犯人像
「ポマード隊員の調査結果は、実に有益だと思っています。おかげでわたしの中で一人の犯人像が浮かびました」
これには、パクパクと肉料理を口に運んでいたポマードの手が止まります。私もカップをソーサーに置くことになりました。なんとなく、私も一人の人物が浮かんでいます。ですがまさかという思いの方が強かったのです。ですが……。
「ロイド侯爵とジョイ伯爵については、アップルトン侯爵との関連を調べてみてください」
想像していた通りですね。私はある意味、納得ですが、ポマードは「アップルトン侯爵……?」と呟いています。ポマードの反応を見たセシリオは、なぜアップルトン侯爵の名を出したのか、その説明を始めました。
「トワイス伯爵令嬢の件で、アップルトン侯爵令嬢の名前が出た時、ピンときました。トワイス伯爵令嬢が怪我を負うことで、アップルトン侯爵令嬢は、生徒会長になることができたのです。その怪我は当時、偶然の事故に思われたかもしれません。ですが実際は、違います。仕組まれたことだと思うのです。生徒会長になりたかったアップルトン侯爵令嬢が、父親に頼んだのではないでしょうか」
そこでセシリオは、ポマードに尋ねます。
「ポマード隊員は、アップルトン侯爵令嬢が、シェリーヌ公爵令嬢にわざとジュースをかけた件は、お聞きになっていますか?」
「! 聞いていません。自分は任務があり、ここ数日、シェリーヌ公爵令嬢とは挨拶するくらいしか顔を合わせていませんから」
そこでセシリオは、建国祭記念舞踏会で起きたことを説明しました。
これを聞いたポマードは、ナイフとフォークを持つ手を怒りで震わせます。
「なんでシェリーヌ嬢にそんなことをするんだよ! ……その女の顔面に、馬の糞をぶつけてやりたい」「ポマード!」
怒り心頭になると、ポマードは不良時代の顔を覗かせるので、大変です。
ひとまず落ち着くよう、目で合図を送りました。
ポマードはしゅんとうなだれ、セシリオはこの様子を見てクスクス笑い、自身とアップルトン侯爵令嬢との因縁を説明します。さらになぜ私を狙ったのかも。
「なるほど。舞踏会に、殿下とシェリーヌ嬢が一緒にいたことで、嫉妬したんだな、その憎たらしい……」「ポマード、ちゃんとお名前を呼んであげてくださいよ」「はい」
再び怒り出しそうなポマードを牽制すると、セシリオがまた笑いを噛み殺しています。
何はともあれ、これでポマードも、アップルトン侯爵令嬢がセシリオの婚約者になりたいと願っており、しつこくつきまっていると、知ることになりました。そしてセシリオと一緒にいた私に、敵対心を剥き出しにして、ジュースをかけたのだと、理解したわけですね。
確かにトワイス伯爵令嬢への犬の襲撃により、アップルトン侯爵令嬢が得をする構図は成立します。勿論、私は自ら川に飛び込んだので、思惑通りにはいっていません。ですが成功していれば、私が消え、セシリオのそばにいる令嬢を、排除できたことになります。
その一方でロイド侯爵とジョイ伯爵については、もし親子が関連していたとしても、アップルトン侯爵令嬢が得をしたようには思えません。どちらかというと彼女の父親が、なんらかの利益を得たように思えてしまいます。だからこそセシリオもアップルトン侯爵との関連を調べるよう、ポマードに伝えたのでしょう。
もし本当にロイド侯爵、ジョイ伯爵、トワイス伯爵令嬢、そして私の四人が犬に襲われたことで、アップルトン侯爵とその娘がメリットを得ているのなら。この親子が犬に襲撃をするよう、犯罪組織に依頼した可能性が高くなります。
さらにセシリオは自身の部下を使い、アップルトン侯爵令嬢について、調べた結果を教えてくれました。それは驚きの事実です。
「アップルトン侯爵令嬢の父親は、手掛けている事業で大きな失敗をしていました。そこで出た損失を補うため、どうやら違法賭博に手を出したようなのです。最初は勝ち続け、この調子でいけば、借金返済ができると思ったようで、大きな賭けに出た結果。さらに借金が増えてしまいました」
これは……悲惨な話ですね。貴族と言えど、没落とは無縁ではいられません。違法賭博は、この国では重い刑に処されるはずです。どうしてそこで手を出してしまったのでしょう。悔やんでも悔やみきれない事態です。
「こうなると未婚で婚約者がいない娘を有力な貴族に嫁がせ、多額の支度金や結婚相手の援助を期待していた節があります。……そういった意味でわたしは、アップルトン侯爵親子にとって、喉から手が出る程、手に入れたい結婚相手だったのかもしれませんね」