絶対に動くことはできません!
尻もち、すってんころりんよ!と思ったら。
その駆けてきた男性に、抱きかかえられたの!
フードを目深にかぶっているのだけど、その瞳にビックリ。
銀色の瞳をしているんだもの。生まれて初めて見たわ。
こういうのって、映画やアニメにしかいらっしゃらないと思っていたから!
あ……でも、ここ、乙女ゲームの世界ですもんね。
しかも髪がアイスブルーっていうのかしら。碧みを帯びた銀色なのよ。
でもね、おじいちゃんじゃないの。
肌は新雪みたいで、皺ひとつなくて。
じっくりその顔をみてしまいましたがね、十八歳ですから、脳の処理は速かったわよ。
瞬時にこう言うことができたのですから!
「ありがとうございます。……お急ぎの所、お邪魔してしまい、申し訳ありません」
「……いえ。ですが……そうですね。ここで足止めをくい、少し困ったことになりました。助けていただけるといいのですが……」
まあ、声を聞いてビックリ。
なんというのでしょうか。
澄んだ美しい声なんですよ。男性にしては高音で。でも落ち着いた口調です。
驚きつつも、ご迷惑をおかけしたのです。
私ができることは、しないといけません。よってここは即答です。
「ええ、それは勿論です」ってね。
すると、その貴公子は「ありがとうございます」と微笑んだのですが。
これはビックリです。
多分、神様がいて、目の前で微笑んだら、こんな風なんじゃないかしら。そんな表情だったんですよ。なんだか手を合わせて祈りたくなってしまうわね。
「では、こちらへ来ていただいても?」
「はい、はい」
私の手をとり、歩き出した貴公子が、なんだかキョトンとした顔をして何かを堪えています。ですが気を取り直し、歩き出すと、すぐそばのカエデの木の下へ、移動しました。
「こちらへ立ってください。そうです。……それで、顔をあげていただけますか?」
「はい。えーと、これでよろしいですか?」
「そうですね。そのまま、絶対に動かないでいただけますか? そうですね。ウィリアム・テルの息子になった心持ちでお願いします」
これにはビックリ!
ウィリアム・テルの息子になった心持ちって!
それは動いたら私は、命を落とすかもしれない……ということですよ。いったい、これから何が起こるのでしょうか!? 冷静に考えますと、この方、追われていましたよね。ということは、何かあぶない、危険な方なのではないでしょうか。
安易に引き受けてしまいましたが、大丈夫なのでしょうか。
不安になり、顎を下げてしまったのでしょうね。
貴公子の指が顎に触れ、「顔をあげてください」と言われてしまいました。
「あなたを傷つけるようなことはしません。ただ失敗すれば、わたしに後がなくなるだけです」
これは困りましたね!
絶対に動くことはできません。
ここは歯を食いしばり、手をぎゅっと握り、顔をあげた状態で姿勢をキープします。
すると貴公子は「失礼します」と言い……。
まあまあ、どうしたらいいんでしょうか!
男前の貴公子さんの顔が、迫って来ています。
これはまさかキッスをするつもりなのではないですか!?
前世79歳ですからね。
キッスごときでは、動じないつもりです。
ですが……いくつになっても乙女心というのはあるわけですよ。
本来なら動きたいのですが、今はウィリアム・テルの息子でいないと、目の前の貴公子の身に、災難が降りかかるのです。後がないと言っていましたが、その後がないは、どれくらいのレベルなのか。それも分かりません。もし命に係わることだったら……。
そもそも私が尻もちをつきそうになったのが悪いのです。
キッスの一つや二つで、人の命を失うわけにはいきません。
ということで十八歳の私の脳は、今の考えをものの数秒で終えてくれて、気づけば目をきゅっと閉じていました。
お読みいただき、ありがとうございます!
以下作品が完結しました。
もしお時間ございましたらお楽しみくださいませ。
ページ下部にイラストリンクバナーがございます。
【表紙&挿絵は 蕗野冬 先生描き下ろし】
『運命の相手は私ではありません!~だから断る~』
https://ncode.syosetu.com/n5618iq/
気づけば読んでいた小説の世界に転生していた。
しかも名前すら作中に登場しない、呪いを解くことを生業とする、解呪師シャーリーなる人物に。さらにヒロインが解くはずの皇太子の呪いを、ひょんなことから解いてしまい、彼から熱烈プロポーズを受ける事態に!
この世界は、ヒロインと皇太子のハッピーエンドが正解。モブの私と皇太子が結ばれるなんて、小説の世界を正しく導こうとする見えざる抑止力、ストーリーの強制力で、私は消されてしまう!
そこで前世知識を総動員し、皇太子を全力で回避しようとするが……。