そうっすか!
「……そういった意味でわたしは、アップルトン侯爵親子にとって、喉から手が出る程、手に入れたい結婚相手だったのかもしれませんね」
セシリオの言葉に、納得することになります。アップルトン侯爵令嬢が生徒会長だった時。例えそれが犬による襲撃事件を経て生徒会長になっていたとしても。女学校では彼女の発案で様々な施策が実施されました。
チャリティーパーティーを女学校のホールで開催したり、救貧院に犬を連れて慰問したり。前世で言うアニマルセラピーの先駆けとなるようなことまで行っていました。これらの活動は理事長からも表彰されていたはずです。
つまりアップルトン侯爵令嬢は私の中の印象では聡明で立派な女学生でした。クラベンリージュースを私にかけるような人物には、思えなかったのです。ですが今、セシリオが教えてくれた話により、理解できました。
父親が作った借金で、アップルトン侯爵令嬢は、崖っぷちだったわけです。どうしてもセシリオの婚約者の座を射止めたくて、必死だったのでしょう。だからこそ、執拗にセシリオを追い回し、邪魔者と感じた私を排除しようとした。そうなると犬襲撃事件の黒幕はアップルトン侯爵令嬢とその父親という気がしてしまいますね。
そこでハッとします。
救貧院に犬を連れて行っていましたが、あの犬たちはどうしたのでしょうか?
どこから連れて来た犬だったのでしょう? もしかして……。
「セシリオ殿下、ポマード、聞いてください。重要なことを思い出しました」
そこで私は救貧院の件を話しました。そして思いついた一つの可能性を口にします。
「救貧院に連れて行っていた犬は、七匹くらいいたと思うのです。もしかするとアップルトン侯爵令嬢の屋敷では、沢山の犬を飼っていたのではないでしょうか。つまり、犬襲撃事件に使われた犬は、アップルトン侯爵令嬢の屋敷で飼われている犬だった……とか?」
セシリオは「なるほど」と頷き、食事を終えたポマードが珈琲を飲みながら私に尋ねます。
「そう言われると、女学校の奴らが犬を連れて歩いているのを見たな……失礼しました! つい寛いでしまいました」
立ち上がったポマードが頭を下げ、謝罪すると、セシリオは笑いながら「大丈夫ですよ」と応じます。
「同年代なのですから。むしろカジュアルでいただけた方が話しやすいですよ」
「そうっすか!」「ポマード!」「すみません!」
ポマードと私のやりとりにセシリオはクスクス笑い、そして「それでポマード隊員、何を話すおつもりだったのですか?」と尋ねます。するとポマードは背筋をピンと伸ばし、表情を引き締めました。
「女学校の生徒が犬を連れているのを見たことがあります。ですがその時連れていた犬は、小型犬ばかりでした」
そう言われると確かにそうでした。過去の事件も私についても、襲撃してきたのは大型犬です。そうなると私のこの気づきはハズレね。そう思ったのですが、セシリオはこう言ってくれたのです。
「小型犬も飼っていた、ということかもしれません。それに大型犬を犯罪で使っていたなら、犯罪時以外に連れ出さないと思います。むしろ大型犬を飼っていることは、隠そうした可能性もあるのではないですか?」
これにはポマードは「おお、なるほど」と頷いています。さらにセシリオは分析しました。
「大型犬を飼っていることは、完全に隠し切ることはできないでしょう。一切鳴かせないことはできないでしょうし、匂いもあると思います。そこで大型犬を飼っていることをカモフラージュするため、小型犬を多頭飼いしていたのかもしれません」
ポマードと私はもうコクコクと頷き、この考えを支持します。
「アップルトン侯爵の屋敷を調べる価値はあると思います。ポマード隊員、明日以降で構いませんので、対応いただけますか?」
「賜りました!」とポマードは元気よく返事をして、私はなんだか嬉しい気持ちになります。セシリオは私の気付きに自身の推察を加え、ポマードにアップルトン侯爵令嬢の屋敷の捜査を取り付けてくれたのです。できれば、何か証拠が見つかるといいのですが……。
ですがそうなると、犬を使った犯罪組織は存在しない、もしくはその犯罪組織を有していたのが、アップルトン侯爵令嬢の父親になる可能性もあります。そして過去の犬の襲撃事件を踏まえると、手慣れた様子に感じられました。そうなるとかなり前から、犬を使いライバルを蹴落としたり、失墜させたりする行為を行ってきたように思えてしまいます。
アップルトン侯爵令嬢も父親がそういった悪に手を染めていたことをずっと知っていたのでしょうか? でも知っていて、生徒会長として慈善活動を提案し、実施するなんて、できるでしょうか。カモフラージュに小型犬が使われていると知りながら、救貧院に連れて行くなんて……。