仰天するしかありません
ふわりと甘い香りを感じます.
「ナイトジャスミンですよ。ほら、あちらに」
セシリオの言う方を見ると、そこには白い小さな花が鞠のように密集して咲いています。ナイトジャスミンは、一つ一つは小さな白い星型の花です。夜に開花し、濃厚な甘い香りを漂わせることで有名です。
ホー、ホーとフクロウの声も聞こえます。
庭園の奥の方にはちょっとした森もあるので、そこで鳴いているフクロウの声が、この静かな空間に響き渡っているようです。
見上げる空は満点の星空。
思いがけず、夜のお散歩をした気分です。
セシリオの部屋、宮殿の客室に着くと、そこはとっても立派なお部屋。
入ってすぐは応接室になっており、暖炉、本棚、ソファセットとテーブルセットが置かれています。その隣が寝室で、バスルームが併設されていました。
客室にバスルームがついているなんて、宮殿ならではです。
各国の王侯貴族が滞在しますからね。防犯のためにも客室に浴室が用意されているのです。これはとても贅沢なことですよ。
「セシリオ皇太子様、入浴の準備、整っております」
銀髪に碧眼のメイドさんは、宮殿のメイドではないですね。
セシリオが母国から連れて来たメイドさんでしょう。
おそらく、妹のソフィー皇女についているメイドさんです。
セシリオについているのは従者でしょうから、このメイドさんをわざわざ呼んでくれたのでしょう。
「助かるよ。ではシェリーヌ公爵令嬢、入浴を進めてください」
「ありがとうございます」
セシリオはすぐに寝室から出て行きました。
隣室の応接室で待機いただけるようです。
メイドさんによると、既に予備のドレスも届けられているとのこと。
あとは今着ているドレスを脱ぎ、入浴するのみですね!
「よろしくお願いします」とメイドさんにお願いして、早速入浴開始です。
メイドさんは二人ついてくれて、慣れた様子でテキパキ進めてくれました。
侍女のリリーさんも優秀ですが、さすがターナー帝国の皇族の専属メイドだけあり、手際がいいですね。
湯船にゆったり浸かった時間以外は、あっという間に体も髪も洗い終わってしまいました。バスローブを着ると、二人がかりで髪をタオルドライしてくれます。
ドライヤーはありませんからね。髪を乾かすのは大変です。何枚もタオルを使い、乾かすことになります。
そうしていると、知らせが届きました。
それはこのまま髪を乾かし、ドレスに着替えると、時間が遅くなる。もし私さえよければ、このまま泊っていってくださいというのです……! これにはもうビックリですよ! 寝室はツーベッドでした。つまりベッドは二つ用意されています。ですがさすがにお互い未婚ですからね。同じ部屋で眠るわけにはいきません。そうなると……別室の案内を頼むのは、厳しいと思います。だって建国祭で沢山の来賓を迎えているのですから。
「あの、泊まるというのは、こちらの寝室ではなく、ソフィー皇女様の部屋のベッドで、ということだと思います」
優秀なメイドさんがフォローしてくれたことで、「なるほど!」でした。さらに聞くと、私の両親には事情を話し、もしもの時は皇女の部屋に泊めることについても許可をもらっているとのこと。つまり帰りたければ帰ってもいい、泊まりたければ泊っていいというわけです。
これにはもう仰天するしかありません。
私は王族や皇族でもないのに! こんなに親切にしていただけるなんて。
どうするか、髪を乾かしていただきながら、考えます。
この後、ドレスへの着替えには相応の時間がかかるでしょう。短く見積もって一時間です。お化粧は最低限。髪は簡単にまとめるとしても、そちらも十五分程時間がかかります。
そこまでして屋敷へ戻ったら……すべて脱ぐのです。
皇女様のメイドさんにも、屋敷で待つメイドさんにも、無駄な労力をかけることになりますね。
私が泊まります、というだけで、皆さん、余計な労働から解放されることになります。
そうと分かれば私の答えは決定です。
「大変厚かましいお願いですが、皇女様のお部屋に泊めてください!」と。
その結果、念入りなタオルドライを終えた私は、恐れ多くも皇女様の寝間着とガウンをお借りして、着替えを終えました。
応接室へ行くと、セシリオがソファから立ち上がり、私の方へと歩み寄ります。
私も慌てて、セシリオの方へ近づき、そしてペコリと頭を下げました。