これはビックリ!
「セシリオ皇太子、何から何まで、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、申し訳ありません。わたしが我が儘を言ったので、またもシェリーヌ公爵令嬢を巻き込んでしまいました」
セシリオは愁いを帯びた眼差しで、ため息をつきました。
どうしたのかしら?と思いつつも、ソファに座ることを勧められたので、腰を下ろします。
さすが宮殿の客間に置かれているソファですね。
極上の座り心地です。この後、立ち上がることができるか不安になるくらい。
私がソファの座り心地にご満悦でいる一方で、セシリオはこんなことを明かしました。
「実は建国祭に、父親である皇帝の名代として参加していますが、もう一つ。課せられていることがありました。それがアップルトン侯爵令嬢とお茶をすることだったのです。……つまりは縁談話の前段としての、顔合わせです」
これはビックリ!
アップルトン侯爵令嬢が皇太子の婚約者候補だったとは。
「なるほど。そんな関係のお二人をお邪魔する形になり、申し訳ありませんでした」
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて~と言われていましたからね、前世において。
ここはもう、平謝りです。
ところが。
「邪魔などでありません。わたしはアップルトン侯爵令嬢と婚約するつもりはありません」
「そうなのですか?」
「アップルトン侯爵の遠縁が、ターナー帝国の公爵家に嫁いでいるのです。よってわたしとは親戚ということになります。これまで再三、会いたいと言われていたのですが、なんとかやり過ごしていたのですが……。ここまで来ると、どうしたって無視することはできません。よって一度お茶をしたのです」
一度のお茶で、アップルトン侯爵令嬢は婚約者気取り。しつこく追い回され、辟易していたというのです。
そうなのです。
今日、偶然、建国祭の噴水広場でセシリオに会うことになったのは……。
アップルトン侯爵令嬢に追い回され、逃げていたというのが、理由の一つだと言うのです。
「とにかくしつこくされていますが、こちらとしては礼節を踏まえ、厳しい態度をとらずにいましたが……。さすがに今回のこともありましたので、厳しく抗議することにしました」
つまり、私がクランベリージュースを被ることになったのは、事故ではなかったということ。アップルトン侯爵令嬢がわざとグラスから手をはなし、しかも中身が被るように、グラスを押すようにしたというのです。
そばにいたセシリオはその様子をしっかり見ていたのですね。
まあ、アップルトン侯爵令嬢にしてみれば、私は人の恋路を~ですから、そんな暴挙にも出たのでしょう。ですがそれは逆効果だったのではないでしょうか。本人はうまくやったつもりでも、セシリオは見抜いています。
セシリオのアップルトン侯爵令嬢への好感度は……ダダ下がりでしょう。
「今後、このようなことをアップルトン侯爵令嬢がしないことを願うばかりです」
「そうですね。実は私、アップルトン侯爵令嬢のことは存じ上げています。女学校で生徒会長をされていましたから。一歳年上で、大変聡明な方だったのですよ。お勉強もよくできて、先生方からの信頼も厚くて。ですからいまだに、クランベリージュースをかけたというのが……事故であってくれたらと思ってしまいますわ」
これを聞いたセシリオは二つの反応を示しました。
「アップルトン侯爵令嬢の印象は僕とは真逆ですね。僕からすると、落ち着きがなく、なんというか信頼できない感じがするというか……。女学校を卒業されて、まだ一年と少しと聞いています。その短期間でそこまで性格が変わるのか……。少し、調べた方がいいかもしれませんね」
そこまでは真摯な表情でしたが、その後は、あの銀色の瞳を細め、笑顔になりました。
「シェリーヌ公爵令嬢はやはりお優しいですね。事故であって欲しいと願うなんて。……僕はこの目でハッキリ見てしまいましたから、そんな気持ちには絶対になれませんが。むしろ、ガツンと言いたいくらいです」
セシリオは意外と熱いタイプのようですね。
見た目は大変秀麗で、雅な雰囲気をされているのに。
そこでセシリオの視線が動きました。その視線を追うと、見えたのは置時計。もういい時間です。
「そろそろ妹の入浴も終わっているでしょう。部屋へ案内させます。突然、こんなことになり、気持ちも休まらないかもしれません。どうか安眠できることを祈っています」