まだまだお子ちゃま
ポマードはなんだか不良時代みたいに口をとがらせ、エドマンドは珍しく真面目な顔で「紳士たる者は、互いの立場を尊重し、一人だけ勝ちを得るようなことはしない」と何やら紳士論をシャールに聞かせています。シャールは「は、はぁ」と困ったようにエドマンドの話を聞いているのですが、そうするとポマードが「おいっ、シャール、自分の話も聞くんだ!」と食ってかかったり。
なんだかこの子達は本当に。
大人になったような、なっていないような。
そこでパン、パンと手を叩き、声をあげます。
「皆さん、もうデザートも食後のコーヒーも終わりましたよね? 明日も早いのですから、解散です」
「「「えーっ!」」」
やっぱりまだまだお子ちゃまですね。
苦笑しながら椅子を立ち、コスモス色のドレスのスカートをつまみます。
すると三人が一斉に立ち上がりました。
分かっていますよ、これから三人がさらに子供っぽいことを始めるのが!
二人の時なら楽なのに。
三人になると大変なんだから。
「リリーさん!」
ドアに向かい声をかけると、臙脂色のドレスを着たリリーさんが、部屋に入ってきます。
「帰りますからね。馬車までお願いしますよ」
「はい、奥様……失礼しました。お嬢様」
リリーさんが私をエスコートして歩き出します。
エドマンド、ポマード、シャールが「「「むうううう」」」と唸っていますが、それぞれの従者に促され、次々とレストランの個室から出てきました。これからエントランスへ移動です。
かつて王族が住んでいたこともある古城を利用したレストラン。
王都の中心部にある老舗のレストランとして、王侯貴族に大人気です。
海外からきた王侯貴族も、よく利用することで知られています。
建国祭に参加するため、いち早く訪問した諸外国の要人により、このレストランも予約でいっぱい。こんな風にのんびり利用できるのも、今日までです。
「あら、リリーさん、見て。ここのレストランのエントランス、こんなに素敵な寄せ植えがあったのねぇ」
「そうですね。あの濃淡のピンクと紫の花に見えるのは、萼片です。カルーナと呼ばれる常緑低木ですね。貴族のお屋敷ではあまり見かけませんが、国立公園や庭園などではポピュラーですよ、お嬢様」
リリーさんは私と同じで、お花にとても詳しい。こうやって見かけた寄せ植えについても、どんな草花が使われているか、すぐに教えてくれます。
一緒に咲いているリトルカーロウの青みがかった薄紫の小花も可愛らしく、私が思わず微笑むと、リリーさんはさらにこんなことも明かしてくれました。
「お嬢様、カルーナの花言葉に『連理の枝』というのがあるんですよ。枝が絡まり合うその様子は、まさにピッタリですよね。夫婦や男女の仲の良さを表現した『連理の枝』が花言葉というのは」
これには思わず「まあ、そうなのねぇ!」と驚いてしまいます。連理の枝と言えば、「源氏物語」でも、帝と桐壺更衣の約束の言葉として、度々登場しますよね。
「天に在らば比翼の鳥 地に在らば連理の枝」
思わず呟いてしまいます。リリーさんは私の呟きを聞き「まあ、それはポエムですか、お嬢様」と驚いています。「連理の枝」という言葉は知っていても、「長恨歌」の一節まで知っている人はなかなかいません。
ここは乙女ゲームの世界ですが、時々、東方の文化が登場します。ですがそれはとても断片的なもの。そもそもこの国では、まだあまり東方の国については知られていませんからね。でも日本のような国も存在しているようで。ちょっとワクワクしちゃいますね。
「あ、お嬢様、馬車が来ましたわ」
リリーさんの声に我に返り、エドマンド、ポマード、シャールが順番に、別れのハグを求めます。こうして私達はそれぞれの馬車に乗りこみました。
ゆっくりと馬車が出発し、その様子を離れた場所で見送る人影。
街灯の明かりを受け、珍しい髪色が煌めいている。
「天に在らば比翼の鳥 地に在らば連理の枝……」
透明感のある声が、「長恨歌」の一節を一字一句違うことなく口ずさむ。
「どうされました? 何ですか、今の言葉は? 何かの呪文ですか?」
「いや、何でもないですよ」
カルーナの萼片に、月光が静かに降り注ぐ。