュアルのようなものも発見されました。これらの事実を並べられたアップルトン侯爵は、自身のためだけではなく、他の貴族からも依頼を受け、使役犬を使った襲撃を請け負っていたことを、認めたのです。
直近の襲撃ターゲットとして、私を狙ったことも認めました。さらに自身の膨大な借金の債権者のことも、襲撃する計画を立てていたと、自供したというのです。
「アップルトン侯爵は叩けば叩く程、埃が出そうなので、警備隊員たちは嬉々として取り調べをしていますよ。対して娘であるアップルトン侯爵令嬢は……完全に毒親の犠牲者ですね」
ポマードの言葉にセシリオが頷き、アップルトン侯爵令嬢の聴取結果を教えてくれます。
「アップルトン侯爵令嬢は、女学生時代、救貧院に犬を連れて慰問することを思いつきました。ですがこの時、自身の父親が違法闘犬場を運営していることなど、知らなかったそうです。ただ、自分のために沢山の小型犬を飼ってくれている。でも大型犬に比べると、体が小さく、弱いのか。気づくと、可愛がっていた犬がいなくなっている。メイドに聞くと『ああ、今朝、お亡くなりになっているのを旦那様が見つけ、お嬢様が悲しまないよう、ひっそり処分されていました』と言われていたそうです」
これはヒドイ話ですね。小型犬は闘犬を鍛えるための道具として使われていました。そんな犬を、娘のために飼っているなんて言い方をしていたなんて。しかも違法闘犬場に運んだ小型犬は、病気で亡くなったなどいう嘘で誤魔化していたとは。