二日前
ソラリスが書いた原稿の受け渡しを、どのようにしていたのかと言うと。それはテトの本屋で行われていたのです。
原稿を書き終えると、ソラリスはあの私書箱宛に手紙を送ります。その手紙では原稿の受け渡し日時が指定されていました。タイドはその日、すべての予定をキャンセルし、原稿を受け取ることに全力投球です。
約束の日。
二人は別々に本屋を訪れていました。タイドはいつも二階のカフェへ向かい、一人注文を行い、紅茶を飲んだり、ホットケーキを食べたり。ソラリスが来るのを待ちます。
一方のソラリスは、一階の本屋で、事前に注文した本を受け取り、そして二階のカフェに向かうのです。カフェに着いても、タイドとソラリスは接触することはありません。タイドは本を取り出し、読んでいるフリでその時を待つのです。
ソラリスはのんびり、紅茶を飲み、スコーンを食べます。
一時間後。
ソラリスは封筒に入れた原稿を、椅子の上に置きます。そして席を立つのです。
カラフルなオウムを連れるソラリスは目立ちます。彼女が歩くと、カフェにいる客は自然とそちらへ目を向けました。
その間に。
タイドは素早く原稿を手に入れるのです。
こうしてソラリスは一足先にお店を出て、そこから時間を少し開け、タイドも店を出ていたのでした。
これが何十年も、続けられていたのです。
ところが。
ソラリスが殺害される二日前。
いつも通りに二人とも本屋に来ました。
一足先にカフェに着いたタイドは紅茶を飲み、ソラリスが来るのを待ちます。この日、新作の下巻の原稿を受け取ることになっていました。
ソラリスがいつも通りで肩にオウムをのせ、着席します。
お決まりの紅茶とスコーンを頼み、ゆっくり味わい、そして購入した本を見て、それから一時間後。
ソラリスが席を立ちます。
タイドはいつも通り、原稿を受け取り帰宅したのですが――。
家で封筒を開けると、そこに入っていたのは白紙。
驚き、すぐにソラリスに手紙を書きます。
新作となる下巻の原稿を、タイドは手に入れられなかったのですが、その三日後。
タイドは出版社に、下巻の原稿を入稿する必要がありました。すぐにでもソラリスの屋敷へ訪問したいと思いましたが、届いた返事には……。
明日の夕食の時間であれば、会うことが可能と書かれていたのです。
この時タイドは、ソラリスが間違って、白紙の入った原稿を自分に渡したのだと考えていました。ですがそのことに関するお詫びの一言もなく、とても頭にきていたのです。
しかも出版社に原稿を入稿する前日の夜では遅すぎると、焦燥感も募ります。
こうなったら自身は手を入れず、下巻はソラリスが渡したそのままを出版社に入稿するしかない――そう考え、なんとか怒りと焦りを収めました。
そしてソラリスの屋敷へ会いに行くことになったのです。
タイドとソラリスは、昔は普通に対面で会っていました。ですがいわばゴーストライターのようにソラリスが動くようになってからは、カフェでの原稿の受け渡しのように、人目を気にするようになったのです。
よってソラリスの屋敷を訪問しましたが、タイドはその屋敷からかなり離れた場所に、馬車を待機させました。その上で自身は雨避けの外套を着て、帽子をかぶり、徒歩でソラリスの屋敷へ向かったのです。
このような形で、タイドがソラリスの屋敷を訪問するのは、初めてのことではありませんでした。原稿を受け取る日に、ソラリスの体調が悪く、カフェに出向けないということもあったのです。それでも出版社への入稿があるため、この日のようにタイドは、ソラリスの屋敷を訪ねることがありました。
徒歩で来るので、ヘッドバトラーも気づきにくいと思うのですが、タイドが屋敷へ来る時。ソラリスは使用人を、母屋から遠ざけるようにしていました。よってあの晩、侍女がワインセラーの整頓を任され、料理人は夕食をいらないと言われていたのです。さらにその結果、自身が殺害された際、助けを呼ぶことできず、目撃者がいない状態を作り出すことになりました。
そう。
あの日、雨が降る中、徒歩でソラリスの屋敷を訪問したタイド。彼女がソラリスを手に掛けることになったのです。あの、本屋の店主テトの胸に刺した短剣を使って。
なぜそうなってしまったのでしょうか。
つまり犯行動機は何だったのでしょう?