オレンジジュース
「シェリーヌ公爵令嬢は、やはりオレンジジュースですか?」
セシリオは、飲み物の入ったグラスがズラリと並ぶテーブルの前で、私に尋ねます。
オレンジジュースは、今も私が大好きな飲み物です。
前世では正太郎が誕生日の時、運動会の時、卒業式の時に出していました。何せ外国産のオレンジジュースはまだ高くて。普段は麦茶や緑茶ばかり。正太郎のお祝い……ということで購入したオレンジジュースを、母ちゃんもちょびっといただいて「美味しい!」でしたからね。
正太郎が大きくなる頃には、オレンジジュースなんて気軽に飲めるものになりましたが……。私にとってはやはり特別でしたね。
そしてこの世界に来てからは、オレンジジュースも美味しいのですが……。
「オレンジジュースも大好きなのですが、このね、クランベリージュース! これが私、お気に入りなんです」
「クランベリージュース。なるほど。分かりました」
クランベリージュースは王侯貴族が楽しむもので、こういった舞踏会や晩餐会に登場します。グレープジュースやオレンジジュースより高級扱いされているのです。
「はい、どうぞ」
「まあ、ありがとうございます」
セシリオからクランベリージュースを受け取り、まずは一杯、いただきます。
四曲も踊りましたから。
喉も渇いています。
あっという間に飲み終わりました。
「軽食も沢山ありますよ。召し上がりますか?」
「そうですね。あ、スイーツも美味しそうなものが沢山!」
この世界に来てから、私は食欲旺盛です。
前世最後のほとんど点滴で栄養をとっていた日々が、嘘のようですね。
こうして軽食を食べたり、スイーツを楽しんだり、そしてお互いの国の文化について話していると……。
「セシリオ皇太子様!」
声に振り返るとそこには、キャラメルのような色合いのブロンドに碧い瞳、ルビーのような鮮やかな色のドレスを着た令嬢がいらっしゃいます。どこかで見たことがありますよ……と思ったら! 女学校で生徒会長をされていた、一歳年上のジュリアナ・イヴォンヌ・アップルトン侯爵令嬢ではないですか。
アップルトン侯爵令嬢はチラリと私を見て、それからセシリオを見ました。
「ダンスのお誘いをお待ちしていたのですよ、セシリオ皇太子様!」
「……わたしはアップルトン侯爵令嬢、あなたとダンスの約束をした覚えはありませんが」
「そんな、汲んでくださいませ、わたくしの気持ちを!」
上目遣いでセシリオを見るアップルトン侯爵令嬢。
なるほど。
彼女はセシリオのことがお気に入りなのですね。
私はよそ様の恋路を邪魔する気持ちはありません。ですからここは退散です。
「セシリオ皇太子様、エスコートいただき、ありがとうございました。私は広間へ戻りますので」
きちんとカーテシーをして挨拶をすると、アップルトン侯爵令嬢が「気が利くわね、あなた」という表情を浮かべています。そのまま去ろうとすると。
「待っていただけないでしょうか」
セシリオが私の手首を掴んでいるではないですか!
「まだ話の途中ですから」
そう言った後、セシリオはあの銀色の瞳をアップルトン侯爵令嬢に向けます。
そこでそれはまあ、秀麗な笑顔になると、こんなことを言ったのです。
「わたしとダンスをしたいのでしたら、広間でお待ちください。ここは休憩室です。わたしはここで休憩しています。わたしの気持ちを汲んでいただけますか、アップルトン侯爵令嬢」
これにはアップルトン侯爵令嬢はとろけそうな顔になりつつも、やんわりあしらわれたと分かり、何とも言えない表情になり、そして……。
大変怖~い目で私を見ています。
困りましたね、これは。
そう思ったのですが。
「分かりましたわ、セシリオ皇太子様。……お邪魔してしまい、申し訳ございませんでした」
アップルトン侯爵令嬢はそうおっしゃると、クランベリージュースが入ったグラスを手に取り、セシリオに渡しました。さらにもう一つグラスを取ると「ご令嬢、ごめんなさいね。おしゃべりを中断させてしまいました」と丁寧に言い、微笑みます。
とても怖い目で私を睨んでいたのですが、こんな風にされると、悪い方ではなかったのねと思いました。差し出されたクランベリージュースのグラスを受け取ろうとした時。
私が取り損ねてしまったのでしょうか。
グラスは私の手を離れ……。