三つの事件
セシリオの言葉にシャールが反応します。そして疑問を提起しました。
「もしやその大型犬は、ワンピースについた串焼きのタレだけに反応するよう、訓練されていた可能性がある、ということですか?」
「ええ。その可能性が考えられます。ワンピースについているタレについて分析することになりました」
これには「なぜ?」という疑問が浮かびます。
なぜ特定の「タレ」に反応させることにしたのでしょうか。
その疑問解消につながるかもしれない情報をもたらしてくれたのは、なんとポマードです! 私達が食事をしている食堂に飛び込んできたポマードは、キリッと敬礼をしてから、セシリオに近づきました。まずは耳元で何か囁き、それを聞いたセシリオは「なるほど……」と唸り、「皆に聞こえるように話していただいて構いません」と言ったのです。
するとポマードは私とシャールを順番に見て、ニッと笑顔を見せました。
どうやら核心に近づく情報を得たようです。
「王都警備隊の保管庫では、過去の事件をまとめた事件簿が集められています。その中で、直近の犬による傷害事件を調べてみたのです。するといくつか事件が発見されました。詳細はこの資料にありますが、ざっとお伝えすると、三件事件が起きていたのです。一つは王都で行われる秋の収穫祭、冬のニューイヤーイベント、春の花まつり」
秋の収穫祭で犬に襲われることになったのは、ジョイ伯爵という方です。突然、犬に襲われ、転倒することになりましたが、特に怪我はありませんでした。犬はそばにいた従者により追い払われ、消息は不明。そしてこのジョイ伯爵については、皆の記憶にある人物でした。
というのも彼は犬に襲われたことよりも、犬に襲われたことで注目を集め、なんと愛人といることがバレてしまったのです。それはニュースペーパーにも載っていました。五年前の出来事でしょうか。
冬のニューイヤーイベントでは、ロイド侯爵が犬に襲われ、遊歩道から河川敷に転がり落ち、ろっ骨を骨折しています。犬はそのまま逃走。ロイド侯爵はその怪我が原因で、年明けに予定されていた競売に出席できず、部下を派遣しましたが、うまくいかなかったそうです。結局、その時の失敗がたたり、一つの商会を失うことになりました。
ロイド侯爵はよほどその件が悔しかったようです。事件の記録簿に、犬に襲われたせいでこれだけひどい目に遭ったと、追記することを依頼し、それは受理されました。おかげで事件後、彼を襲った不幸=商会を失ったことを知ることができたのです。
春の花まつりでは、トワイス伯爵令嬢が犬に襲われています。
彼女は犬に驚き、転倒。額を切る怪我を負い、さらに犬にも噛まれています。その犬は、その場にいたトワイス伯爵令嬢を護衛していた兵により、排除されました。
トワイス伯爵令嬢と言えば、女学校の先輩です。一学年上で、彼女の怪我は教師からも伝えられました。その時、野良犬に注意するようにと言われたことが記憶にあります。
「なぜ彼らは、犬に襲われることになったのでしょうか。その原因は、シェリーヌ公爵令嬢の一件と合致しているのです。三人とも、祭りやイベントの参加中に犬に襲われていました。そして犬に襲われる直前に酔っ払いとぶつかっています。そしてその酔っ払いが持っていて串焼きのタレが服に付いてしまったのです。その直後に犬に襲われていました」
ポマードが元気よく報告してくれました。
犬は空腹であり、タレの匂いに誘われ、彼らを襲うことになったのです。しかも怪我人は出ましたが、死亡した人はいません。ゆえに大事にならなかったのです。ジョイ伯爵はニュースペーパーに載りましたが、それは犬に襲われたことより、愛人の件で大騒ぎになっただけ。というのもその愛人が、著名なオペラ歌手であり、歌姫だったからです。
今回ポマードが調べてくれましたが、もしポマードが調べなければ、この三件の事件に共通項――串焼きのタレが原因で起きた事件だとは、誰も気が付かずに終わったでしょう。
ここはもう、ポマードがドヤ顔になるのは当然でした。
この話を聞いたセシリオはこんな推測を立てます。