真似は絶対にしないでください
それはもう一瞬の出来事。
大型犬はセシリオに襲い掛かるようにして、そのまま欄干を飛び越え、彼共々川へと落ちて行ったのです。
これを見た私はすぐに起き上がり、ワンピースを脱いで下着姿になると、もう無我夢中で、川へ飛び込みます。護衛騎士は装備があり、武器も持っていますから、すぐに飛び込むことはできないでしょう。ここは私が助けるしかない――そう瞬時に判断していました。
王侯貴族がレジャーで水泳を楽しむことはありません。水着だって存在していませんから。海は眺め、日光浴をする場所。セシリオは泳げないと思ったのです。
ドボンと飛び込み、川の冷たさに「ああ、今が秋であることを忘れていましたよ!」と思いますが、すぐに体勢を整え、セシリオを探します。
こう見えてね、私は前世で水泳が得意だったんですよ。
しかも川や池で泳ぐことも割と当たり前な、自然豊かな環境で育ったのです。勿論、やみくもに泳いでいたわけでありません。水深や速度や地形を考え、泳ぐわけで、こんなふうに飛び込んだりはしませんが、今は緊急事態です。
しかもまだ十代と若いですから、なんとかなっています。
ただし、これは正解ではないですからね。真似は絶対にしないでくださいと思いながら……。
「!」
セシリオは顔を川から出しながら、あれは……そう言えば彼も剣を帯びていました。邪魔なのでしょう。それを外そうして、うまく外せず、溺れかけているように思えました。
急いでセシリオの方へ向かいます。
頭上では花火の打ち上げ続いており、おかげでそれが明かり代わりになっていました。
ドボン、ドボンと続けざまに音がして、護衛騎士たちも川に飛び込んできたことが分かります。橋の上でも騒然とした様子が伝わってきて、皆、救助のために動いてくれていると思いました。
「セシリオ殿下!」
この状況で声を出すのは一苦労ですが、声掛けは気持ちを落ち着ける第一歩です。
「シェリーヌ公爵令嬢、どうして……!」
「セシリオ殿下は泳げませんよね」
「泳げます」「えっ」
これには恥ずかしさで消えたい思いになります。
セシリオは花火に照らされた私の困り顔を見て、こう教えてくれました。
「皇族は暗殺の危機にさらされることもあるので、水泳は万が一で生き延びるために習っています。……これはやり過ぎと思うのですが、冬の氷の張った湖でも泳がされますから」
「そうだったのですね……」
徐々にセシリオとの距離が近づきます。
冬の氷の張った湖と聞いたことで、川の冷たさを嫌でも認識してしまいますね。
そうしているうちにもセシリオに手が届く距離になり、彼の手が私を捉えました。
そこでおかしいと気づいたのです。
川の流れがあるのに、セシリオは流されていないと。
「セシリオ殿下、どうして流されていないのですか?」
「それが……どうやら剣が岩と岩の間に挟まってしまったようで」
「それで先程から顔を水面に出しながら、剣を外そうとされているのですね!?」
「そうです」
これは由々しき事態です。
花火が打ちあがっているとはいえ、暗いですからね。うまく外せないのでしょう。
「セシリオ殿下、私のことを捕まえていてください」
「!」
「私が潜って外します!」
「そんな」
「緊急事態ですから! 護衛騎士が間に合えば、私は岸を目指しますから」
セシリオは「無理をなさらないでください」と言い、会話は終わりました。
呼吸を整え、セシリオは私が流されないよう、しっかり掴んでくれているのを確認すると、一気に潜り込みます。
ゴボゴボと暗い川の中に潜ると、本能的に恐怖を覚えますが、すぐに剣を吊るしているベルトを掴みました。川が冷たいので、うまく力が入りません。それでもしばらく手を必死に動かし……外れました!
ザバーッと顔を水面に出した時、護衛騎士がすぐそこまで来てくれています。
「殿下、大丈夫ですか!」
「ああ、大丈夫だ!」
そう答えているそばから流されています。
「殿下、こちらを!」
川岸から警備隊員が、浮き輪が投げてくれようとしています。
それに気づき、セシリオは岸を目指し、私を掴みながら、移動してくれました。
冬の氷の張った湖で泳いだ経験があるセシリオは、既に震えが始まっている私と違い、問題なく泳げていました。護衛騎士も私達を追うように、岸の方へと移動しています。
急激な体温の低下と無理がたたったのか、次第に意識が朦朧としてきていました。
私が助けるしかない、体は若いからいける、なんて無茶をしてしまいましたね。
「シェリーヌ公爵令嬢、しっかりしてください。間もなく岸ですから!」
返事をしたいのですが、震えもあり、声を出せません。
ただ、意識を失えば、セシリオに迷惑をかけると思い、必死に頷きました。
そして浮き輪につかまり、なんとか川から這い出ると同時に、私は力尽きてしまったのです。