白い歯がキラーン
「あ、あのですね、ここは女学校の敷地ですわよ。これは不法侵入では!?」
「ご令嬢、失礼いたしました。後で教師には謝罪しますので、今は見逃してください」
頭の中も筋肉なのかしら?と思っていたのですが、そうでもないのでしょうか? でも見逃してくださいって。
「ご令嬢、初めまして。僕はエドマンド・トリーリ、王立騎士団の団長の嫡男です」
アメリカ人みたいな笑顔のエドマンドは、歯並びも完璧。その口の中で、白い歯がキラーンと輝いて見えました。これはまるで、歯磨き粉のCMを見ているみたいです。
ともかく名乗られては、名乗り返さないといけません。そこで私も、自分の名を伝えることになりました。
「失礼しました! 王太子殿下の婚約者の、シェリーヌ公爵令嬢だったとは……!」
「まあ、気にしないでくださいませ。こんな姿ですから」
ラジオ体操を第二までしても、体はそう温まらないので、ショールで顔と頭をぐるぐる巻いていました。それで制服のロングスカートは、動きやすいように、少したくしあげていたのです。つまり、ドロワーズが少し見えている状態。寒いのでドロワーズの下には、さらにタイツもはいていましたが……要するにあれですよ、あれ。埴輪みたいな姿。
まさか殿方と遭遇すると思わず、こんな姿をしていましたけれど……。
もぞもぞとたくし上げたスカートを戻そうとすると、エドマンドがストップをかけるのです。どうしてかしら?
「僕は日課の訓練の一環で、木登りをしていたのですが」
「日課の訓練で、木登りですか!?」
「ええ、木登りです。木登りは戦場でも役に立つのですよ。敵から逃げて身を隠したり、周囲の様子を探ったりできますので。後は木の実の採取などの、食料調達もできますから」
なぜ塀より高い木の天辺にエドマンドがいたのか、その謎は解けました。それで、なぜ私がスカートを整えようとするのを、止めたのかしら?
「木登りをしていたところ、シェリーヌ公爵令嬢のお姿が見えて、最初は……ダンスの練習でもされているのかと思いました。しばらく観察をして、猛烈に感動したのですよ!」
なんだか熱血な気配を感じるわねぇ。感動したってあなた、あれはただのラジオ体操なのに。
「シェリーヌ公爵令嬢が行っていたのは、体操ですよね。しかもワンタームの体操で、全身のありとあらゆる場所を動かすことができています。感動したのですよ。ぜひ、僕にも教えてください!」
まあ、こんなことをエドマンドに言われるなんて! 本当にビックリです。ラジオ体操は、そんなにすごかったのかしら? でも嬉しいですよ。こんな風に興味を持っていただけているのですから。
その後は喜んで、ラジオ体操を伝授してあげました。まずは第一です。第二については明日、教えることにしまして、今日はもうおしまいです。
「シェリーヌ公爵令嬢、ありがとうございます。すべて覚えた自信はないので、しばらく一緒に、体操をさせていただけないでしょうか。練習ということで、ぜひお願いします!」
「それは構いませんけど、ここは女学校の敷地ですから……。場所を考えませんと」
「そうですよね! では宮殿の騎士団の訓練所で、いかがでしょうか?」
そんな場所で練習をしていいのかしら?と思ったら、正規の騎士達は、早朝に訓練を行い、その後、一日任務につくそうなのです。日中は、騎士見習いが訓練を行いますが、私たちの学校が終わる時間は、ちょうど誰も使っていないんですって!
学校の裏庭でこそこそやるより、訓練場を使わせていただけるなら、それでいいのじゃないかしら。
そう思い、この提案は快諾し、そこでずっと気になっていることを、思わず尋ねていました。
「トリーリ様は、シャツのボタンをそんなに開け、腕まくりをされていて、寒くないのですか?」
「あ、それが……熱いんですよ」
「熱い……?」
筋肉隆々のエドマンドは、どうも体温が高いらしいのです。シャツのボタンも、これぐらいはずし、腕まくりをしていないと、汗をかいてしまうとのこと。さすがに真冬になれば、腕まくりは止め、ジャケットもはおるそうです。それでも重ね着をしているので、少しでも動くと、熱くなってしまうようで……。やはり真冬でも、シャツのボタンは、はずしているそうです
まさかそんな理由が隠されていたとは、驚きました。筋肉自慢のためではなかったのです。勘違いして、脳も筋肉なんて思ってしまい、本当に、ごめんなさい――心の中で平謝りです。
こうして誤解もとけ、翌日からは放課後、エドマンドとのラジオ体操の日々が始まりました。