思い出したこと
「犬を訓練し、その犬を使い、特定の人物へ嫌がらせを行うことを商売にしている犯罪組織があるのかもしれませんね。ジョイ伯爵は愛人といることがバレ、それはニュースペーパーに載ることになり、彼の名誉は失墜したと思います。ロイド侯爵も商会を一つ失いました。トワイス伯爵令嬢は……彼女自身が大怪我を負いましたから――」
そんな犯罪組織があるなんて!と驚きましたが、大変重要なことを思い出しました。そこで私は「待ってください」と声をあげたのです。
「トワイス伯爵令嬢は私の通っていた女学校の一学年上の先輩です。犬に襲われた件は当時、学校ではニュースとなり、教師から野良犬に注意するようにと言われました。そして思い出したことがあります」
その場にいた全員の視線が集中し、少し緊張しながら話を進めることになります。
「トワイス伯爵令嬢は、生徒会長に立候補する予定でした。ですがその怪我があり、立候補は見送ることになったのです。そしてその年、トワイス伯爵令嬢以外で、生徒会長に立候補していたのがアップルトン侯爵令嬢でした。対抗馬がいませんでしたので、アップルトン侯爵令嬢の信任投票が行われ、結果、彼女が生徒会長になった――という経緯があります」
これを聞いたセシリオは「なるほど」と頷き、「ありがとうございます、シェリーヌ公爵令嬢」と応じました。
「今の話から、犬に襲われた人物は全員、名誉を失ったり、事業に失敗したり、学生生活での活躍の場を奪われています。さらに今回、新たな被害者がシェリーヌ公爵令嬢です。わたしの妨害と、シェリーヌ公爵令嬢自身が泳ぐことができたため、犯人の目論見通りにはいかなかったと思います。ですがもし、うまくいっていたら……」
そこでセシリオは大きく息をはき、話を続けます。
「多くの令嬢が、通常は泳ぐことなどできないでしょう。あのまま服を着た状態で川に落ちていれば、溺れ死んだ可能性があります。もしそれが犯人の目的であるならば……わたしはその犯人を許さないでしょう」
この言葉を受け、ポマードが口を開きます。
「シェリーヌ公爵令嬢の件を含めると、現状、串焼きのタレを使った犬による襲撃事件は、四件起きています。犬を使った犯罪組織に、別々の人物が依頼した結果なのか。それとも同一人物がすべてを依頼したのか。引き続き、四つの事件を検証してみようと思います」
これを受けセシリオは「ぜひお願いします」と告げ、皆の様子を確認しました。会話をしながら、でしたが、皆、既に食事を終えています。
「では食事が終わっているようなので、今日の所はこれで解散としましょう。シャール殿、皇女のことを宮殿までエスコートいただいてもよいでしょうか?」
セシリオに問われたシャールは、一瞬私を見たのですが、友好国の皇太子からのお願い、しかも皇女を送り届けて欲しいという依頼に対し、「ノー」の選択肢はありえないでしょう。シャールもそれは分かっているようで「賜りました」と返事をして、ソフィーに声をかけます。
一方で、ポマードと私に対し、セシリオは意外な提案をしました。
「ポマード隊員はよく頑張ってくれています。きっとこれを調べるため、夕食を召し上がっていないと思うのです。よろしければ食事を召し上がってから、お戻りください。どこかへ知らせる必要があれば、わたしから説明させていただきます。ターナー帝国の皇太子であるセシリオが、ポマード隊員のことを引き留めたと」
これまた王都警備隊の人が聞いたら、腰を抜かしそうですね。
こちらもまた、誰も文句など言えないでしょう。ポマード自身、この言葉を聞いて、お腹を鳴らし、皆の笑いを誘っています。
「こちらのポマード隊員とシェリーヌ公爵令嬢は、お知り合いなのでは?」
「はい、その通りです。通っていた女学校と、ポマードの通っていた王立リットモンダー学園は、敷地が隣でした。そこで偶然知り合うことになり、仲良くしてだいています。シャールとポマード、もう一人、騎士を目指すエドマンドがいまして、仲良し四人組です」
「そうですか。ではシェリーヌ公爵令嬢も、もう一杯だけ紅茶をお付き合いいただけますか? お疲れのところ申し訳ないのですが。わたしはポマード隊員とは今日がはじめましてなので」
セシリオの提案には「勿論です!」と応じることになります。
こうしてシャールとソフィーは退席し、代わりにポマードが着席すると、すぐに料理が運ばれてきます。ポマードの口からはもう涎が垂れそうです。さらにセシリオと私の前には、紅茶のお代わりとフルーツの盛り合わせが届きました。宿の従業員さんは、素晴らしい仕事ぶりを披露してくれていますね。
こうしてポマードは遅い夕食を食べ始め、私は紅茶をいただきます。
セシリオは、ポマードと私を残した理由について、説明を始めました。