心臓がドキン、ドキン
バタバタと複数の人が走ってくる音が聞こえてきます。
さらに貴公子の息遣いをすぐ顔の近くで感じているんです。
いくら人生経験豊富でも。
これには心臓がドキン、ドキンしてもう大変ですよ。
それにしてもキッスをするまでに、こんなに時間ってかかるものでしたっけ?
もうね、最後にキッスしたのがいつなんだか……。
ひとまず待っています。そして貴公子の気配は感じますが、唇に何も触れていません。
「ありがとうございます」
「シェリーヌ公爵令嬢!」
貴公子とシャールの言葉が重なり、ビックリして目を開けると、貴公子の顔は離れ、私の後方を眺めています。すぐに足音が聞こえ、私が振り返ろうとした瞬間。
「シェリーヌ公爵令嬢のことを、はなしてください!」
シャールがすぐ近くまで来て、私の手を掴む貴公子の手を、はらおうとします。
が、貴公子はシャールの手を素早く避けました。
貴公子の手の動きにあわせ、私も手を動かすことになります。
驚きの表情のシャールは、再度、貴公子の手を掴もうとしますが……。
もうこれは不思議な状態。
貴公子は私の手を掴んだまま、器用にシャールの手から逃れようとするのです。
シャールは必死に手を動かしますが、貴公子の手を掴めない状態。
私はまるでダンスでも踊っているかのように、されるがままに手を動かしていましたが……。
「二人とも、お止めください!」
そこでようやく、貴公子は私から手を離し、シャールは手を引っ込めました。
「……大変失礼しました。恩人を怒らせるつもりはありません。あなたのおかげで助かりました。……レディ、よろしければお名前をお聞かせいただけませんか。わたしはセシリオと申します」
セシリオ。
ありがちな名前であり、名だけではピンと来ません。ですがファミリーネームを明かさないと言うことは、かなり高位な身分の方なのでしょうか。それとも貴公子に見えましたが、平民の方なのでしょうか。
ひとまず名乗られた場合、特段の理由なく、無視するわけにはいきませんから、こちらも名乗ります。
「特に助けたるために、何かしたわけではないと思うのですが……。私はミーチェ・シェリーヌです」
「シェリーヌ公爵令嬢ですね」
そう言ってセシリオは、シャールをチラリと見ます。
シャールは散々「シェリーヌ公爵令嬢!」と私を呼んでいましたから、バレバレですね。
そこでふと思います。シェリーヌ公爵家の令嬢であることは、私に聞くまでもなく分かっていたわけです。改めて問うたということは……。私の名前を、ファーストネームを知りたかったということになります。
どうしてかしらね? まあ、些末なことです。それよりも……。
「はい。そうです。……この国の方ではないと思うのですが、どちらの」
そこでセシリオはハッとした表情になります。
その銀色の瞳を私とシャールの背後に向け「申し訳ございません。これで失礼させていただきます。きっとまたどこかでお会いできた時に」と言って素早く立ち去ってしまいました。
その去り際の鮮やかなこと。
あっという間にその姿は、人混みに紛れます。
「シェリーヌ公爵令嬢!」
「なぁに、シャール?」
セシリオの後ろ姿を探すようにしていた私は、間延びした声で応じたのですが……。
「『なぁに』ではありませんよ、シェリーヌ公爵令嬢! どう考えても名前を名乗り合っているということは、初対面ですよね!? しかもあの手の動き。武術の訓練を相当受けた方だと思います。しかも何かから逃げているようで……どう見ても怪しいのに。シェリーヌ公爵令嬢は、そんな相手と、キ、キ、キスをされたのですか!?」
もう泣きそうなシャールの顔と今の言葉に私は「えええええ!」と素っ頓狂な声を出してしまいます。






















































