一生背負って行く
タイドの犯行動機を知るためには事件当日。犯行現場となったソラリスの屋敷の部屋で何が起きていたのか。それを確認する必要があります。
雨の中、ようやくソラリスの屋敷に辿り着き、タイドはエントランスホールで着ていた雨避けの外套と帽子を脱ぎました。そして彼女の部屋へ向かったのです。
この時のタイドは殺意より、雨の中、濡れないように原稿を持ち帰らなければという使命感でいっぱいでした。
ソラリスの部屋のドアの前に着くと、ノックをして、中に入ります。
彼女の飼っているオウムは、タイドのことも覚えていました。
ただ、外でタイドのことを見て、「タイド」と鳴かれるのは困ります。
特に原稿の受け渡しをするカフェで「タイド」と鳴かれれば、店内の客は絶対に、「タイド・ティント・メー」を頭に浮かべるからです。読者家が集うカフェですから、それも当然のこと。
それを避けるため、ソラリスはオウムに、タイドのことを「あれはデンジャーさんよ」と教えていました。
もう、みんな、分かっています。
タイドが部屋に入ると、オウムは「デンジャー、デンジャー」と鳴いたのです。
この事実を認識した時。
ポマード、エドマンド、シャール、私の四人が受けた衝撃は……。
なんというのでしょうかね。
震えが走りました。そして涙が溢れそうでした。
タイド・ティント・メーはペンネーム。
本名はエミリー・デンジャーです。
タイドの本名を知った時、激震が走りました。
「“デンジャー”って……、え、まさか」
驚愕するシャールが私を見ました。私は「ああ、なんてことでしょうか」と手をこめかみにあて、目を閉じます。脳裏にはソラリスが大切に飼っていたオウムの姿が浮かびました。
オウムはソラリスが殺害されたその時からずっと。
「デンジャー、デンジャー」
そう鳴き続けていました。
ソラリスに危険を知らせるために鳴いている、そう思ったのですが、違います。
オウムはずっと犯人の名を知らせてくれていたのです。
ヘッドバトラーのファーガソンさんは、オウムが侍女や馬丁の名前を覚えていると話してくれていました。しかもシャールが、ちゃんと顔を区別して名前を呼んでいるのかと尋ねると「そうだと思います」と答えていたのです。
オウムはただの鳥。
犯人を見て、凶行の瞬間を目撃していたとしても。犯人が誰であるか、教えることはできない――そう思い込んでいたのですね。
シャールは「事実は小説よりも奇なり――と言いますよね。僕達が想像できないような結末が、この事件には待っているかもしれません。それはきっと、僕達の想像の域を超えているかもしれません……」と言っていましたが、まさにその通り。
そしてあの日。
部屋に入るなり、オウムが「デンジャー、デンジャー」と鳴くのを聞かされ、タイドはイラッとしていました。その時の心境を、少し具体的にタイドは、こう語ったというのです。
「私の成功と栄光は、すべてタイド・ティント・メーの名にあります。エミリー・デンジャーの名で私を呼ぶのは、オウムとソラリスぐらいです。……孤児院のみすぼらしい過去につながるこの名前に、愛着はありません。私の名は、タイド・ティント・メーです。裁判でもそう呼んで欲しいです」
タイドが言わんとすることは、理解できます。
ですがタイドはどう頑張っても、もはや過去と決別することはできません。同じ孤児院で育ち、彼女のために物語を書き続けたソラリスを手に掛けたのです。
それにタイド・ティント・メーの名に、もはや成功と栄光は残りません。
そもそもこの名前の元、出版された本は、まがい物だったのです。
ソラリスが生み出した物語に手を加えた偽物を、その名で出していたのですから。
タイドはこの十字架を、一生背負って行くことになるでしょう。