お寝坊さん
「明日の記念花火大会、一緒に見ましょう、シェリーヌ公爵令嬢!」
「ええ、そうしましょう。……ですが観覧席からですと、水上花火が見ることができませんね」
「水上花火?」
仕掛け花火である水上花火は、建国祭の最終日の記念花火大会でだけ、行われるものです。王侯貴族の観覧席からは、通常の打ち上げ花火を存分に楽しめます。対して、水上花火は、川の中央に停泊させた筏に花火を仕掛け、点火させるのですが、技術が必要なのです。ですから一度しか、その場で打ち上げません。
この水上花火と打ち上げ花火を楽しめるのが、川に掛かるセリア大橋です。
水上花火はその川面に映る花火を眺めることも楽しみ方の一つ。まさにその様子をセリア大橋からは見下ろすことができるのです。
川岸にいても水上花火は見えます。ですがそうすると今度は、打ち上げ花火が見えにくくなってしまうのです。なぜならセリア大橋がかかっており、そこには相応に人がいるので、邪魔になってしまうのですね。
つまり建国祭の最終日の記念花火大会の特等席は、王侯貴族の観覧席ではなく、セリア大橋の上なのです。橋の上にいれば、水上花火、打ち上げ花火、その両方を満喫できるわけですね。
ではなぜ、セリア大橋に王侯貴族の観覧席をもうけないのか。
当然ですね。そんなことをすれば、国民が怒ってしまうからです。
これをソフィーに説明すると、彼女は欠伸をしながら「私、セリア大橋で見たいわ。お兄様に頼んでみます……」と言い、そのまま瞼が閉じられています。
ソフィーの初対面の印象は、三歳年下とは思えない程、大人っぽいものでした。受け答えもしっかりされていましたし、皇族ですから当然のなのでしょうが、堂々とされていたのです。ですが今、こうやってベッドで隣同士になってみると……。
可愛らしいですね。
中学生の頃の孫のようです。
セリア大橋で観覧するとなると、お忍びでするしかないでしょう。ただ大勢の護衛騎士を連れて行くことはできませんし、混雑は相応にすると思います。ただ、スリや喧嘩防止のために、王都警備隊が橋の上の警備につきますから、安全とはいえば、安全ですが……。
でもどうなのでしょうか。セシリオは許可するかしら。
ああ、ダメ、ダメ。
こうやって考え事をして横になると眠ることができません。
一度起き上がり、頭の中を空っぽにしてから、横になりました。
◇
翌日はもうお寝坊さんです。
ブランチに近い時間に起き出し、ソフィーと私はドレスに着替えました。私はイブニングドレスの予備なので、ビジューや刺繍が少々煌びやかです。それでも色がミルキーなシャーベットグリーンなので、派手な感じはありません。それにソフィーがライトグレーのショールを「自分が使っているもので恐縮ですが、良かったらもらってください」とプレゼントしてくれました。それを羽織ると、ビジューも刺繍もそこまで目立たず、イイ感じになったのです。
着替えが終わった後は、セシリオとソフィーと三人で、サンルームでブランチ。
用意されたのはガレットで、生ハムやチーズ、サーモン、半熟卵を乗せたものから選んで提供いただけました。たっぷりのフルーツもいただき、大満足です。
このブランチの席でソフィーは水上花火をセリア大橋で見たいとセシリオに話し、それを聞いたセシリオは……。
「分かったよ、ソフィー。水上花火はターナー帝国では見たことがないから。勉強の意味合いも込め、セリア大橋から観覧したいと相談してみよう。……きっとお忍びという形になるだろうけど。国民のみんなが観覧するのを邪魔したくないからね」
セシリオは柔軟性があるというか、妹であるソフィーに優しいというか。
ともかくソフィーは兄であるセシリオのこの言葉に、大喜びです。
こうして私は素敵なブランチを終えた後、屋敷へ帰ることになりました。
先に連絡を入れてくれたようで、シェリーヌ公爵家から迎えの馬車が来てくれています。
セシリオとソフィーに見送られ、私は宮殿を出発しました。
まさかの宮殿から朝帰りをするなんて!
ビックリですね。
屋敷に着くと、両親がもう心配して大変です。
皇太子であるセシリオの護衛騎士から話を聞いていても、心配だったのでしょう。何しろ突然の外泊ですから、驚いて当然です。どちらかというと親の気持ちが分かってしまうので、私はセシリオやソフィーによくしていただいたことを話し、両親を安心させるようにしました。
両親との会話を終え、部屋に戻ると、セシリオから連絡が来たのです! なんとお忍びでセリア大橋から観覧することができるようになりました。私はすぐに両親にこのことを話し、許可をもらいます。さらにシャールへ連絡です。建国祭の記念花火大会は、王侯貴族の観覧席で一緒に見ようと、シャールと約束していましたからね。
そうしていると、時間はあっという間に過ぎていき、建国祭の記念花火大会の時間です。
お忍びでの観覧になるので、華美なドレスではなく、落ち着いたワイン色のワンピースを着ることにしました。着替えをしていると、シャールから返事が届きます。