本当に仲良し兄妹
町宿のロビーですからね、そこまで広くありません。
セシリオの護衛騎士以外にも、沢山の騎士と王都警備隊の隊員が集結していました。そこにはエドマンドやポマードの姿もあるんですから! 思わず手を振ると、二人は頬を赤くしたり、耳を赤くしたり。
そしてセシリオとシャールの姿が見えてきます。
シャールはどうしたのでしょうか。目元が腫れており、鼻の頭も赤いですね。
セシリオは川に落ち、私はその後を追って飛び込んだのです。驚いたでしょうし、心配して涙を流したのかもしれません。これは……悪いことをしましたね。シャールをぎゅっと抱きしめたくなります。
一方のセシリオは、白シャツに黒の上衣とお揃いのズボンに着替えていました。そしてアイスブルーの美しい髪の様子が、なんだかいつもと違って見えます。これは……ああ、前髪の分け目が違うのですね。髪型の変化も加わり、キリリとした表情で、そばにいる騎士と話している様子は……。彼が皇太子であり、部下に指示を出す立場の方であるとよく分かります。
「シェリーヌ公爵令嬢、ソフィー!」
階段から降りてくる私達に気が付いたセシリオが、騎士との会話をやめ、駆け寄ります。
「お兄様! シェリーヌ公爵令嬢、怪我もなく問題ないそうです!」
「ああ、本当だね。ありがとう、ソフィー。君がシェリーヌ公爵令嬢を温めてくれたおかげだ」
ハグをする二人は、本当に仲良し兄妹ですね。
私はシャールに「心配をかけてごめんなさいね」と声を掛けます。シャールの目には、じわっと涙が溢れますが、それを堪え、そして「ご無事で何よりです」と声を絞り出しました。
「シェリーヌ公爵令嬢!」
一歩前に出たセシリオが、私の右手を自身の両手で握りしめると、その場でいきなり片膝をつき、跪きました。当然ですが驚いていると、セシリオは……。
「意識が回復し、本当によかったです。わたしを助け、シェリーヌ公爵令嬢が命を落とすようなことがあったら……。わたしは悔やんでも悔やみきれません。ご無事でよかったです。そしてわたしを助けてくださり、ありがとうございます」
友好国の皇太子であるセシリオがこんな風に跪いて御礼を口にするなんて!
なんだか申し訳なくなってしまいます。ここは早く立ち上がってもらえるよう、セシリオに声を掛けました。
「腕力もなく、運動ができるわけでもないのに。無謀にも皇太子様を助けようとするなんて。結局、最後はセシリオ皇太子様に助けていただくことになりました。こちらこそ本当に、ありがとうございます」
私のこの言葉を聞くと、セシリオは「そんなことはありませんよ。あそこまでできただけでも、立派です」と力強く言ってくださいました。そして私の手を握り締めたまま立ち上がり、こんな提案をしました。
「シェリーヌ公爵令嬢、こちらの宿の食堂で夕食を用意いただいています。食欲があるようでしたら、そちらを召し上がっていただき、もし軽食がよければ、フルーツやサンドイッチを用意させますが……」
「ありがとうございます! 今の言葉で猛烈にお腹が空いてしまいました。ぜひ食堂へ案内いただけませんか。がっつり食べたいです!」
本当に不思議なことですが、意識が別のところに向いていると、食欲を忘れてしまうんです。人間の本能は生きることでしょう。生きるために食べるは基本だと思うんです。それなのに意識が食に向いていないと、すっかり食欲を忘れてしまうんですよ。でもね、お腹は本当は空いているんです。今みたいにさりげなく食の話題を出されると……思い出してしまいます。「そうだ、夕ご飯を食べていないですね!」って。
私の答えを受け、セシリオはテキパキと騎士に指示を出します。こうして一部の騎士と王都警備隊の隊員は宿を出て行き、一部はロビーで待機、残りは一緒に食堂へ来るようです。
エドマンドとポマードは、どうかしら? 一緒に食堂に来る……?
残念ながら、二人は先輩たちと共に、宿を出て行ってしまいます。
一方セシリオはそのまま握っていた私の手をエスコートし、食堂へ向け、歩き出しました。