もう一度あの甘い蜜を吸いたい
ともかく王都警備隊と秘密諜報部は、アップルトン侯爵の屋敷に踏み込み、そこで多数の使役犬と小型犬を保護することになりました。時を同じくして、侯爵の屋敷から遠く離れた違法闘犬場にも、王都警備隊と秘密諜報部が現れ、飼育員、トレーナー、現場責任者、闘犬を捕らえることになったのです。
一度は感染症で全滅しています。ですが違法闘犬で、莫大な金を得られることを、アップルトン侯爵は知ってしまいました。そこでもう一度あの甘い蜜を吸いたいと再起をかけ、少しずつ、闘犬を育て始めていたのです。そこにまさか、王都警備隊と秘密諜報部が踏み込んでくるなんて。
この出来事は、まさに寝耳に水。アップルトン侯爵は機密書類を破棄したり、隠したりすることもできません。隠し部屋まで暴かれ、書類という書類はごっそり押収され、厳しい取り調べがスタートします。
そこから三日後。
アップルトン侯爵はすべてを白状し、事情を聞かされていたアップルトン侯爵令嬢も、知りうる情報を打ち明けました。
「闘犬については、証拠が山盛りです。ですが使役犬については、どうアップルトン侯爵を追い詰めたのですか?」
そう尋ねたのは、チャコールグレーのウール製のスーツを着たシャールです。ワイン色のタイがとても大人っぽいシャールは、隣の席に座るポマードに尋ねました。
今、私達は、アップルトン侯爵の取り調べの結果を、ポマードから教えてもらっているところなのです。「秘密の庭園」という場所で。
「秘密の庭園」。
それは王宮の一画に存在する、密会にもってこいの、小さな庭園です。周囲を棘のあるピラカンサの茨垣で囲まれており、この庭園には、迂闊に近づくことができません。よってここで、許されない恋を育む男女が逢引きしていた……という言い伝えがあるそうですが、今は違います。
アイアン製の丸テーブルと椅子が用意され、真っ白なテーブルクロスが敷かれ、そこにはティーセットとお菓子がズラリと並べられています。そこに着席しているのは、セシリオ、ソフィー、シャール、ポマード、私です。実はエドマンドは少し離れた場所にいます。見習い騎士ですが、来賓の護衛という名目で、先輩騎士と共に周囲の警戒に当たってくれていたのです。
王宮の一画という、最も警備の厳しい場所。それでも護衛がつくのは、やはりセシリオがいるからですね。
「使役犬を飼育していたことが判明したのは、セシリオ皇太子殿下の指示で動いた結果です」
そうポマードが答え、セシリオを見ます。
すると「そうですね」とセシリオが頷き、どんな指示を出したかを語りました。つまり、過去に犬による襲撃を受けたことがある、ロイド侯爵とジョイ伯爵。この二人とアップルトン侯爵の関係を調べるよう、セシリオはポマード……王都警備隊に依頼をしていたのです。
まずポマードは、犬の襲撃で怪我を負ってしまい、ロイド侯爵本人が参加できなかった競売は何であったのか。それを確認しました。その結果、それは、差押さえとなった土地や建物の競売であったことが判明します。
「ロイド侯爵の代理で、競売に参加した男性と最後まで競っていたのが、アップルトン侯爵です。彼らが手に入れようとしていた土地は、ロイド侯爵が経営するレストランの目の前にありました。レストランには馬車を止めるためのスペースがなく、お客さんに不便を強いていたようです。そこで馬車を待機させる場所を確保しようと、その土地が競売に出ると知ると、入札に参加したのですが……」
ポマードが説明をすると、既に本件の情報を把握済みのセシリオが、恐ろしい結果を教えてくれました。
「アップルトン侯爵は、自身とは無関係と思われる第三者を利用し、自身の入札希望金額が、ロイド侯爵に伝わるようにしたのです。つまり、その土地をいくらで購入するつもりか、お酒の席でうっかり侯爵が話してしまった――ということにして、その第三者がロイド侯爵の秘書に聞かせました。そこで語られた金額は、実にリアリティがあるもの。ロイド侯爵の代理人は、その情報を信じてしまいます。入札希望金額を、アップルトン侯爵よりやや高めに設定、入札用紙に記入し、提出していました」