あの時、何が……
王都警備隊の建物は三階建てになっており、三階の一角が、隊員の利用するレストランになっていました。聴取が終わったシャール、エドマンド、私の三人は、ポマードの案内でこのレストランにやって来たのです。
エドマンドはここで休憩した後、また聴取が待っています。
昨日も結構遅くまで話を聞かれ、今日は本来、騎士養成学校へ行く日です。でもまさに犯行現場に駆け付けることになり、またその前にも彼女に会っていたことから、シャールや私と違い、エドマンドはみっちり聴取を受けていました。
彼女。
それはタイド・ティント・メーです。
本屋の店主テトの心臓を、自衛用に持ち歩いていたという短剣で突き刺したタイドは、自分では成功した……そう思っていました。急いで犯行現場から立ち去ろうとしたタイドは、裏口から逃げ出したのですが……。そこでエドマンドと遭遇しそうになりました。でもそれをなんとかやり過ごしたと思ったのですが……今度は王都警備隊の隊員とすれ違うことになったのです。
短剣を引き抜いていれば、血しぶきを浴びたかもしれません。
ですがタイドは短剣をそのままにしていました。前世のような指紋捜査は、この世界では行われていません。そしてタイドが使った短剣は、名のある鍛冶職人が手掛けたようなものでもありませんでした。短剣から身元がバレる……なんてことはない。しかも防犯カメラもありません。目撃者もいない。よって堂々としていれば、何もバレないだろう。
そう腹を括ったようですが、すれ違った王都警備隊の隊員に声を掛けられてしまったのです。この隊員、ポマードの伝令を受け、本屋の様子を見に来ていたのでした。
「あの本屋の裏口から出てきましたよね? お店の関係者の方ですか?」
これは「しまった!」と思いましたが、ここで慌てた素振りを見せれば、疑われてしまう――そう思ったタイドは……。
「いえ、違います。表のお店のドアから出ようとしたのですが、鍵がかけられていたのですわ。レジカウンターを見ても、誰もいなかったの」
タイドはこの本屋を利用するのが、初めてではなかったのです。
一階の本屋は常に人でにぎわっている……そんなことはありません。裏路地にあるような本屋であり、しかも平日。お客さんはぽつ、ぽつ、としか現れません。それに加え、既にもしもに備えていたタイドは、「OPEN」の札を「CLOSE」に変え、さらに「臨時休業」の札まで出していたのです。さらにドアの閂も、タイドはかけていました。
こんなことをできたのは、タイドもまたこの本屋を、何十年も利用していたからでした。
つまりもし隊員があの本屋に向かうなら、タイドの言う通り、表のドアは鍵がかかっている状態です。正しい情報に基づき、タイドは話したつもりでした。ですが隊員の顔は、何か思案しているようです。そこでタイドは慌ててこう付け足しました。
「あの本屋さん、レジカウンターの横の通路を真っすぐに行くと裏口があって、それは店内からも見えているのよ。もしかすると閉店時間が過ぎていて、閉じ込められたのかしら?と思ったの。裏口のドアが開いているか確認しましたら、開いていました。ですからそのままそこから、出て行くことにしたのですわ」
閉店時間であれば、表のドアの鍵がかかっていることに、疑問はないはずと考え、タイドはそう言ったのです。この説明に隊員の顔は「なるほど」となり、タイドは安堵し、そのまま立ち去ろうとしました。
ところが……。