タンポポの丸い綿毛のような
よし、ってね、ガッツポーズしたくなります。
あらあら、つい本当にガッツポーズしちゃいましたよ。
「!」
私を見てセシリオがクスクス笑っています。
なんでしょうかね。
こんな風に私、よくセシリオが笑うのを見ています。
そうなる原因は……ついおっちょこちょいの私が出てしまって、それをセシリオが見ているから……だと思うのです。どうしてこう、セシリオの前では素の私になってしまうのですかねぇ。
「シェリーヌ公爵令嬢は、花火を見るのはお好きですか?」
ちゃんと私をエスコートして歩き出すと、セシリオが尋ねます。
「ええ、好きですよ。ただ、もう勢いよく一気に打ち上げてしまうでしょう。ゆっくり余韻を楽しめたらいいのにって思ってしまいます。しかも色の変化もないので……なによりも扇型に広がる花火でしょう。タンポポの丸い綿毛のような花火を見たいと思ってしまいます」
「それは……そういう花火は我が国でも見ることはできませんね。それに花火はショーですから。打ち上げている最中は楽団も演奏をして場を盛り上げます。ゆっくり余韻を楽しむ雰囲気はありませんからね」
そうなんですよね。前世日本とは違い、こちらの世界では花火大会が夏にある……なんてこともないんです。秋やニューイヤーの式典や記念日にあわせ、打ち上げるんですよね。
浴衣を着て夏の夜空に咲く大輪の華を楽しむ……という文化は残念ながらこの世界にはありません。
「でもシェリーヌ公爵令嬢が言うような花火。ないなら作ってしまえばいいと思いますよ。いずれの国でも職人がいますからね」
「なるほど……それは……そうですね。セシリオ殿下は前向きですわ」
「恩人がとても前向きな方でしたから」
セシリオが懐かしそうな表情で微笑みます。
なんだか少し寂し気ですが、美しくも感じてしまいますね。
「あ、見えてきました」
セリア大橋が見えてきました。
扁平のアーチ型の橋には、街灯の他に英雄の彫像も飾られ、壮麗であり、大変優雅です。花火大会が始まると、通行止めになります。王都警備隊が警備する中、花火を楽しむことになるのです。
そしてこのセリア大橋は、橋からの景観を楽しめるよう、見晴らしスペースがいくつか設けられています。そこに陣取ることができると、安心して花火を楽しめますが、どうでしょうか……。
「あれ、エドマンド!」
シャールが大声をあげたので、驚いてそちらを見ると、見晴らしスペースの一つにエドマンドと彼と同じく“マッスル”な青年が数名いるのではないですか。でも騎士としての服装ではありません。セシリオと同じ、シャツにズボンとラフな服装です。一見すると、腕っぷしに覚えがある街の若者に見えます。
これは一体……。もしやエドマンドも休暇をもらえて、花火を見に来たのでしょうか?
エドマンドはシャールと私に気が付くと「!!」と驚きますが、すぐにセシリオとソフィーにお辞儀をしました。周囲に私達だけしかいないことを確認すると、こう話しだします。
「セシリオ皇太子殿下、ソフィー皇女殿下、お待ちしておりました。防犯のため、このスペースを確保させていただきました。キャンベル国王陛下より、『花火大会をお楽しみください』とのことです」
なるほど、なるほど。
エドマンド達はスペースの確保のために、ここで待っていてくれたのですね!
そしてこれは国王陛下の心遣いです。
友好国の皇太子と皇女に何かあったら困ります。
人気は橋の中央です。ですがここは橋の端の見晴らしスペースですが、十分、打ち上げ花火も水上花火も楽しめます。ありがたくこのスペースで花火を拝観させていただくことになりました。
エドマンド達は役目を終え、持ち場へと帰って行きます。シャールと二人で去り行く皆さんに、感謝を込め、手を精一杯振りました。
私達が見晴らしスペースに移動すると、それぞれの護衛騎士達が話し合いをしたようです。不審者たちが私達に近づけないよう、配置についてくれました。
「間もなくですかね」
セシリオの言葉に、空を見上げます。
待ち合わせをした時は、まだ日没前でした。
ですが今は、もう日没となり、夜空がじわじわと広がっています。
橋の上も賑わってきました。
「うわあ、お嬢さん、申し訳ない」
それは一瞬の出来事でした。
護衛騎士が素早く動き、足元がおぼつかない酔っ払いの男性が倒れるのを支えました。ですがその手に持っていたタレがたっぷりついた串焼きは……彼の手を離れ、私の背中にべったり。
今日はドレスではなく、安価なワンピースです。それでもまさか背中にたっぷり美味しそうな匂いがするタレがついてしまうなんて!
酔っ払いは平謝りで、セシリオもシャールもソフィーまで、ハンカチを取り出しました。
まさにその時。
楽団の軽やかな演奏がスタートしました。
つまり、建国祭の記念花火大会の開始です。
この花火大会では国王陛下の挨拶などはなく、この音楽で始まり、音楽で終わります。
「皆さん、花火が始まりした。たかが串焼きのタレです。美味しそうな匂いが気になるかもしれませんが、花火をご覧になってください」
もしもここでハンカチで拭っても、タレの汚れと匂いは落としきれません。
むしろそのハンカチにもタレと匂いが移り、みんながその匂いを漂わせることになります。ハンカチをその辺にポイ捨てするわけにはいきませんしね。
「「「でも……!」」」
心配する皆さんには「花火に集中です、集中!」と声をかけ、ハンカチをしまわせました。ですが私の隣にいたセシリオだけは、耳に顔を近づけ、こんな提案をします。
「少し移動すれば、宿屋もあります。そこで着替えを調達するので、お着替えになっては?」
ありがたいですね。こんな風に気づかっていただくなんて!
「セシリオ殿下、ありがとうございます。でも今日はドレスではなく、ワンピースですから。それに馬車には雨避けの外套を積んでいます。それを羽織って帰ります」
「……そうですか。咄嗟にお守りすることができず、申し訳ありません」
そうセシリオがそう言った時。
今度は「うわあ」「きゃあ」「なんだ!?」という声が橋の上で次々聞こえてきます。護衛の騎士達も何事と、声がする方を見ていました。私達もそちらを見ますが、ざわついている群衆は見えますが、それだけです。
花火の火の粉でも飛んできたのかしらね?
そんな風に私は思っていたのですが……。
気づいた時にはもう遅い――でした。
見たこともないぐらいの大型犬が突然現れ、飛び掛かって来たのです。
「あぶない」
叫んだセシリオが私を突き飛ばし、そして――。






















































