何のことでしょう?
「シェリーヌ公爵令嬢、ポマード隊員。おかげで実に有意義な話をすることができました。そろそろ時間も時間ですので、解散としましょう。と言ってもポマード隊員の仕事を増やしてしまった気がするのですが」
セシリオが優雅に笑うと、ポマードは「自分はこの仕事が楽しくて仕方ないので、問題ありません!」なんてキリッとした表情で応じています。
王都警備隊なんて二十四時間稼働で、相手にするのは庶民から貴族までと幅広く、持ち込まれる相談事と事件も多種多様。本当に激務で大変だと思います。それでもポマードが嬉々として頑張っているのは……彼は正義感が強いからでしょう。
元ギャングの息子で正義感が強いなんて。でも息子の行動に触発され、ブラック氏は違法な仕事からも足を洗ったのです。今ではブラック氏は街の名士として知られ、王都警備隊の捜査にもよく協力しているとのこと。おかげで王都にはこびっていた悪人は、一時綺麗に消えたようなのですが……。
それでも後から次々に悪者が現れるわけです。
ただ今回のアップルトン侯爵。私達の予想が正しければ、よっぽどの悪党です。何せ悪知恵が働くのですから。犬を使った襲撃は、自分達とは無関係と逃げ切ることだってできます。犬の習性を利用したそんなあくどい方法、許してはならないでしょう。
「では参りましょうか、シェリーヌ公爵令嬢」
セシリオが私の手を取り、椅子から立ち上がるのを手伝ってくれます。ここまでしていただかなくても、肉体はまだ十九歳ですからね、足腰も元気です。一人で立てるのですが、この世界のレディを敬う慣習に申し訳ないやら、嬉しいやら。
「!」
なんだかポマードが泣きそうな顔になっていますが……。
ああ、そうでしたね。
紳士はレディをエスコートできることを、栄誉と考えます。ですがここに今、そのレディは私しかいないわけで……。
もう、ポマードったら。
もう王都警備隊の隊員の一人なのだから、しゃんとしなさい!と言いたくなるのを堪え、目だけで合図を送ります。するとポマードはハッとして真面目な顔になり、セシリオにエスコートされる私の後ろに続きました。
こうして食堂を出て、宿の入口でポマードとは別れ、私はセシリオと共に馬車に乗りこみます。対面の席に座ったセシリオは……足が長いですね。
「では向かってくれ」とセシリオが声をかけると、ゆっくり馬車が動き出します。
本来護衛の騎士が一人は同乗するそうですが、馬車の左右に並走させることにして、車内は私とセシリオの二人きりでした。どうしてそうしたのか。それはこの話を聞くことで理解しました。
「シェリーヌ公爵令嬢」
「はい、何でしょうか」
「ニュースペーパーや雑誌などの記者には、国王陛下経由で通達を出していただきました」
これには「?」です。何のことでしょう。
「シェリーヌ公爵令嬢は、川で泳ぎやすくするため、着ていたワンピースを脱ぎ、下着姿で飛び込まれましたよね」
「あ……」
「勇気ある行動です。これを面白おかしく記事にしたり、下着姿うんぬんを記事にしたら……。我が国から正式に抗議し、その新聞社や雑誌社は潰すことになっています」
これにはもうビックリ!
前世でしたら「言論の自由が~」と怒られてしまいそうです。そして下着の件は、確かに恥ずかしいですが、新聞社や雑誌社まで潰すなんて、とは思ってしまいます。勿論、変な記事を書かなければ、潰されるわけではありませんが。
裸ではなく、下着姿なのですから、そこまで……と思ってしまうのは、前世では水着が存在していたからですかね。こちらの世界では水着がないため、下着姿を晒すなんて、ショーガールではないのだから、破廉恥!となってしまうのです。
ただ、そこまでして私の名誉を守ろうとしてくれるセシリオには、感謝ですよね。そこはきちんとお伝えしておかないと。
「セシリオ殿下、お気遣いいただきありがとうございます。そこまで言われれば、さすがにどこも記事に私の下着のことは触れないでしょう。……むしろ殿下には、下着姿の私を運んでいただくことになり、申し訳ありません」
「そんな、どうして! シェリーヌ公爵令嬢は、何も悪くないのですから。どう伝えたら、どれだけ言葉を重ねたら、わたしのこの気持ちが伝わるのでしょうか」
「まあ、大袈裟ですよ、セシリオ殿下! お気持ちはよ~く伝わっていますわ!」
これにはセシリオはため息をつき、そして皇女であるソフィーが教えてくれたことを、話しだしました。そう、川に落ち、剣が岩にはまってしまい、動けなくなった時。本当はとても困り、パニックになりかけたことを。
「あの時、シェリーヌ公爵令嬢が来てくださり、わたしは幸運だったと思います。……あなただから打ち明けます」
突然、セシリオが視線を床に落とし、そして――。
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