あの雨の日の夜
ポマードが「本部」と呼ぶ王都警備隊の建物。
聴取が終わったシャール、エドマンド、私の三人は、ポマードの案内で、ここの三階にあるレストランにやって来ていました。このレストランで休憩し、事件の振り返りをしていたのです。
ただ、まだ聴取が終わっていないエドマンドは、休憩を終えると席を立ち、代わりに休憩となったポマードが、席に着いています。
そのポマードが子供のようにオレンジジュースをぐびぐび飲むと、「ぷはっ」とゲップをして、そしておもむろに口を開きました。
「デンジャーが犯行動機を明かした。デンジャーは……理解していなかったんだ。故ソラリス未亡人の失明の件を」
「「え、そうなのですか!?」」
シャールと私は声を揃え、反応してしまいます。
するとポマードはテーブルの上で手を組み、やるせなさそうに頷きます。
「間違いなく、故ソラリス未亡人は、自身の失明のことをデンジャーに話したと思う。でもあの雨の日の夜、部屋に来たデンジャーは頭に血が昇り、その話をろくに聞いていなかった」
犯行当日、タイドはカーッと頭に血がのぼったと供述しています。その後、ソラリスが言った言葉をろくに聞いていなかったとも、タイドは話している――そう、聴取の時に私も、教えてもらっていました。
「デンジャーの理解では、ある日突然、故ソラリス未亡人が、自分に原稿を渡すことを拒んだ。頭を下げて頼んでも、原稿をくれない――そう感じていた。意地悪をされた。嫌がらせをされた。原稿がないと新刊が出せないのに! そこで頭にきて、短剣を取り出した」
ポマードがやりきれない顔をするのは、尤もです。ですがさらにポマードの話を聞くことで、シャールや私も重苦しい気持ちになりました。
ソラリスの遺作となった原稿、それは『楽園喪失』というタイトルが付けられていました。その中でソラリスはこう明かしていました。
タイドのためを思い、良かれと思って原稿を書いて渡していたこと。それは『悪事』。よって失明は『報い』と受け止めた――そう書かれていたのですが、それだけでありませんでした。
三年以内に失明する。失明したその時こそ、『報い』を受ける日であると、ソラリスは考えていました。つまりその日を迎えたら、彼女は自身の命の幕を下ろすつもりでいたのです。
失明する絶望もあったと思います。ですがソラリスを突き動かしていたのは、タイドという悪魔を生み出したことへの責任でしょう。自らの死により、すべてを終わらせる形で責任をとろうとしたのです。
まさかタイドに殺されるとは考えていません。ゆえに本屋の店主のテトに『楽園喪失』を渡した時、「三年待って欲しい(=自身が責任を取り、命の幕引きをするまで待って欲しい)」と頼んでいたのです。
さらに『楽園喪失』を書いたのは、失明する前の遺作にしたかったわけではありませんでした。失明の危険性を伝えられたその一か月後に、既に『楽園喪失』は書き終えています。そしてこの作品はもう単純に、タイドへの「別れのメッセージ」だったのです。
急激に症状が進行した場合、いきなり失明する可能性もありました。書きかけの取っ散らかった原稿を渡し、後はどうにかしてください――とすることは、ソラリスはできませんでした。よってまだ失明したわけではなかったのですが、「原稿を渡せない」という言動をとったのです。
とはいえ、タイドへの伝え方は、かなりセンセーショナルです。いつも通りの原稿の受け渡しで「白紙」の束を渡し、屋敷の部屋に来たタイドに対しても、多少なりとも誤解されかねない話し方もしていました。
しかしその理由も『楽園喪失』を読めば分かるようになっていたのです。