二人の関係
本屋の店主であるテトは、自身が果たす役割の意味をよく理解しました。ただソラリスが言うことは、事実なのでしょうか。確認したいと思ったのです。確認する方法はただ一つ。彼女から預かった封筒の中の物語――原稿です。
善人を救うため、悪魔に心を売った青年。
自分は正しいことをしているのか、その確認のため、テトは封蝋で閉じられた封筒を開封します。一度開封すれば、もう元には戻せません。別途、封筒と、似た紋章の封蝋を用意するつもりでした。
こうして取り出した原稿を、テトは一心不乱で読みます。
いつタイド・ティント・メーが来るか分からないのですから。
それは大変な集中力で読んだのです。
原稿を読み終えたテトは、確信します。
これが本物だと。
テトは趣味でカフェ付き本屋を営むぐらい、本好きでした。勿論、タイド・ティント・メーの作品も読んでいます。そして正直なところ、タイド・ティント・メーの作品を、そこまで高く評価していませんでした。
というのも森として見た時は素晴らしいのですが、一本一本の木として見た時、引っかかる箇所がいくつもあったのです。それはまるで肌触りのいいシルクの布を撫でていたら、突然堅い突起に指が触れるような違和感。
ここでこの展開はいらないのではないか。どうしてこんな言い回しがあるのか。このエピソードは不要ではないか。
そんな違和感を、タイド・ティント・メーの作品を読む度に、感じていたのです。
ところがソラリス未亡人から渡された原稿は、テイストはあのタイド・ティント・メーなのですが、異物が混ざっていません。そこでテトは理解しました。
きっとタイド・ティント・メーは、ソラリスをゴーストライターとして使うつもりはなかった。ソラリスが完璧に仕上げた原稿に手を加え、アレンジし、設定をいじり「私が書いた原稿」にすり替えていたのです。
ソラリスは、ゼロから一を生み出せる人物でした。
対してタイド・ティント・メーは、一をアレンジし、勝手に二にする人物だったのです。
ゼロは開墾されていない土地。そこを耕し、種を植え、水をやり、雑草を抜き、種を蒔く。それを育て、立派な木にする――それがソラリス。
タイド・ティント・メーは、立派な木が育った森にやってきて、勝手に木を伐採し、自身の良しとする木に植え替えてしまう。屋敷を建ててしまう。森に住む動物を追い出してしまう。
そして完成したその場所を「これが私の作った街です、さあ、見てください」としていたわけです。
なぜ二人がそのようなことをする関係になったのか。
その答えが、ソラリスが残した遺作であり、タイド・ティント・メーの新作になるかもしれなかった原稿でした。
それはソラリスとタイドの出会いと終焉までを描いた物語です。登場人物は別の名前で書かれていましたが、これは限りなく実話なのだと、読んだテトはすぐ理解できました。
そこに描かれたていたことは――。
ソラリスとタイドは、孤児院で出会います。共に捨て子として、孤児院に連れてこられたのです。二人はいつかこの孤児院を出て、二人で暮らそうと約束していました。
この孤児院は教会に併設されていたことから、主の教えを学ぶため、文字を覚える機会を得ることができたのです。文字を覚えることで、貴族から寄付された絵本を読めるようになり、教会に併設されている古書庫にあった古い本も、読めるようになりました。
二人は以降、時間を見つけては文字を覚え、慰問で来る貴族にお願いし、本を贈ってもらったのです。こうして成長した二人は、孤児院で面倒を見てもらう立場から、孤児の面倒を見る立場になっていました。その頃から二人は、それぞれ物語を書くようになっていたのですが。